第十五幕 34 『軍師』


 ……魔王のあまりの変貌ぶりに、私達は思わず言葉を失う。


 悪魔と竜が融合したかのような禍々しい異形。

 その体躯は以前の倍ほど、優に10メートルは超える。

 一つ一つが鏃のように尖った漆黒の鱗が全身を覆い、大きく裂けた口の中には無数の鋭い牙が生える。




『GRRRR………』


「お父……様……」



 もはや人の言葉を発さず、果たして人しての理性が残っているものなのか?

 シェラさんが変わり果てた父の姿に呆然と呟きを漏らした。




「これが……邪神をその身に降ろした成れの果てだと言うのか……」


「何という禍々しさ。こんなものが進化など……ありえませんわ」


「うう……お母さん、凄く気持ちが悪いよ……」



 魔王が放つ波動はもはや物理的な圧力すら感じるほどに強大なものとなる。


 だけど……私の目には、あの異形の姿になってから、酷く不安定に見える。


 かつての調律師との戦いで、黒魔巨兵が合体した事があったが……あの蜘蛛のような魔物と同じように、突けば弾け飛ぶような危うさを感じるのだ。



「テオ、ミーティア……」


「任せろ」


「任せて!」


 私が呼びかけただけで二人は意図を察してくれる。



「皆は下がっていて。闇が溢れ出してきたら気を付けてね」


 警戒を促すと、皆は後方に下がって身構える。

 




『GRRRRRAAAAーーーーー!!!』



 理性を失いながらも、私達を敵と見定めた魔王が咆哮を上げて襲いかかってくる!!!


 その巨体に似つかわしくない俊敏な動きで迫り、あぎとを大きく開いてテオに噛みつこうとする!!



 それはまさに獣の本性そのもの。

 力はより強大なものになったが、これなら……さっきまでの方がよっぽど強敵だ。



 威力もスピードも驚異的だが、直線的な攻撃。

 当然ながら、そんな単調な一撃を食らうようなテオではない。



 襲い来る牙を躱し、青いオーラを噴き上げる聖剣を魔王竜の喉元に突き立てる!!


 そして、そのまま巨体の下に潜り込みながら長い首を付け根まで切り裂いてしまう!!!



『GGYAAAAーーーー!!!???』



 魔王竜から耳をつんざくような絶叫が迸る!!


 そして引き裂かれた首の傷口から『闇』が漏れ出したかと思えば……魔王竜の身体がボロボロと崩壊を始め、一気に『闇』が溢れ出す!!!







「ミーティア!!!やるよ!!!」


「うん!!」


 私とミーティアは『闇』を封じて滅するべく、シギルの力を全開放して金銀の光を放とうとする。
















 だが、その時。





「やはり、類稀な力を持つ魔王と言えど……所詮は人の身に過ぎなかったか」



 突然、何者かの声が響く。


 と同時に、魔王竜から溢れて際限なく広がろうとしていた闇が収束に転じ……ある一点に流れ込んでいく。


 その先には巨大な邪神像。


 いや、その足元に何者かが立っている!!



 ローブを纏いフードを目深に被ったその人物が右手を上に掲げると、その掌に闇が収束していく。


 やがて全ての闇は彼の掌に集まり、空間穿たれた闇のように球体となって浮かんだ。

 既に魔王竜の身体は跡形もなく消失してしまっている。



「あぁ……お父様……消えてしまった……」


 シェラさんから嘆きの声がこぼれ出る。

 父娘で戦う事の覚悟は出来ていても、こんな決着は望んでなかったはずだ。



「やっぱりテメエか!!!『軍師』!!!」


 そして、ロランさんが謎の人物に怒号を浴びせる。



 彼が『軍師』……やはり魔王ですら彼の掌の上で踊らされていたと言うことか。



 そして、私をこの神殿に招き入れようとしたのも彼。

 その正体は……



「あなたは一体何者なの?この世界で何をしようとしているの?」



 一つの予想はある。

 それが外れて欲しいと願いながらも、私は聞かずにはいられなかった。



 だが、彼は私の問いかけには答えず、徐ろにフードを取り払う。

 これが答えだと言わんばかりに。




 露わになったのは、魔族特有の白銀の髪に黄金の瞳を持つ青年。

 だが、色は違えどその相貌は良く知っている人物のものだった。


 そうであって欲しくない……そう願ったが、その想いはあっさりと裏切られた。















「賢者……リュート……やはり、あなたが……?」



 そう。


 『軍師』の正体は、賢者リュート……桧原琉斗、その人だったのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る