第7話 日沖さん、アイドルになる
僕と日沖さんの夢の中での冒険は途切れることなく続いていた。
謎の格闘大会に出場したり、一緒に山小屋を建てたり、南極にスケートをしに行ったり、普通では体験できないことを毎晩行っていた。
お陰で夜更かしをやめて早めに寝る健康的な毎日だ。
はじめの頃はちょっと緊張していた様子の日沖さんも最近ではリラックスしているのか、学校では見られない一面も色々見せてくれた。
勝負事に負けると結構本気で悔しがるところや、蛇を見てすごい声を上げて怯えるところ、でもその蛇を撃退するという意外と勇敢で逞しいところ。
そういう日沖さんを見ると、ただ可愛いというだけじゃなくて人間として素敵だなと見る目も変わってきた。
今朝もしっかり寝たので頭はスッキリしている。
昨夜のスカイダイビングではしゃぎ過ぎてパラシュートを開き忘れかけて焦る姿を思い出してにやけてしまう。
日沖さんは意外としっかりしてそうで抜けているところもある。
そんなことを思いながら駅から学校までを歩いていた。
「なぁ知ってるか? 二組の日沖鏡華にバスケ部のエースがコクったらしいぜ」
前を歩く男子が日沖さんの噂話をするのが聞こえて思わず聞き耳を立ててしまう。
「マジで!? フラれた?」
「もちろん。しかも『どちら様でしょうか?』って言われたらしいぜ」
「うわっ、それはきつい」
バスケ部のエースくんには申し訳ないが、フラれたと聞いてホッとしてしまう。
しかしそれと同時に彼ほどのイケメンでもフラれるのであれば自分なんて論外なのだろうと感じた。
「日沖ってすごい美少女だけど会話とか弾まなさそうだよな」
「それは言えてる。ジェットコースター乗っても無言って感じだもんな」
僕も夢で遊ぶ前は似たようなことを思っていた。
でも実際は違う。
結構はしゃぐし、放っておいたら一人で延々と喋ってることもある。
とはいえ訂正するのもおかしな話なのでスルーしておいた。
一日注意してみているとたくさんの男子が日沖さんに話し掛けたり気を引こうと必死になっていた。
まさに学園のアイドル状態だ。
大概は取り巻きの女子に阻まれてまともに会話は出来ていない様子だったけど、ちょっと心にモヤモヤを感じてしまう。
あまりに人気だから僕は話し掛ける隙もなかったけど、じっと見ていたら時おり視線が重なるときがあった。
そんなときはいつも日沖さんは小さく微笑んでくれた。
──
────
今夜の夢の始まりはステージの控え室だった。
「そう来たか」
この場所は見覚えがある。
アイドル育成ゲーム『アイドルクエスト』の最強アイドル選手権の控え室だ。
僕が寝る前にあのゲームをしていたからこんな夢を見てしまったのだろうか、それとも日沖さんがアイドルみたいだと思ったからだろうか?
ちなみに『最強アイドル選手権』とは全国各地のアイドルが集まり対決をする大規模のイベントである。
スーツを着てるし、サングラスもかけてるから僕が敏腕プロデューサー役なのだろう。
僕がPということは、アイドルはもちろん──
「鰐淵くんっ、なんですか、この格好!」
ガチャっと勢いよくドアが開き、フリフリミニスカートの日沖さんが飛び込んできた。
ノースリーブのトップスも、頭にちょこんと乗せたシルクハットのオブジェがついたカチューシャも恐ろしいほど似合っている。
「どうやらアイドルになっちゃったみたいだね」
「なっちゃったみたいだね、じゃないですよ! こんな格好で人前に立つなんて恥ずかしくて無理です!」
日沖さんは恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張る。
「似合ってると思うよ」
「そ、そうですか?」
「手足長いし、体幹がしっかりしているからか姿勢もいい。なにより純真無垢で擦れてないところが素晴らしい!」
「褒めすぎですよ。ほ、本当ですか? ってそういう問題じゃありません! こんな短いスカートなんて、バンツ見えちゃいます」
「えっ!? それ、下にスパッツとか穿いて着るものだよ!?」
僕の言葉に彼女はみるみる顔が赤くなる。
「さ、先に言ってください!」
日沖さんは大急ぎで部屋を出ていく。
先にもなにもこの部屋に来たときは既にあの格好だったのでどうしようもない。
というか普通あんなミニスカート穿くときは下になにか穿くと思う。
きっと日沖さんはミニスカートなんて穿いたことがないのだろう。
それはつまり日沖さんのミニスカート姿を見たのは、この世で僕一人ということなのかもしれない。
まあ、夢の中なんだけれど。
控え室のモニターでは現在のステージが映し出されていた。
どうやら大会は始まったばかりで、まだ予選のようだ。
しかし予選とはいえ歌もダンスもレベルは高いし、アイドルの子達はみんな美少女だ。
(でもやっぱり一番可愛いのは日沖さんだよな)
多少贔屓目もあると思うけれど、本気でそう感じていた。
やがて着替え終えた日沖さんが他のメンバー四人を連れて僕の部屋へと入ってくる。
どうやら日沖さんはリーダーらしく、センターで衣装は赤だった。
あれほど嫌がっていた割に、今はキリッとした表情でやる気を感じられた。
どんな心境の変化があったのかと思ったけれど、その理由はすぐに分かった。
「舞台なんて緊張するっ……やっぱり無理」
メンバーで最年少と思われる水色の子が涙目で訴えてきた。
恐らくまだ小学生なんじゃないかと思うほど幼い。
日沖さんはその子と視線の高さを合わせて優しく声をかける。
「大丈夫。みんなで楽しくやればいいんだよ」
「でも失敗しちゃったらみんなの足を引っ張るし」
「そんなのお互い様。私たちは五人でファイブリップスなんだよ」
驚いたことに日沖さんはもう既にアイドルグループ『ファイブリップス』のリーダーとしての自覚や責任に目覚めていた。
きっとまだ幼いメンバーを守らなきゃいけないという使命感がそうさせたのだろう。
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学園のアイドルは全国的アイドルになれるのでしょうか?
鰐淵プロデューサーの腕の見せ所ですね!
というか嫌がってるわりに衣装も自ら着て、ノリノリに見えなくもないですね。
やはりアイドルは女の子の憧れなんでしょうか?
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