第十五話 週明けと同時に俺の日常は変貌する

  月曜日。学生にとってそれは一強レベルの憂鬱な単語であり、聞くだけでため息が出て、朝は特につらい。


 だけど、今日の俺はその単語が特別に辛く、体が異様に重い。


 カーテンから差し込む光が朝だと教えてくれているが体はそれを強く拒絶している様だった。


 朝ではない、まだ夜だ。体がそう言って現実逃避しているような気がしている。


 それでも起きないわけにはいかず、第三者の力が働いているかのようなベッドとの張り付き具合を見せる体を貧弱な両腕で力いっぱい押し上げる。


 油断をすればすぐに瞼が落ちてきて、体はベッド方へと引きずられ、大きな欠伸が何度も出る。

 

 要するに寝不足だ。


 昨日、夜中まで一人反省会を行っていたため俺の今日の睡眠時間は3時間もなかった。


 コーヒーやエナジードリンクを飲んでカフェインを摂取すればある程度は眠気が解消されるかも知れないが俺はコーヒーは苦くて嫌い、エナジードリンクはえぐみが嫌いなのでどちらも飲むことはできない。


 現時点で俺が眠気を覚ます方法は存在しない。


 せっかく人生に少しだけ余裕ができたというのに学校前日にまともな睡眠時間を取らないとか俺は何をやってるんだ、マジで…


  朝から昨日の一人反省会の一人反省会を行うという不毛な時間を過ごすが、今更反省しても仕方ないと思い、俺は重い足を回して朝食を食べに一階へと降りる。


 「おはよう。兄貴」


 リビングに入るとキッチンで学校の制服を着てフライパンと木べらを持って料理をしている晴翔が思春期特有の控えな低い声で挨拶をする。


 「おお。おはよう」


 休日での晴翔とのギャップにいまだに慣れを取得しておらず、少しだけたじろいでしまったがこいつがいつもの晴翔。


 クールで兄貴呼びで一人称は俺。


 更にはイケメンでスポーツ万能、成績優秀。


 身長も、もうすぐ俺を抜かしそうな勢いで伸び続けている。


 わかりやすく俺たち兄弟をまとめるならば晴翔がケンタウロスで俺がその余り。


 醜い馬の顔と人間の細い足、馬鹿な馬の脳に貧弱な脚力の人間の足。


 それが俺だ。あいつはその逆。


 さすがにネガティブすぎじゃないか?っと思われるがこれは俺が歌っているわけではなくて、従兄弟の現在二十歳の兄貴に5年以上前、言われたことで今もなお、その言葉が強く胸に残っている。


 勿論傷ついたし、それなりに悲しんだが間違ってはいないなと反論できなかったのもまた事実。


 自分でも俺たち兄弟を一言でまとめるならこの言葉を選ぶと思う。


 それくらい俺達兄弟には能力や外見に差がありすぎている。


 けど嫉妬をしたことは無い。親も恨んだことは無い。


 嫉妬しても別に俺の能力が上がるわけでもないし、親は子の能力までは決められない。


 ただ、羨望したことはある。


 某人気アニメの夢の道具に対しての子供の殊勝な妄想のように俺も頭がよかったら、運動神経が良ければ、容姿が良ければっと叶いもしない完全な妄想をしたことはある。


 だけど、今となってはそれは虚しさだけが残るだけなので羨むことは無くなった。


 現実とはこういうものだ。そう思ってから俺はラノベに手を出した気がする。


 「起きたのなら手伝って」

 「了解」


 取り敢えず顔を洗おうとかなと思っていたが言われたので俺はキッチンへ行き、晴翔の手伝いをする。


 俺は料理が下手なので料理の手伝いはしない。


 皿やコップを出したり、盛り付けをしたり、テーブルを拭いたりして雑用係をこなす。


 盛り付けた料理をテーブルへと運んで、コップに水を注いで晴翔が来るのを待つ。


 やがて軽くキッチンを整理した晴翔がテーブルの椅子に座る。


 「「いただきます」」


 寝ぼけた声音と低い声音が入り混ると俺は乾いた喉を潤わすために水を飲む。


 喉が潤うと睡眠不足も相まって食欲がさほどないのでちまちまと俺は料理をつまんでいく。


 「ご馳走さまでした」


 まだ俺が十回位しか料理を口に運んでいないのに晴翔は朝にも関係なく素早く飯をさらっていた。


 「すまん片付けといて。今日日直」


 最低限の情報だけ付けて、晴翔は足早にリビングを出て行き登校の準備を始める。


 リビング向こうで騒がしい音が聞こえてくるが俺は無反応で飯を食べ進めていく。


 「すまん鍵も閉めといて」

 「ああ」


 晴翔はリビングの入り口から顔だけを出してそう告げると慌てて玄関のほうへと走り出した。


 素っ気ない返事をして俺は飯を食べ進めるがリビングから外が見える透明な両開きの扉から騒がしい会話が聞こえてきて、その中には晴翔の声も混じっていた。


 扉のほうへと目を向けると、道で晴翔が女の子と楽しそうに会話をしているのが目に入った。


 さっきのクールな晴翔はどこへやら、爽やかな笑顔を女の子に見せて、俺には絶対に見せない晴翔がそこにはいた。


 あいつ、女装も含めていくつの顔を持っているんだよ。


 やがて話が一段落したようで仲良く学校へと向かって行った。


 取り敢えずあいつにはこの言葉を投げておこう。


 リア充爆発しろ。


 これは妬みではない。民意だ。


  朝食を食べ終えて俺はテーブルの上の食器を全て片付け、シンクへと雑に置いて登校の準備を始めるために自室へと戻る。

 

