女難の相

 あれこれ女運の悪さで酷い目にあって来たけど、その理由も実はわかっている。自分では認めたくなかったけど、


「女難の相」


 こう書けばイケメンなのに女に祟られるイメージもあるが、そうじゃなくて、女にモテるどころか嫌悪される容貌だからだ。とにかく顔に可愛げがない。これはブサイクとも少し違う。


 ブサイクでも可愛げとか愛嬌のある顔はある。少なくとも憎まれたり嫌悪されたりしない可愛げだ。それがボクには見事にないとしか言いようがない。とにかく厳ついと言うか、ガチガチの強面。


 そうだな、、最大限に可愛く表現してゴリラ。でも可愛げとなるとゴリラの足元にも及ばず、ネアンデルタール人と較べるレベルとまで言われたことがある。ネアンデルタール人と言っても、教科書に出てくる無表情なやつね。


 そのタダでも厳つい強面の顔に勲章まである。子ども時に階段から転げ落ちて大怪我をしたんだよ。手とか肋骨の骨折もあったけど、顔をコンクリートの角に強烈にぶつけパックリ割れて、その傷が威張り散らかすかのように鎮座している。


 そりゃ立派な傷跡で、おでこから左目の上を通り頬まで続くものだ。よく失明しなかった言われるぐらいで、むちゃくちゃ貫禄がある。ああそうだよ。その筋の職業の人がスカウトに来てもおかしくないレベルの厳つさなんだ。


 そんな厳つい強面な顔の上にガタイも良い。生まれつき大柄なのもあったのだが、中学で部活を選ぶときに出来心で柔道を選んでしまったのだ。これはちょうど青春柔道ドラマがヒットしていたのもある。


 やってみると辛いしシンドイものだったが熱中した。中学では地区大会レベルだったが、二年で団体戦のレギュラーになり、三年では主将になり、団体戦の大将にもなった。この辺はボクが重量級なのもあった。


 高校も入学したら勧誘攻勢にあってしまった。これは経験者で主将だったのもあったと思う。他にやりたい部活もなかったから、フラフラっと入ってしまったのだけど酷い目に遭った。これはイジメられたのじゃなく、高校の柔道部が県大会の常連校で全国を目指すみたいな強豪校だったのだ。


 つまり中学とは桁違いの練習をさせられたってこと。成果もあって、高三の時には団体戦のレギュラーにもなり、個人戦でも県のベスト・エイトまで進めた。ただそんなトレーニングを続けたために熊みたいな体形になってしまっている。


 厳つすぎる強面の顔に、熊のような体形となればまずは女は近づかない。男だって最初は怖がって敬遠されたぐらいだ。こんなボクを、うちの会社がよく採用してくれたものだと思うもの。


 その自覚もあったから転職が難しいと思っていた。それがあったからあの女性社員のイジメにも耐えられた部分はあるし、あんまり耐えたものだから、あの女郎もあそこまでイジメがエスカレートしたのだと思うぐらいだ。


 だからこそ美穂はラストチャンスと思ったんだよ。美穂を逃せば二度と結婚のチャンスなんてないと思ったから、嬉しかったし、信じてた。でも美穂も最後はこの女難の相に耐えられなかったって事だ。


 男は顔じゃないって言葉をどこかで信じてた。現実にもこの顔じゃなくて性格を認めてくれる人はいる。会社だって仕事ぶりは認めてくれるし、営業に回っても、最初はどうしても怖がられるけど、信頼してもらえて大きな取引を認めてくれている。


 これは男にしか通用しないのだけど、一度信頼してもらうと、この厳つすぎる強面の顔が逆に信用を高めてくれるようなんだ。お世辞もあると思うけど、


「その顔で御信用下さい言われたら、疑いようがなくなるんだよな」


 誰かには仏顔の逆の鬼顔とまで言われたっけ。世の中の営業で多いのは仏顔で機嫌を取るタイプが多いけど、ボクがドスの効き過ぎた声、これも生まれつきだから変えようがないのだけど、頭を下げて、


