第12話猫・萩原朔太郎:不気味でユーモラス
萩原朔太郎の「猫」を読みました。
『永遠の七 萩原朔太郎』(小学館EBOOKS )掲載の一篇です。初出は詩集『月に吠える』
萩原朔太郎は一八八六年(明治十九年)生まれ、亡くなったのは一九四二年(昭和十七年)五五歳でした。
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猫
萩原朔太郎
まっくろけの猫が二疋
なやましいよるの屋根のうえで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のようなみかづきがかすんでいる。
『おわあ こんばんは』
『おわあ こんばんは』
『おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ』
『おわあ ここの家の主人は病気です』
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時は春。場所は民家の屋根の上。糸のように細い月が光るだけの暗闇に近い夜の中で、まっくろけの猫が二匹、向かい合っています。
黒猫、屋根の上、尻尾、三日月って、今でも典型的な、夜の猫のイメージかもしれません。
昔は猫の恋の季節にはよくある光景でした。雌猫を争ってする雄同士の喧嘩は、子孫を残すための命がけの試練です。
でも、詩の中の二匹は『おわあ こんばんは』と、のんきに挨拶。
まだ喧嘩するほどまでに敵対心が高まっていないか、それとも、礼儀正しい猫は、まずご挨拶から入るのか、あれこれ想像してみると面白いシーンです。
『おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ』は威嚇し合っている声でしょうか、猫の声は時に、人間の赤子が泣いている声に似ていることがあります。
猫の争いの声を想像していると、突然最後に『おわあ ここの家の主人は病気です』と猫が鳴きます。
この家の主人とは、おそらく詩人自身の状態だろうと思うのですが、もしかすると病床で、眠れない夜に、屋根の上で繰り広げられている猫の声を聞いているのかもしれません。
暗闇の中で聞く猫の声は、とても不気味で恐ろしく感じるでしょう、それなのに、なんだかユーモラスな詩です。
(記:2016-07-21)
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