第7話【閑話】落ちぶれていく勇者アレックス

《パワハラ勇者アレックスが落ちぶれていく視点》


 アレックスは大陸に五人いる勇者の一人。


 女神から勇者の才能を与えられていた。


 近いうちに復活するとされていた魔王を、倒すべく“真の勇者”

 その最有力候補……とアレックス自信は自負していた。


 だが、そんなアレックス勇者パーティーは今、苦境に陥っていた。

 理由はアレックス本人にも分からない。


 とにかく何やっても、失敗してしまうのだ。

 支援魔術師ハリト解雇した以降は、何故か運が下降気味。


 国からのミッションを、今日も失敗。

 王都に逃げ帰って、王都の酒場で荒れていることころだ。


 ◇


「くそったれ! お前ら、なんでもっと敵を倒せないんだ!」


 勇者アレックスはビールを飲みながら、怒声を吐き出す。

 吐き出した相手は、同じ勇者パーティーのメンバー。


《天才女魔術師》エルザと《加護持ち女神官》レイチェル、《女弓士》マリナの三人に対してだ。


「いくらアレックス様でも、その言葉は酷すぎませんか? 私たちだって、一生懸命にやっています!」


 女魔術師エルザは反論する。

 アレックスとは男女の深い関係にある。

 だからこそ強い言葉で、反論できるのだ。


「はぁ? エルザ、オレ様に口答えするのかよ⁉ 最近のお前の攻撃魔法、ぜんぜん駄目じゃねーか⁉ 今日もあんな雑魚相手に、苦戦しやがって!」


「そ、それは……最近は魔力の調子が悪いからです!」


「はぁ? 最近って、ここ十回、ずっとだろうが⁉」


「アレックス様、エルザを責めるもの、そこまでしてあげてください」


 エルザを擁護するのは、女神官のレイチェル。


 彼女もアレックスとは、男女の深い関係にある。

 エルザとは結託して、日替わりで夜を共にしていた。


「それにアレックス様も最近は、調子が悪いじゃ無いですか? 今日も雑魚相手に、斬撃を何度も外していましたよね? 私たちを責めるのは、どうかと思います?」


 だからこそアレックスに対しても、強い言葉で反論できる。


「はぁ? レイチェル、てめぇ、そっちの仲間かよ⁉ オレ様は今日は、体調が悪かったんだ! そいうお前も、回復魔法が全然ダメだったろうが! オレ様の傷一つ直すにも、何分かけるつもりだったんだよ!」


「そ、それは神への信仰心が足りないからです……私たちの」



「はぁ? 神の加護だって⁉ 勇者様を舐めるなっつーの、神め!」


 アレックスは明らかに苛立っていた。

 酒の瓶を投げ捨てて、八つ当たりする。


「ん? そういえば、新しく入れてやった支援魔術師の奴は、どこにいった? 便所か?」


「アイツなら退団していったよ。さっき」


「またかよ! これで五人目だぜ、辞めた支援魔術師は⁉ どうなっているんだ⁉」


「そうですわね。誰もアレックス様の偉大さを、分かっていないですわ」


「それに仕えねー奴らばっかりだしな! 誰も《収納魔法》も使えないなんて、クズハリト以下ばっかりだったな!」


 アレックスたちは知らなかった。

 収納魔法を使える支援魔術師は、この世にほとんどいないことを。

 最初に雇ったハリトを基準にして、勘違いをしているのだ。


 そんな時、今まで沈黙して赤毛の少女が、静かに口を開く。


「ねぇ、アレックス。もしかしたら今まで私たちが好調だったのって、ハリトのお蔭なんじゃない?」


 彼女は女弓士のマリナ。

 ハリトの幼馴染で、唯一アレックスと距離を置いているメンバーだ。



「はぁ、マリナ? おめぇ、何言っているんだ⁉ あんな雑魚、戦闘中は、ただボーッと突っ立ってだけだろうが⁉ しかも最弱の支援魔法しか使えねーし!」


「いや、ハリトには《弱》しか使わなかった理由が、あったんだよ、きっと……」


「マリナさん。さっきから聞いていたら、あなた調子に乗り過ぎではないです⁉ 勇者であるアレックス様に意見つもりですか⁉」


「そうよ、マリナ! あんたも、そんな左手で、意見しようなんて凄いよね! そんな腕で、これからどうやって、弓矢を引くつもりなのよ⁉」


 今日の魔物との戦闘で、マリナの左腕は手首から先が欠損していた。


「うっ……でも、これも皆の今日の動きが、今までと違って、バラバラだったから、後列の私が皆をカバーしたから……」


「はぁ? 私たちに責任を押しつけるつもりなの⁉ というか、レイチェル、あんた、マリナの左手、どうして回復してあげないのよ⁉」


「じ、実は……あの魔物には呪いがあって、マリナさんの欠損は、私の力では回復出来ないのですわ、エルザさん」


「はぁ? レイチェル、前は、そんな呪いの欠損なんて、一瞬で回復していたでしょうが⁉」


「だ、だから、それは皆さんの神のへの信仰が足りないからです」


「おい、お前たち! さっきからピーピーうるせぇぞ! せっかくの酒が、もっと不味くなる!」


 女子二人の喧嘩を、アレックスは更に苛立ちながら仲裁する。


「というか、マリナ。お前も、今日でクビな」


「えっ……私が⁉ でも、どうして……」


「そんな治らない腕で、どうやって弓矢を引くつもりだ? 口でか? ウケる!」


「そ、それは……」


「それにお前は、ハリトのことばっかり庇いやがって、前から気に入らなかっただよ! 早く消えろ! あと金が必要なら、娼館の仕事を紹介してやろか? その左腕でも、多少は稼げるだろうよ! あっはっは……」


「あら、アレックス様は本当にジョークも上手ですわ……クスクス……」


「そうよね。というか、早く消えなよ、役立たずマリナ! クスクス……」


「……失礼するわ」


 マリナは個室を出ていく。

 これ以上の屈辱はなかった。


 外に出た瞬間、悔しくて涙が溢れ出してきた。


「でも……どうしよう……お父さんの治療費を稼がないと、いけないのに……」


 マリナには多額の借金があった。

 難病の父親の治療を、これからも稼いでいく必要がある。


 だが勇者パーティーを追放されて、商売道具である左手も欠損。

 金を返していくアテは、全くなかった。


「悔しいけど、娼館で働くしかないのかな? でも、その前の……最後に、ひと目でいいから、ハリトの顔が見たいよ……大好きなハリトの顔を……」


 こうしてマリアは王都を後にする。


 向かう先は東。


 ハリトが向かうと言っていた、東の辺境の街ムサスへ。

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