「お願いします」


 こう言うと議論の余地がなくなるとかなんとか。どうもヤクザに脅されてると言いたそうだったけど、とにかく物凄い迫力を感じると笑いながら言ってたよ。もちろん受けた仕事はキチンと仕上げてるし評判も悪くない。


 だけどそう理解してくれるのは男だけ、女は一度怖いとか、気色悪いと思えば生理的にダメな人種なのかもしれない。唯一の例外が美穂だったぐらいとしか言いようがないんだよな。その点では大阪支社の連中は変わってるわ。


「竹野さんなら、明日から吉本新喜劇の看板張れまっせ」


 最初はバカにされてるのか思ったけど、どうもそうではないようなんだ。単純な褒め言葉でもないけど、使われようによってはかなりの賛辞で、どう言えば良いのかな。キャラが立っているぐらいの意味で良さそうなんだ。


 大阪支社と言うか、大阪人と言うか、関西人はキャラが立つと言うのを良い意味でも悪い意味でも重視して尊重する部分があるぐらいだ。この辺は東京と違う気がする。東京でもキャラが立つのは悪い事ではないはずだが、そのキャラも一定の型にはまってる気がする。


 ところが関西では、キャラの許容度がかなり高い。高いどころか型破りでさえあっさり認めてしまうところがある。


「そんな小難しゅう考えんでも、オモロイかオモロナイかだけでんがな」


 大阪に来る前に本社の連中から、関西人の笑いには気を付けろと言われたが、最初は日常会話が漫才かと思ったぐらいだからな。なにげない会話でも微妙にツッコミがあって、それを察知してボケないと、


「オモロナイやつ」


 こうされるって事だ。最初はなんてメンドウと思ったけど、慣れてくると面白みがわかってきた気がする。つまり関西人は会話に緊張と緩和を常にもたせているで良いと思う。固い話でも笑いを適宜入れる事でリラックスさせているぐらいだろう。


 どっちにしても東京より大阪で勤めてる方が居心地が良い。この転勤は成功だったと思う。水が合うってやつで良いと思う。あのまま東京にいたら息が詰まっていたとしか思えないものな。


 大阪に来て始めた趣味がある。始めたと言うより再開したに近いかもしれない。きっかけはモトブロガーのツーリング動画。バイク乗りなら誰でも知っているカトちゃんのユーチューブだ。


 その中でも気ままツーリングが面白い。『気まツー』と略されるぐらいの人気で、内容はその日の気分でふらっとツーリングに出かけ、出会った物、出会った人とのことをおもしろおかしく作り上げたものだ。


 バイク乗りと言っても学生時代に少し乗っていた程度だ。当時の友だちの一人がバイクキチガイで、あれは強引に誘い込まれて教習所に一緒に通って取ったものだ。友だちは大型まで取ったがボクは普通二輪。


 免許を取った後にお付き合いでバイクを買って走らせていた程度で、社会人になって辞めていたんだけど、久しぶりに乗りたくなったんだよな。どのバイクにするかだけど、スポーツタイプはパス。さすがにこの歳でフルカウルとかはちょっとだ。


 アメリカンは魅かれたけど、あれは車格が大きくないと格好が良くないところがある。もっと言えば大きければ大きいほど映える。アメリカンでは四〇〇CCでもまだまだ小さいんだよ。


 なんだかんだと言う前に気になってたバイクがあった。通勤途中にあるバイク屋に飾られているバイク。バイクに興味をまた持ち出したのはユーチューブの影響もあるけど、そのバイクを見たからかもしれない。


 デザインは英国風クラシック。エンジンはどう見ても空冷単気筒。ラインナップも面白くて一二五CCと二五〇CCのみ。カタログで確認するとエンジンは共通で、デザインだけでいくつかバリエーションがある感じだ。


