第2話 健全な男子高校生の不健全な妄想
あまりにも非現実的なことに僕と日沖さんは目を見合わせて固まる。
「いやでも……夢が繋がっているなんてあり得るのかな?」
「あまり聞いたことありませんよね」
「ただ単に似た夢を見ただけなのかもしれないよね」
そう考えるのが常識的だ。
しかし日沖さんは首をかしげる。
「そんな偶然あるでしょうか?」
「寝る前に同じ動画を見たとか、同じゲームをしてたとか。それなら似たストーリーの夢を見ることもあり得るんじゃない?」
「なるほどです。それならあり得ますね。ちなみに私はサリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』を読んでました」
「へ、へぇ……よく眠れそうだね」
「いえそれが読み出したら止まらなくて、なかなか寝付けなくなっちゃたんですよ」
眠くなるために読んでいたのかと思ったが、違ったようだ。
「僕の寝る前とはかなり違いそうだね。僕はファンタジー系オープンワールドのゲームを少々……」
「おーぷんわーるど……?」
『ライ麦畑で捕まえて』は未履修だからどんな小説なのか知らないけれど、ドラゴンと戦ったり、魔法でモンスターを倒すストーリーではないだろう。
「まあ、たまたま同じ夢を見てたんだろうね。不思議な偶然もあるもんだね」
「そうですね。とにかく今日はありがとうございました」
日沖さんはにっこり微笑む。
二人きりで話せて、こんな笑顔が見られたのだから怪我をした甲斐もあったというものだ。
──
────
アマゾンの奥地に広がる森の中。
人知れず栄え、そして滅んだ文明がある。
その古代都市の神殿には世界を滅ぼすことが出来る邪悪な兵器が眠っていた。
それを探すのが今夜の夢である。
そして探検家の僕の隣には──
「こ、こんばんは、鰐淵くん。またお会いしましたね」
「うそ? 日沖さん!?」
なんと日沖さんが立っていた。
多分保健室で話をしたからその影響で夢に出てきたのだろう。
探検家の僕と研究者の日沖さんはその兵器を破壊するためアメリカ政府から派遣されていた。
数々のトラップを僕のアクションと彼女の頭脳でクリアしていき、遂に最後の祭壇まで辿り着く。
「この先にその邪悪な兵器が隠されてるんですね」
「行こう。僕たちの力で世界の平和を守るんだ」
「はい!」
祭壇への階段を一歩登ったそのときだった。
轟音が鳴り、突如床の一部が崩れはじめる。
「わっ!?」
「逃げるんだ、日沖さん! こっち!」
慌てて安全なところに逃げようと走るが、日沖さんが足を滑らせた。
「きゃあっ!?」
「日沖さんっ!」
落ちそうになる日沖さんの手を慌てて握る。
片手一本で彼女を持ち上げるのは厳しい。
日沖さんもなんとか自力で登ろうともがいていた。
「頑張って!」
「はいっ!」
「ハハハハ! ご苦労だったね」
口髭を生やし目元が鋭い、見るからにずる賢そうな奴が銃を構えて現れる。
「あなたはっ……ヘッド博士!」
見たことない人だが、日沖さんは知ってるようだった。
「君たちにはここで死んでもらう。兵器は私のものだ」
「いいえ。あなたの好きにはさせない!」
実に勇ましくてかっこいいが、宙ぶらりんの体勢でいう台詞じゃない。
とにかく引き上げようともう片方の腕も掴む。
「無駄だよ、探検家くん!」
ヘッド博士は躊躇いなく僕を銃で撃った。
「ぐわっ!?」
「鰐淵くんっ!」
夢だから痛くはない。
でも撃たれたという衝撃で体勢を崩してそのまま奈落へと落ちてしまった。
「日沖さんっ!」
「鰐淵くーんっ!」
闇は深く、僕たちはどこまでも暗闇に飲み込まれていく。
「日沖さんっ!!」
叫びながら目を覚ますと、そこはもちろんアマゾンの奥地の神殿ではなく僕の部屋だった。
「なんていう夢なんだ……」
まだ心臓がばくばくしていた。
あの夢はきっと昨夜寝る前に観た『古代文明からのメッセージ』という動画の影響だろう。
映画ならあそこから形勢逆転するんだけど、夢というのはハッピーエンドになるとは限らない。
後味が悪いものを感じながら起き上がり、学校に行く支度を整えた。
今朝も日沖さんの周りにはたくさんの女子が集まっている。
更にその周りに陽キャの男子も会話に加わろうとして騒いでいた。見慣れたいつもの光景だ。
日沖さんの長い髪に朝の眩しい光が反射して艶やかに煌めいている。
(今日もヤバいくらいに可愛いな……)
夢の中とはいえ助けられなかったことを悔いる。
ぽーっと眺めていたら日沖さんが振り返り、視線が交わった。
彼女は小さく微笑んでこくっと小さく会釈をしてくれた。
僕も会釈で返す。
すると彼女は立ち上がり、僕の方へと近付いてきた。
(え?なに!?)
