第29話薄明・立原道造:映画のラブシーンのような甘やかさ

立原道造の「薄明」を読みました。

青空文庫に掲載されている詩集『優しき歌Ⅰ』 の一篇です

https://www.aozora.gr.jp/cards/000011/card899.html

底本は『立原道造詩集』(岩波文庫)


立原道造(一九一四年~一九三九年)は、二四歳で若くして亡くなったため、詩集『優しき詩』は没後に複数の人の手によって編纂されました。


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薄明


      立原道造


音楽がよくきこえる

だれも聞いていないのに

ちひさきフーガが はなのあひだを

草の葉のあひだを 染めてながれる


窓をひらいて 窓にもたれればいい

土の上に陰があるのを 眺めればいい

ああ 何もかも美しい! 私の身体の

外に 私を囲んで暖かく香りよくにほふひと


私は ささやく おまへにまた一度

___はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ

うつろふものよ、美しさとともに滅びゆけ!


やまない音楽のなかなのに

小鳥も果実このみも高い平で眠りに就き

影は長く 消えてしまふ___そして 別れる


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 『優しい詩』というタイトルの詩集の中にあるにふさわしい、なんとも甘やかで綺麗な詩です。一連目の四行の表現に魅了されました。


「ちひさきフーガが はなのあひだを 草の葉のあひだを 染めてながれる」なんて綺麗なんだろう。こういう感性が欲しかった、と、自分の詩に無い物ねだりを感じたりもしました。


 この風景の中にいるのは詩人と「私を囲んで暖かく香りよくにほふひと」。当然女性でしょう。開いた窓にもたれて、ふたり、外を眺めているようです。


 女性の姿を描写せず「匂い」で、女性の美しさを表現しているのがおもむき深いです。

若い男性にとっては、女性の香りは、ただ表面的なところだけでなく、本能的な刺激も呼び起こすのではないかなどと、勝手に解釈してみました。


そして、詩人は女性の耳元でやさしくささやくのです。

読み手の方がちょっと照れてしまうくらい、映画のラブシーンのように、ロマンチックです。


「___はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ うつろふものよ、美しさととともにとどまれ うつろふものよ、美しさとともに滅びゆけ!」

この言葉はどういう意味なのか、よくわからなかったのですが、恋人との甘いひとときが過ぎてしまうことを惜しんで、永遠に続くように願っているのかと感じました。


 最終連の四行で、恋人との優しい時間が、終わってしまったことを示唆しています。

夜も更けて窓の外の小鳥も果実も眠りについた頃、月に照らされる二人の影は長く伸び、やがて消えてしまう。


「そして別れる」は、永遠の別れでないと良いのですが。

「このひとときとともにとどまれ」と願ったように、近くまた会える別れであって欲しいと願ってしまいます。

(記:2016-08-18)

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