第34話愚かな王

 ミカエル軍の全兵を戦闘不能にした。

 そんな中で一人だけ動ける人が。小太りなミカエル国王……ボクを追放した本人だ。


「ドルトンさん、サラ。少し外に行ってきて、いいですか?」


「はい、ハルク君。周囲の警戒はしておきます」


「そうか、ハルク。気をつけてな」


 ハルク式荷馬車チャリオット《改》の留守番を、二人に任せる。

 ボクは荷台から降りて、ミカエル国王の元へと向かっていく。


「ひっ、な、近づくな、化け物め⁉ 身代金は好きなだけやる! だから命だけは助けてくれぇ!」


 恐怖と混乱のあまり国王は、ボクに気が付いていない。

 尻込みしながら涙を流し、土下座しして命乞いをしてくる。かなり見苦しい姿だ。


「ミカエル国王、ボクです。鍛冶師のハルクです」


「ひっー! えっ? な? ハ、ハルクじゃと……?」


 顔を上げて、国王はようやく状況を飲み込む。

 相手が昔の自分の家臣だと分かり、少しだけ表情を変える。


「な、なぜ、お前が、ここに⁉ あの“荷馬車に似た魔獣”の腹の中から、出てきたのだ?」


 だが状況はまだつかめていない。

 どうやらミカエル軍はハルク式荷馬車チャリオット《改》のことを、魔獣の一種だと勘違いしていたようだ。


 細かく説明するのは大変なので、適当に誤魔化しておく。


「あなたに追放された後、ボクも色々とありました。そこにいる荷馬車型の魔獣は、今のボクの仲間です」


「な、仲間⁉ ひっ――――⁉ 許してくれ! 助けて下さい、ハルク……いや、ハルク様!」


 魔獣が仲間だと聞いて、国王は更に怯える。また土下座をしてきた。


 ボクが魔物使いに転職したのだと、勘違いしているのだろう。


「許すも何も、ボクは何も気にしていません。でも、これを機会に心を入れ替えて下さい、王様。独裁的な政治を止めて、民のために公正な政治を行って、近隣諸国に私利私欲のために侵略も止めてください。昔のミカエル王国のように、誰もが笑って暮らせる国にして下さい!」