そして僕の机にこっそりと折り畳んだ紙切れを置き、教室を出ていった。
(なんだろう?)
周りの人にばれないよう、隠しながらその紙を広げる。
そして衝撃の内容に目を見開いた。
『私のせいでヘッド博士にやられてしまい、すいません』
なんと日沖さんは今朝も僕と同じ夢を見ていた!
すぐに確認したかったが、彼女の周りには常に人がいるので二人きりで話すことが出来なかった。
すると放課後、日沖さんから二通目の手紙を渡された。
『よろしければ駅の反対側にある喫茶店『シエスタ』に来てください』
「この店か……」
指定された喫茶店『シエスタ』はレトロな雰囲気で高級感漂う店だった。
とにかくコスパ優先の学生が出入りするところではない。
落ち着いた雰囲気の店内には、一人きりで僕を待つ日沖さんの姿があった。
「お呼び立てしてすいません」
「いや。僕も話したかったから助かった」
日沖さんはおすすめだという一杯1,500円もするミックスフルーツジュースを二つも注文した。
「日沖さんもアマゾンの奥地に探検する夢を?」
「はい。私が研究者で、鰐淵くんが探検家さんでした」
その他も色々と話を擦り合わせてみたが、やはり僕たちの夢は寸部違わず一緒のものだった。
「やっぱり僕たちは同じ夢を見ているんだ」
「そうみたいですね」
異常な状況に緊張し、ミックスジュースを飲む。
氷の粒と果実の粒がサラサラと心地いい喉ごしだ。
自然な甘さとフレッシュな酸味が絶妙で、一杯1500円もするのも頷けた。
「そういえば昨日出てきたなんとか博士。あの人も現実の知り合いなの?」
「ヘッド博士ですね。あの人は現実世界の知り合いではありません。私の夢によく現れる悪い人なんです」
「あー、僕の夢に出てくる『仮面の女』みたいなもんか」
僕の夢にもそういう悪役は何人かいる。
中でも手強いのは顔を隠した謎の女性、通称『仮面の女』だ。
「それにしてもヘッド博士にやられたのは悔しかったね。あと少しだったのに」
「はい。あの方はいつも私の邪魔ばかりです。本当に悪い人なんですよ。この前なんか──」
嫌な相手とはいえ、所詮は夢の中の話だ。
日沖さんはゲームの強キャラを語るように笑っていた。
飲み物代は払うと言ったけれど「私がお誘いしたので」と頑なに譲らないので奢ってもらった。
学校帰りにこんなところに普通に来るのだから、お金持ちのお嬢様という噂も本当なのだろう。
やり取りが手紙では不便ということで、僕たちは互いのスマホの連絡先を交換することにした。
スマホを重ねたとき、日沖さんは妙に顔を赤らめていた。
「どうしたの?」
「男子と連絡先を交換するのはじめてなんで、ちょっとドキドキします」
「え? そうなの!?」
意外すぎる打ち明けに驚く。
「はじめてが僕なんかでよかった?」
「はい。もちろんです。むしろはじめてが鰐淵くんでよかったです」
なんか聞きようによってはもっと違う何かみたいで僕も顔が熱くなってしまう。
「ではまた今夜、夢の中で」
別れ際に日沖さんはそう言った。
これまた意味深な言葉に聞こえてしまったのは、妄想豊かな男子高校生には無理からぬことであった。
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連載開始早々、たくさんのブックマークや☆評価ありがとうございます!
とても励みになります!
夢が繋がっていることを確信した二人。
普通ではあり得ない繋がりに戸惑いながらも少しワクワクしております。
そして不健全な妄想を膨らましてしまう健全な男子高校生の鰐淵くん。
次回はそんな妄想が夢で具現化してしまいそうですね!
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