第38話秋刀魚の歌・佐藤春夫:昼ドラ真っ青の恋愛模様が隠れていた
佐藤春夫の「秋刀魚の歌」を読みました。
『我が一九二二年』より。
青空文庫で読めます。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001763/card56872.html
初出は雑誌「人間 第三巻十一号」(一九二一年)。底本は、『現代の本文学大系42佐藤春夫集』(一九六九年・筑摩書房)
佐藤春夫は、一八九二年(明治二五年)生まれの詩人、作家。随筆や童話、戯曲、短歌などの作品も書いています。
門弟が多いことでも知られていて、太宰治、檀一雄、柴田錬三郎、遠藤周作、安岡章太郎など、そうそうたる作家が影響を受けていました。
一九六四年(昭和三九年)に心筋梗塞の発作で死去しています。
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秋刀魚の歌
佐藤春夫
あはれ
秋風よ
___男ありて
今日の
さんまを
思いにふける と。
さんま さんま
そが上に青き蜜柑の酢をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば。
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。
あはれ
秋風よ
世のつねならぬかの
いかに
秋風よ
いとせめて
あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝へてよ
___男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食らひて
涙をながす と。
さんま、さんま、
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。
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「さんま苦いか塩つぱいか」
有名な詩の一部しか知らなかった私は、独身男が秋の夜長に、秋刀魚をつついている清貧の詩かと誤解していましたが、よくよく背景を知ってみると、昼ドラめいた恋の物語が隠れていました。
主な登場人物は以下の三人になります。
「人に捨てられんとする人妻」「夫を失はざりし妻」は、谷崎潤一郎さんの妻、谷崎千代さん 二四歳。
「妻にそむかれたる男」「父ならぬ男」は妻の香代子さんと別れたばかりの、佐藤春夫さん二九歳。谷崎潤一郎の友人でした。
「愛うすき父を持ちし女の児」は、谷崎潤一郎と千代の娘、鮎子ちゃん。
華やかな女性がタイプの谷崎は、貞淑な妻の千代とは冷え切っていました。それよりも、千代の実妹のせい子に魅かれていたのです。
せい子は小説「痴人の愛」のモデルになったという、奔放な女性でした。
千代は夫とうまく行かないことに悩んでいて、夫の親友の佐藤に相談をしていました。やがて、佐藤の心が、いつしか恋に変わって行くのも当然の成り行きでした。
ある夜のこと、谷崎が仕事で留守だった時に、佐藤が訪ねて来ました。
千代は佐藤を家に上げて、娘の鮎子ちゃんと三人で夕ご飯を食べました。メニューは秋刀魚でした。
娘の鮎子ちゃんは物怖じせずに、父でもない春夫おじさんに、親しげに秋刀魚の
そんな、ひとときの団欒があったことを思い出しながら、詩人佐藤春夫はひとり、人妻千代への断ち切れない思いを自嘲しながら、あの日と同じ秋刀魚を食べているのです。
その後、紆余曲折あって「細君譲渡事件」としてスキャンダルになるのですが、最終的に千代さんは、谷崎潤一郎と離婚、佐藤春夫と結婚することになり、三人の連名で声明文を出したりもしています。
参考:細君譲渡事件
https://japanese.hix05.com/Literature/Tanizaki/tanizaki302.saikun.html
(記:2016-09-05)
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