彼女に浮気されたかもしれない男子高校生の話

第1話

 夕焼けが自己主張を始め、町中が紅く染められている時間帯、授業を全て終え帰宅している俺は、ある公園の前で思わず立ち止まってしまった。


 別に、過去を見る能力を得たわけではないが、その公園に視線を向けていると、ベンチに半年前の俺と彩夏さやかの姿が映し出され始めた。


 傍から見たら変な奴だという自覚はあるのだけれど、思わず俺はその光景に目を奪われ──涙を流し始めた。


 公園のベンチを見つめて涙を流しているなんて、確実に訳アリな感じを醸し出しているに違いない。ひそひそと人の話し声が聞こえ始めた。


 俺が、その声に気づいて我に返った時、先ほどまで見ていた光景は消え、そこには誰もいないベンチがあるだけだった。


 俺は、制服の袖で涙を拭い、止めていた足を動かし、帰路を進み始めた。


***************************


「腑抜けた顔をしてますけど、どうかしたんですか?」


 翌日、俺の様子に違和感を感じた琴音ことね先輩が、心配そうに俺に話しかけてくれた。


「いえ、別に何も......」

「あの、明らかに何かあった表情カオして『何もない』とか言うの止めてもらっていいですか?言いづらいことなら、言わなくてもいいですけど、体調不良とかなら無理させるわけにもいかないので」


 確かに、こんな明らかに何かあったオーラを出しといて『別に何も』は無いな。


「何と言いますか──彼女が死んでしまっているかもしれません」

「え?ど、どういうことですか?」

「あ、いえ、その文字通りではなくて......俺の彼女だったのに、そうじゃなくなったかもしれないんです」

「ん?えーっと......別れたってことですか?あ、でもそれだと『かも』なんて使わないですよね」


 頭の上に『?』を浮かべながら悩んでいる琴音先輩に「すみません」と謝って、先輩の疑問の答えを口にする。


「浮気してたんですよ。先日、俺以外の男と歩いているのを見ました」


 この空き教室の前を人が通るのは珍しいことではあるが、万が一があるため、少しだけ控えめの声量で話した。ちゃんと先輩の耳には届いたようで凄く驚いた表情を浮かべている。


「......なるほど。『かも』って言ったのは、それが本人かどうかを確認してないからなんですね」

「はい。もし『浮気してる?』なんて聞いて『してる』って言われたら、ショックで......まぁ『してない』って言われて、それだけで信じられる自信もないですけど」

「普通『浮気してる』なんて白状はしないと思うので、聞くだけ無駄だと思いますよ。そうですね......世の中、していないことの証拠を探るのは大変なことです。彼女がどれだけ、その証拠を見せてきても信じることができないからです。だから、もし、キミが真相を知りたいなら、浮気をしている証拠を探した方が早いと思いますよ」


 浮気をしている証拠か......。


「考えるだけで憂鬱になりますね」

「なら、キミの道は二つです。なにも見てないふりをし、今まで通り彼女と付き合っていくか──彼女が浮気をしていると断定し別れ話をするかです」

「......付き合いを続けたとして、本当に浮気をいていたら最悪だし──別れて、浮気をしてなかったとしたら、もっと最悪ですね」

「えぇ。だから、私は現実に向き合うために──あったかもしれない幸せを手放さないために、証拠を集めた方が賢明だと思いますよ。証拠が何も出てこなかったのなら、悩みの種もなくなるんですから」

「でも、彼女の浮気の証拠を探して見つからないのと、彼女が浮気をしていない証拠が見つからないのって一緒じゃないですか?結局、これからも疑い続けてしまいそうな気がするんですけど......」

「そこは、まぁ、あなたの気持ち次第ですよ。浮気してないと信じてたらされてた、と、浮気していると思ってたらしてなかった──どっちの方が気が楽かです。あと、浮気の証拠を見つける気でいた方が、色々見つかると思いますよ」


 浮気をしてない証拠というのは、確かに、イメージが湧きづらい。でも、浮気をしている証拠を探せと言われれば、スマホの写真や、メッセージのやり取り、電話履歴や、SNSと候補が出てくる。


「分かりました。でも、そんな簡単にスマホの中身なんて見れないですよ。仮に浮気しているなら、向こうも警戒してくるでしょうし」

「それに関しては良い方法があります。ちょっと犯罪すれすれですけど......というか、訴えられたら捕まりそうですけど」

「......先輩?睡眠薬を使うのは駄目ですからね?」

「キミのような察しのいい後輩は嫌いだよ」


 頼りになる先輩なんだけど、時々発想が危ないんだよなぁ......。

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