第十五幕 16 『約束』



「ママ!!」


「うん、分かってるよ」



 私に縋りついて泣いていたミーティアが、顔を上げて私を呼ぶ。

 その意図は分かっていた。

 私も同じことを考えていたから。




 私は、去りゆくヴィリティニーアの魂に想いを馳せながら、歌を歌う。


 きっと、家族を愛する強い想いが……絆の力が、本来の彼女の魂を異界の魂から護っていたはず。

 

 そう信じて、私は歌を歌う。




 すると、シギルの光に導かれるように、無数の淡い光が周囲に舞い踊る。


 そしてそれは、人の形を取り始め……




『姉さん……』


「ヴィー……?」



 現れたのは、黒目黒髪の、かつて私が夢に見たリシィ……シェラさんとよく似た少女。


 調律師だった時の怜悧な表情とは真逆の、とても穏やかな笑みを浮かべていた。


 この人が、本当のヴィリティニーアさん……か。


 やっぱり、ずっと頑張っていたんだね……





『姉さん、ごめんなさい……そして、ありがとう』


「ヴィー……!私の方こそ……ごめんなさい!私が国を出ずに……あなたと一緒にいれば……!」


 抑えていたものを全て吐き出すように、涙を流しながらシェラさんは声を絞り出す。



『ううん、姉さんのせいではないわ。私達は、お互いに国のためを思って行動しただけ』


「でも……でも……!!私は……あなたとの約束をっ!!」


『覚えているわ……いつか平和を取り戻して、また一緒に暮らそう……そう、約束したんだったわね』


「ごめんなさい……私は……」


『謝るのは私の方よ。ごめんなさい』


「ううん、私がしっかりしていれば……」


『……ふふ。もう、お互いに謝るのはやめましょうか?』


 二人とも自分のせいだと言って謝罪を繰り返していたが、ヴィリティニーアさんが可笑しそうに笑みを零した。



「ヴィー……」


『もう、あの時の約束は果たせなくなってしまったけど……別の約束をしてくれる?』


「……どんな約束?」


『私の分まで生きて欲しい。平和を取り戻したら、姉さん自身の幸せを掴んで欲しい』


 彼女は、夢想するように目を閉じて、穏やかな口調で願いを口にする。



『愛する人と結ばれて……可愛い子供を産んで……穏やかな人生を過ごして……そして、天寿を全うしたら』


「……」


『私に、話を聞かせてほしい』


「……ええ……約束するわ……」



 涙が溢れて視界が霞む。


 あぁ……私も泣いていたのか……













 そして、姉妹は語りあう。


 失われた時を取り戻すかのように。



 誰もそこ割って入ることはできない。


 だけど、誰もがきっと思ったことだろう……


 ずっと……二人が一緒にいられれば良いのに……と。














 しかし、時間は無情にも過ぎ去る。


 いよいよ別れの時が来てしまった。



『……じゃあ、姉さん……そろそろ、私は逝くわ。今は、さようなら……でも、また逢いましょう。輪廻の先の未来で』


「……ええ、必ず。約束よ!」



 二人は泣き笑いで別れを告げ、再会を誓う。






 そして、ヴィリティニーアさんの魂は光に包まれて天に昇って行く。




「……さようなら、ヴィー。また、逢いましょう」




 雲の切れ間から差し込む陽の光が、二人の約束を祝福しているかのようだった。

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