第13話 男子高校生が想像するネグリジェ

 鏡華さんにたったひと言「買い物に付き合ってくれませんか?」と言われただけで、僕の心は激しく揺さぶられた。

 夢の中じゃなくても鏡華さんは魔法が使えるんじゃないかとなかば本気で思ってしまう。


 土曜日の昼前、僕は待ち合わせの場所でそわそわと鏡華さんを待っていた。


「すいません、お待たせしました!」


 小走りでやって来た鏡華さんを見て、また心拍数が上がった。

 ストライプのシャツにロングのリネンスカートというシンプルながらも落ち着いたファッションの彼女は、いつもより大人びて見える。


 少し色褪せたポロシャツにジーンズという格好の自分が隣を歩いていいものかと気後れしてしまった。

 案の定鏡華さんは僕を見て少し恥ずかしげに頬を染める。


「夢では毎晩出掛けているのに、ちょっと照れちゃいますね」

「あ、そっちの恥ずかしさ?」

「そっちと言いますと?」

「僕がだらしない格好だから恥ずかしいのかと思って」

「全然そんなことないです」


 鏡華さんは大袈裟なほど手を振って否定する。


「むしろ爽やかな男子って感じでとても素敵です。私の方こそ地味でぱっとしない格好ですいません」

「そんなことないよ。全然ない。とても洗礼されていて、それでいて固すぎず、よく似合ってる。僕なんか──」


 互いに相手を褒め自分を貶めるという応酬を数回繰り返し、最後は顔を見合わせて笑った。


「行こうか」

「はい」


 歩き出した鏡華さんの隣を歩く。

 ショーウインドウにその姿が映ったけど、フォロワしてもらったお陰でそれほどちぐはぐでもない気がした。


「それにしても買い物付き合うの、僕なんかで良かったの?」

「はい。もちろん。むしろ空也さんが一番適任なんです」


 女の子の趣味に疎い僕に向いてるものとはなんだろう?

 もしかしたら本格的に絵を始めたいので画材を買うのかと思いきや、それらが置いてありそうな店も素通りしていく。

 そして辿り着いたのは──


「ここです」


 寝具売り場だった。


「枕とかシーツとか変えてみようと思いまして。せっかくなら空也くんと一緒に選びたいなと思いまして」

「光栄だけどなんで僕と?」

「だって寝たら空也くんと会うんですよ? 夢の中で空也くんと冒険をしているときも枕は私の頭の下にあります」

「そう言われてみればそうだね」


 どんな枕にしようが僕が見るわけではないのだけど、睡眠に関するものならば僕と無関係というわけではない。


「悪夢を見ないで済む枕ってないんでしょうか」

「ははは。さすがにそれはないんじゃないかな?」


 低反発性まくらやビーズクッションまくら、そば殻まくらまで様々なものを真剣な眼差しで吟味していた。

 ぷにぷにと圧したり、高さを確認したり、その目は真剣だ。


「ずいぶんと吟味するんだね」

「そりゃそうですよ。まくらの高さとか固さがよくなくて寝苦しくなって怪物に追いかけ回されたら嫌ですもん」


 まくらは結局低反発性の高級なものを購入していた。

 シーツは夏らしく涼しいもの。色は僕がミントグリーンのものを勧めたらそれを選んでいた。


「次はネグリジェです。どれがいいか選んでくださいね」

「ネ、ネネネグリジェ!?」


 度肝を抜かれたが、鏡華さんが持ってきたものはワンピース型のふんわりとした可愛らしいものだった。

 男子高校生らしい偏った知識と願望で、ネグリジェといえばレースですけすけの扇情的なものだと勝手に想像していた。


「どちらがいいと思います?」

「そうだなぁ、こっちのピンクの方が鏡華さんらしくて可愛らしいんじゃないかな?」


 勇気を出してちょっと褒めたつもりだったけど、なぜか彼女は面白くなさそうな顔をした。


「やっぱり空也くんから見て私って子どもっぽいんですね」

「いや、別にそう言う意味じゃ……」


 自分からどっちがいいかという二択をしてきてそのうちの一方を選んだだけなのに理不尽なりアクションだ。

 恋愛経験に乏しい僕にはまだ買い物デートなんて早かったんだ。


「やっぱり男子はせ、せくしーな人の方が好きなんでしょうね。あの『仮面の女』さんみたいな」

「なんで『仮面の女』が出てくるの!? 全然興味ないけど」

「そうでしょうか? 空也くん、ちょっと楽しそうにしてましたよね?」

「そんなわけないって! むしろあの人には本当に困ってるし」

「へー?」


 じぃーっと疑り深い目で見られると、事実無根なのになんだか気まずくなってきてしまう。


「やはりこれくらいの方がいい気がします」


 鏡華さんは黒レース素材ですけすけのネグリジェを手にとる。

 まさに高校生男子が想像するタイプのネグリジェだ。


「そ、そんなやつで寝たら風邪引くよ?」

「あー! また子ども扱いしてバカにしてますね! 私はこれを買いますから!」


 鏡華さんは顔を真っ赤にしながらレジへと持っていってしまう。

 聖女のように清らかな彼女があんなセクシーなものを着る姿なんて想像できなかった。



 ────────────────────



 ネグリジェ。

 それは男子ならば必ずあのスケスケを想像してしまうものである。

 次回、ネグリジェを着た鏡華さんが夢を見てます!

 ネグリジェ姿はないですけど。

 お楽しみに!

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