一日目、昼
「なあロボット」
「…………」
僕が呼び掛けても、身体に保冷剤を巻きつけてエアコンの送風口の前に立っているロボットは何も答えない。皮膚の質感や髪の艶感、瞳の色など、どこからどう見ても人間だ。
それでも僕がロボットだと分かったのはワンピースの袖口から覗く白い腕に描かれたマークに見覚えがあったからだった。
小さなダイヤが十二個連なったチェーンマーク。
それは世界で初めて人に限りなく近い外見と音声、キャラ設定を搭載したヒューマンロボットを開発し、世界中に『人とロボットの自然な共同生活』を提案したダース=ダイヤモンド社、通称D.D.社のロゴマークだ。
D.D.社の発明で人間の隣にロボットがいる光景は日常となり、様々な場面で人間をサポートしてくれていた。
「おーいロボットさん」
「…………」
ロボットは反応を示さない。そよそよとエアコンの風に髪が靡いている。
「……ニコ」
「なんでしょうマスター」
「めんどくさいやつだ」
素知らぬ顔で振り向くニコ。その拍子に身体から柔らかくなった保冷剤がいくつか落ちた。
「なんで君は玄関にいたんだ?」
「不明です。その記録データは削除されています」
「なに? 訳も分からずうちの前にいたのか」
「不明です。その記録データは削除されています」
ニコは表情を変えずに淡々と繰り返す。これ以上訊いても無駄かもしれない。
本来ならすぐD.D.社に連絡すべきなのだろうが、手の届くはずのない高価なロボットが目の前にいると思うと好奇心が
「君は僕の生活をサポートしてくれるの?」
「はい。マスターのご命令とあらば」
「じゃあこの部屋の掃除をしてくれないか」
「できません」
「なに?」
「その
契約なんてそもそもしていないし、僕は機械にとことん弱いので下手に触ると壊してしまいかねない。
それなら、何か他のことを頼もう。
「じゃあ洗濯をしてくれないか」
「できません」
「じゃあこの落ちてるシャツをハンガーにかけてくれないか」
「できません」
「じゃあオセロの相手をしてくれないか」
「できません」
「なんだこいつ」
自分でシャツをハンガーに掛けながら悪態をつくと「分類番号F-0025。ニコとお呼びください」とニコは律儀に返事をした。
「じゃあ君には何ができるんだ」
僕が尋ねると、ニコは表情を変えずに答える。
「アップルパイを焼くことができます」
「はい?」
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