 陽キャどころか陰キャの下を取る俺が髪を気にするわけもなく、寝ぐせと昨日布団の中を右往左往しまくったせいで静電気によりぼさぼさになった髪はそのままに制服へと着替える。


 バックの中に適当に教材を詰め、それを肩にかけて下に降りる。


 一度洗面所へと行き、俺は応急手当てぐらいの気持ちで眠気覚ましに何度も冷たい水で顔を洗う。

 

 下したバックを再び肩にかけて俺は家を出る。


  学校に着き、いつも通り俺は下手箱から自分の靴を取り出して履き替える。


 また、鬱な学校生活が始まると思うとその足取りは重く、教室が異常に遠い。

 

 いつもよりそう感じるのは昨日のことが原因になっていると俺は断言できる。


 昨日、無駄に張り切って上から目線に夏穂にアドバイスをしてしまった俺は夏穂と会うのが気まずい。


 あっちはどうも思っていないだろうけどこっちとしては目線すら合わせられない気分に陥っていた。


 胸の内はそうであっても教室に入る事は義務なので様子を窺いながら俺は教室へと入った。


 夏穂を見ると、いつも通り静かに勉学に励んでいた。


 いつもと変わらない様子に俺は妙な気まずさを持っている俺を戒めて普通に挨拶をする事を決意して席へと向かう。


 「おはよう」


 俺に気が付いていない夏穂に俺は右後ろから夏穂だけに聞こえる声で挨拶をした。


 「おはよう翔馬」


 本当にいつも通り、夏穂は俺に微笑を浮かべて挨拶を返してくれた。


 俺は奥の自分の席に座り、肩のバックを机の横に掛ける。


 「ありがとね。昨日は」


 倒置法で主語もなく突然お礼を言った夏穂の言葉に対して疑問も驚きもせず俺は顔を夏穂のほうへと向ける。


 「いや別に。心の整理はついたのか?」

 「うん。何となく。翔馬の言葉のおかげ」

 「そうか?ならよかったけど」


 自分では全然いいアドバイスができなかったと思っていたがそれなりに役に立ったのなら本望だ。


 「私の心はやっぱりこのままじゃダメだって。前に進みたいって答えたの」

 「ほーん。それで?」

 「だから勇気を出すことにした。もし何かあっても翔馬もいるし」

 「俺ってそんなに頼れる存在じゃないぞ。というか全く」

 「そんなことないと思うけど?」

 「いやマジで頼りにならない。マジで何にもできないから、俺」

 「それはあくまで能力の話でしょ。私が信頼しているのは翔馬の心だから」


 昨日俺が言った言葉に重複する夏穂の言葉に信頼されているという照れと昨日を思い出した恥ずかしさから俺は夏穂から目を逸らしてしまう。


 「そっそうか。まあ出来ることがあればなるべく協力する」

 「ありがとう」


 しかし、俺のことを過剰に信頼してくれているおかげで前向きに現状に心を向かせているのであればそれを無粋に曲げる必要もないので少しでも気が和らげばいいと思い過剰に期待されない程度の言葉を並べた。


 「おはよう皆!」


 すると、教室の入り口から聞き覚えのある甲高い声が聞こえてくる。


 そちらを見やると赤坂詩織がいつものアイドルスマイルを皆に向けており、クラスの男子が声高く挨拶を返していた。


 皆に挨拶をして笑顔を保ちながら詩織は自分の席、俺たちの方へと向かってくる。


 俺達の近くに来ると俺達と詩織は一瞬目が合ったが詩織は何か言いかけると口を瞑んで席に座った。


 「おはよう。しっ詩織」


 すると強張った緊張感丸出しな声で詩織の背中めがけて夏穂は挨拶をした。


 夏穂の体は緊張でがちがちに硬くなっている様子だった。


 それに対して詩織は肩をぴくっとさせて、こちらにゆっくりと顔だけを振り向かせる。

 

 「おはよう。二人とも」


 控えめに小さく手を振って、恥ずかしげに挨拶をする詩織の顔は少しだけ赤く染まっていた。


 普通に考えたら俺たち二人に向けて軽く挨拶をするのとクラス中に向けてアイドルスマイルで挨拶をするの、どちらが恥ずかしいかと聞かれれば勿論後者だ。


 だけど前者と後者では大きく意味合いが違う。


 詩織にとって、慣れていない俺たちに対する挨拶は恐らくは自分の意思の元。


 アイドルの詩織の仕事の挨拶ではないのは明らかだった。


 だからこそ理性という壁が邪魔して、少しだけ照れてしまったのだろう。


  夏穂は詩織が挨拶を返してくれたので深く安堵し、ぐっと肩の荷を下した。


 「おはよう」


 こうなっては俺も挨拶をしないわけにはいかないので恥ずかしげもなく普通に挨拶をする。


  桜はもう散り、道に落ちる桜の花びらが俺たちに始まりが終わった事を教えてくれているような気がした。


 学校でクラスメイト、ましてや友達との朝の普通の挨拶なんて考えられなかった俺の日常。


 ぼっちな俺のそんな日常は明らかにたったの一週間で変貌を遂げていたのだった。


  

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