二日目、夜
窓の外が暗くなっても部屋にはバターの香りが残っていた。僕は布団に横になり、ニコを寝袋に向かわせる。
「……なあ、ニコ」
「なんでしょうマスター」
こんなことをロボットに訊くなんて馬鹿らしい、と思いつつも僕は尋ねてしまう。
「君はずっと僕のそばにいてくれるの?」
その問いに、ニコはぴたりと動作を止めた。寝袋から離れて僕の枕元に立つ。
「突然ですが、クイズです」
「嘘でしょ?」
こんなアングルで目を合わせることは生涯ないだろうと思うほど、真上から真っ直ぐにニコはこちらを見た。
「人間には寿命がありますが、これまでの人の最長寿命は何年でしょう」
「……え、120年くらい?」
「122年です。正確には122年と164日という記録が残っています」
「もう正解でよくない?」
ニコは僕の抗議を無視して続ける。
「しかし人の平均寿命は80~90歳となっています。人には身体的寿命がありますが、病や事故、他にも様々な死に至る要因が存在するからです」
無表情で。
「医療技術が発達した現代とはいえ身体的寿命を余さず使い切ることは非常に困難です。それは一種、才能とも呼べるでしょう」
淡々と。
「それに比べて私の身体はダース=ダイヤモンド社の技術の粋を結集しており非常に頑丈です。大抵の事故なら耐えうる身体構造となっています。つまり私が出来ることは――」
僕の目を真っ直ぐに見つめながら。
「アップルパイを焼くことと、マスターより先に死なないことです」
その答えに、僕は言葉を失った。
D.D.社のプログラマーはこんな問いすら予想していたのだろうか。
「……それは、僕には最強の殺し文句だな」
もしくは全人類に対しての正解と言えるのかもしれなかった。
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