三日目、朝

「おはようニコ」

「おはようございますマスター」

 僕が言うと、ニコは目を開けて立ち上がった。

「アップルパイをお作りしましょうか?」

「いや昨日のが残ってるから大丈夫だよ」

「かしこまりました」

 その声が少し寂しそうに聞こえて僕は苦笑した。

「ニコ、君は何でも答えられるの?」

「もちろんです」

 昨日のアップルパイをオーブンで焼き直し、コーヒーを淹れてテーブルに並べた。ニコに「そこに座って」と指示をすると「かしこまりました」と彼女は向かいに座る。

「じゃあ、もしも」

 アップルパイを一口齧ると、さくりと良い音がした。


「僕が君を好きだと言ったら?」


 湯気の立つコーヒーを啜って、僕は目の前の彼女に問う。

 ニコは即座に答えた。

「マスターに好意を伝えられた際の答えはプログラムされています」

 いつもの無表情のまま、淡々と彼女は正解を示す。

「私はロボット。マスターは人間。私は人間に恋愛的好意を持つことはありません。この恋愛でマスターは幸せにはなれません。ゆえに無意味です。お引き取りください」

 淡々と喋り終えた彼女の答えを聞いて、僕は苦笑する。

「君のプログラマーはピュアだな」

 カップを置いて、僕は立ち上がった。

 そのまま彼女に歩み寄る。

「マスターとして君にひとつ教えてあげよう」

 指示の無い彼女はじっと動かない。

「人は絶対に幸せになれないとわかっていても、恋をしてしまうことがあるんだ」

 僕はそう言って──彼女の唇に自身の唇を重ねた。

 温度のない柔らかさに数秒触れて、離れる。

「……笑ってるよ?」

 彼女は口角を上げて微笑んでいた。頬に赤みを帯びている。

「はい。唇に触れると微笑むようにプログラムされています」

「君のプログラマーは本当にピュアだなあ」

 僕は微笑む彼女にもう一度キスをして。

 それからしばらく、二人で笑い合った。

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