第40傘のうち・島崎藤村:しっとり濡れる雨の道行き

島崎藤村の「傘のうち」を読みました。詩集『若菜集』(一八九二年春陽堂)に掲載されている一篇。

青空文庫で読めます

https://www.aozora.gr.jp/cards/000158/card1508.html

底本は『藤村詩集』(1968年新潮文庫)


島崎藤村は一九七二年(明治五年)生まれの詩人、小説家。北村透谷の雑誌「文学界」に参加して作品を発表、一九八六年に処女詩集『若菜集』を、続いて『一葉舟』『夏草』『落梅集』四冊の詩集を出版して浪漫派詩人として知られるようになります。

その後は詩作からは離れて、小説を書くようになり『破戒』『夜明け前』などが有名です。


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傘のうち

         島崎藤村


二人してさす一帳ひとはり

傘に姿をつつむとも

なさけの雨のふりしきり

かわく間もなきたもとかな


顔と顔とをうちよせて

あゆむとすればなつかしや

梅花ばいかの油黒髪の

乱れて匂ぶ傘のうち


恋の一雨ひとあめぬれまさり

ぬれてこひしき夢の間や

染めてぞ燃ゆる紅絹もみうらの

雨になやめる足まとひ


歌ぶをきけば梅川よ

しばし情けを捨てよかし

いづこも恋にたはぶれ

それ忠兵衛の夢がたり


こひしき雨よふらばふれ

秋の入り日の照りそひて

傘の涙をさぬ間に

手に手をとりて行きて帰らじ


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『若菜集』では「初恋」という初々しい恋心を詠った詩が有名ですが、それとは対照的な詩です。


 最初読んだ時は、相合い傘の詩かな? と思ったのですが、よくよく読んでみると、おそらく、恋人達の「愛の道行き」を詠っているのかなと感じました。

相合い傘だと微笑ましいですけれど、逃避行だと深刻です。


「夜目遠目笠の内」と言う言葉があります。女性は、夜見る時、遠くから見る時、笠を被っている時のように、はっきり見えない方がより美しく見えるという意味です。


 ここでは笠ではなくて傘ですが、雨の中、傘に隠れて見え隠れする女性の輪郭が美しさを想像させます。


 傘内で男と頬を寄せている女の髪油の匂い、雨に濡れた着物の裾がめくれて紅絹がチラリと見える姿など、女性の色香も感じます。


 そして、口ずさむのは梅川・忠兵衛の浄瑠璃。これは近松門左衛門作の「冥土の飛脚」。飛脚問屋の養子忠兵衛と、遊女梅川の恋物語です。


 詩人がリアルで経験したことというよりは、想像の中で膨らんだイメージではないかと思いますが、浮世絵を見ているような、歌舞伎の一場面を見ているような美しい光景が描かれています。

(記:2016-09-10)

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