 これはボクの心からの願い。

 この人の父の代……前国王の時代、ミカエル王国は普通の幸せな国だった。


 だが、この人が国王になってから国は激変。

 私利私欲のために独裁政治をしてから、家臣の多くは次々を消えてしまう。

 かわりに傭兵崩れの荒くれ者どもが、騎士兵士となった。


 政治も乱れ、高い税金で国民の暮らしは困窮。不満の市民を、この国王は武力で制圧する。


 また圧政で国内の生産力の下がったために、近隣諸国に略奪戦争も仕掛けるようになった。そのため国民は戦費のために、更に税を払い苦しんでいたのだ。


 とにかく、この人が国王になり独裁者になってから、ミカエル王国は大きく変わってしまった。

 だから元国民としてボクは願っていた。昔のように笑顔が溢れる国に、ミカエルをして欲しいのだ。


「わ、分かりました! 約束します! 独裁体制を止めて、国民のために政治を行います! だから命だけは助けて下さい、ハルク様!」


 ボクのことを恐ろしい魔獣使いだと、思っているのだろう。

 国王は地面に頭をつけ、土下座をしながら命乞いしてきた。


 あまりにも哀れな光景。土下座される側のボクも、なんか虚しくなってきた。


「ふう……分かりました。それならその言葉、信じます。もしも嘘をついたなら、今度は王都にお話にいきます……えーと、この荷馬車の魔獣を従えて」


「ひっ――――⁉ それだけは、どうか、お許しを!」


 最後は少し脅しすぎたかもしれない。でも、この人はこのくらいしないと、また悪いことをする性格なのだ。


 土下座したままの国王を置いて、ボクは荷馬車に戻っていく。

 入り口でドルトンさんが待ってくれていた。


「ヤツを放っておいて、いいのか、ハルク? あの男は、どう見ても会心はしないぞ? なんだったら、ワシが“お仕置き”してやるぞ?」


「いえ、大丈夫です」


 ドルトンさんのアドバイスを、ボクは断ることにした。

 ミカエル国王も生まれながらの悪人ではない。きっと今回のことで改心してくれると、ボクは信じていたのだ。


「ふん。そうか。甘すぎるな、ハルク。だが……まぁ、嫌いではないが、オヌシのそういうところは」


「あっはっはっは……ありがとうございます」


 ドルトンさんは苦笑いしながら、荷馬車の中に戻っていく。


 今回の戦は、これで全てが終わったはず。

 ミカエル軍はほとんどが戦闘不能の状態。あと半日は動けないだろう。


 これからミスリル武具と他の武装を、ボクが【収納】で回収していく。

 非武装になった彼らは、動けるようになった後でも帰国するしかないだろう。ハメルーンの街に平和が戻ってくるはずだ。


「ミカエル王国か……」


 その後、ミカエル王国がどうなるかは、ボクにも分からない。


 遠征の大失敗によって、おそらく家臣から多くの不満が噴き出すだろう。

 あとララエルさんたちがクーデターを起こして、新しい政権が誕生する可能性もある。かなり大変なことになるかもしれない。


 でも一介の冒険者であるボクは、隣国を見守ることしか出来ないのだ。


「ふう……よし!」


 だからボクは気持ちを切り替えて、仕事を再開することにした。

 まずはミカエル軍の武具の回収に向かおう。


 ――――そう思って、背中を向けた時だった。


「ハルク君! 後ろ!」


「へ?」


 砲座にいたサラの叫び声に反応して、ボクは後ろを振りむく。


 そこにいたのはミカエル国王……手には兵士のいしゆみを構えている。矢の先はボクだ。


「ミカエル国王、どう意味ですか?」


「はっはっは! 油断したな、ハルク! このままお前を殺してやるぞ! そうしたら、その荷馬車の魔獣も使役できまい! キサマを殺した後はワシが使役して、その魔獣の力を使いこなしてやる! そうしたらミスリル武具の騎士団など無くても、大陸の制覇は容易だろうぉお!」


 信じられないことだった。ミカエル国王は改心したフリをしていたのだ。


 先ほどの涙の土下座は、全て演技。ボクを殺すための、全て偽りの改心の言葉だったのだ。


「ミカエル国王、そんな危険な物は捨てて下さい。もうすぐハメルーン軍も来ます。あなたが一人だけで、足掻いても意味はありません」


「うるさい! キマサは昔から、本当に気に食わなかったのじゃ! 一介の鍛冶師のクセに、父上や重臣たちに認められ、このワシから全てを奪っていった憎い奴め! 今こそ天罰を下してやる!」


「王様、それは――――っ⁉」


 その時だった。

 ボクは上から“異様な気配”を察知。


 目の前の愚かな王に、構っていられないほどの強力な気配だ。

 急いで視線を上空に向ける。


「あれは……?」


 はるか上空に、巨大な黒い影が見える。

 東から飛んできた、巨大な“何か”だ。


 なんだ、アレは?


 そう疑問に思った時、上空から声が響き渡る。


『そこにいたか。ミスリルの矮小な国の王よ? 我の眠りを妨げた罰として、死肉に変えてやる!』


 上空の影は、ミカエル王国を名指してしてきた。かなり威圧的な声だ。


「ね、眠りを妨げた罰、じゃと⁉ どういう意味じゃ⁉ ワシは何も悪いことは、していないぞ⁉」


 いきなり名指しを受けて、ミカエル国王は慌てていた。

 上空から聞こえる危険な声に、必死で言い訳をしている。


『キサマは部下に命じて、城の地下鉱脈に攻撃魔法を放たせていだのだろう? お蔭で我の安眠が妨げられたのだ!』


「えっ、攻撃魔法を? 王様、まさかミスリルの地下鉱脈に⁉ そんな危険なことをしたんですか⁉」


 不思議な声の指摘内容に、ボクも思わず声を上げてしまう。


 この話が本当ならミカエル国王は、地下の魔素を取り払うために、宮廷魔術に攻撃魔法を命じたのだろう。


 それによってミスリル鉱脈の地下深くにいた、“何か”が激怒。

 首謀者を突き止め、ここまで追ってきたのだ。


「い、いや、それは違う。ワシはただ……」


『我に嘘は通じぬ。地獄の苦しみで焼け死ぬがよい、ミカエルの王よ!』


 その直後、凄まじい魔力が、上空から発射される。


 ビュン! ザッ!


 魔力はボロボロの小太りな男……ミカエル国王に直撃。

 同時に、漆黒の炎が出現する。


「ぎゃぁああ⁉ 熱いよー! 痛いよー!」


 ミカエル国王は黒い炎に包まれながら、絶叫を上げていた。

 地面に転がり火を消そうとするが、逆に漆黒の炎は勢いを増す。


「あぁああ……ぐっふ……」


 あっという間に国王は消し炭になり、絶命してしまう。

 あまりにも一瞬のことで、ボクはどうすることも出来なかった。


「ハルク、今の奇妙な声は⁉ むむ、あれは、なんだ⁉」


 荷馬車から飛び出てきたドルトンさんは、空を見上げる。

 天空にいた黒い影は、ゆっくりと姿を現す。


 黒い影は……漆黒の巨大なドラゴンだった。


「あの姿はまさか……⁉」


 ドラゴンの姿を確認して、ドルトンさんは言葉を失っている。恐怖で全身を震わせていた。


「ドルトンさん、あれを知っているのですか?」


「ドワーフ族の古文書で見たことがある。あれは“暗黒古代竜エンシェント・ドラゴン”バルドス……邪悪な竜じゃ……」


「えっ⁉ 邪悪な竜⁉ それじゃ……」


 暗黒古代竜エンシェント・ドラゴンバルドスは、ゆっくりと飛空進路を変えている。

 その先にあるのは、多くの民が残るハメルーンの街だ。


「そんな……どうしよう……」


 こうしてミカエル国王の愚行によって、ハメルーンは邪竜の脅威に晒されるのであった。

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