 その手のバイクならトライアンフもあるけど、ずっと安い。安いどころか、国産と較べても良い勝負。純粋の比較は難しいけど、十分に手の届く値段。ネックは英国製であること。誰だって故障で立ち往生は嫌だ。


 だけど先に気に入ってしまったのがボクの負けで、無理に他のバイクを購入すればきっと後悔すると思い購入を決断。久しぶりのバイクだったので最初は怖々だったが、慣れてくると楽しくなってきている。さすがに空冷単気筒だからかっ飛ばすには非力だけど、ツーリングを楽しむには十分ぐらいだ。


 最初は奈良方面をツーリングしてバイク乗りの聖地と呼ばれる針テラスも行ってみた。淡路も走ってみたし、琵琶湖一周も楽しませてもらった。これも最初の頃は背中や腰が痛くなったり、お尻も痛くなったりしたが、だいぶ体も慣れてきた。


 慣れてくるとやりたくなるのがお泊り付きのロング・ツーリング。これはメッカとされるところがいくつかあって、四国なら四国カルスト、九州なら阿蘇ぐらいだ。東に走って信州もある。でもボクの頭にパッと浮かんだのは秋田だ。理由は秋田と言えば、


『なまはげ』


 これだからだ。なまはげに何か思い入れがあるかだが、毎日見ている顔と妙に親近感があるんだよ。自虐ギャグと笑うなら笑え、そんな顔と生まれてからずっと付き合っているんだから。


 だけど大阪からになるとさすがに遠い。秋田まで九〇〇キロぐらあるからな。いくら高速を使っても一日で着くのは無理。また途中泊を入れても秋田に行くだけでフラフラになりそうだし、そのうえ行けば帰って来なくてはならない。これじゃ、まるで事故をしに行くようなものになる。


 これは無理かと思っていたのだが、敦賀から秋田に行くフェリーがあるのを知ったんだよ。お値段も高速代や途中泊、ガソリン代も考えるとペイしそうだし、秋田に着いた時も元気なはずぐらいの計算が出来た。


 フェリーを使ったツーリング動画も多いのだが、船旅がツーリングに組み合わさるのは魅力的な旅になるはずなんだ。あれこれ準備を整えて、有給休暇もなんとか確保して出発。敦賀のフェリーターミナルから乗り込んだ時には、ついにここまで来たぞと叫びたいぐらい興奮したよ。


 船室はツーリストA。大部屋に二段ベッドが四台と一段ベッドが二台ある。ベッドの配置に工夫があって、上段と下段の入り口が互い違いになっており、ロールカーテンを下ろせば、そうだな、良く言えばカプセルホテル風になっているぐらいだ。


 とはいえ広さは畳一枚分ぐらいだし、窓はあっても薄暗い部屋だから、船室で優雅に時間を過ごすのは無理がある。正直なところ寝る時に使えるだけだ。船室で時間を過ごすにはせめてステートAツインが欲しいところだが、秋田行には設定が無くデラックスになり、さらに二人部屋を一人で使うために三倍ぐらい高くなるから割り切った。


 そのためか船内設備は部屋で時間を過ごせない人用の設備も充実してるんだよな。四階にあるフォワードサロン、プロムナード、オープンデッキ。他にも映画館やゲームセンターもある。トレーニングルームがエア・ホッケーなのは笑った。


 今回のツーリングだが気まツーを少しだけ取り入れてる。動画では好き勝手走っての出会いが次々に起こるようになってるが、現実はそうは行くはずがない。見知らぬ土地を好き勝手に走れば迷子になるだけだ。


 だかられこれルートは考えているが、宿だけはその日に決めることにした。初めてのコースで宿を決めてしまうと、宿に行くのが目的化してしまうのじゃないかと考えたぐらいだ。


 これもリスクはあるが、最悪の場合でも男一人だから、何とかなるだろうと高を括っている。この顔と体だ、襲うような物好きなんかいるはずがないからな。もっもと旅先での出会いも期待できないけど、そんなもの慣れっこだ。思いっきりソロツーを楽しむぞ。

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