第十四幕 16 『風のタクト』


「…………と言うわけなんだ」



 私は皆にリュートから聞いた話をした。

 ……私自身に関わる部分は除いて、だけど。


 別にこのメンツなら話しても良いとは思うのだけど、抵抗が無いわけじゃないから……



「邪神の所在が……」


「んで、どうするの?直ぐにでも殴り込みに行くの?」


 殴り込みって。

 シフィルさんや、あなた仮にも貴族令嬢でしょうに。



「ん〜……ちょっと悩ましいんだよね。行ってどうにかなるのか分からないし……」


 行けばきっと何か事態が動くという予感はあるけども、確証があるわけじゃない。


 それに……



「グラナ軍の事もあるから……。そう言えば、さっき国境付近がキナ臭い、なんて言ってたけど。具体的に何か動きがあったの?」


 特に通信魔導具スマホでは連絡を受けてないけど。



「私達はこちらに来たので話に聞いただけですが……国境の山岳地帯での魔物の出没頻度が相当高まっているようですわ」


「ウィラーだけじゃなく、デルフィアやレーヴェラント、シャスラハの国境付近はみんなそんな感じみたいよ」


「なので……いよいよグラナの本格的な侵攻が近いのでは?と、各国警戒を最大限に引き上げてますわ」



 やはり。


 もしそうなれば……私も戦地へ赴かなければならないだろう。

 何と言っても私の[絶唱]の力は、大規模戦闘では絶大な効果があるのだから。


 でも、そうすると……『黒き神の神殿』に向う時間がない。

 あるいは、邪神を何とかすれば黒神教の野望も潰えて、侵攻を止められる……のか?



 どうにも判断が難しいね……



「……ここで悩んでいても仕方がないか。とにかく、一旦森都に戻って父様たちと相談しよう」


 国境の部隊に参戦するのも、『黒き神の神殿』に向かうのも、先ずは父様たちに情報を共有して方針を固めなければ。

 リル姉さんたちにも……













 そして私達が帰り支度をしようとしたとき、ちょうど応接室にシェロさんが入ってきた。



「ああ、皆様方……お帰りになるところでしたか。ちょうど良かったです。少々よろしいでしょうか?」


 どうやら私達に話があるようだ。

 いったい何だろう?


 彼は小脇に抱えていた箱をテーブルの上に置いて……


「カティア様が仰っていたエルフ族のご友人とは、彼女……シフィル様の事ですね?」


 と、シフィルを見ながら聞いてくる。



「え、ええ……そうですが……」


「話って、私に?」


 シフィルが不思議そうに聞くと、シェロさんは頷いて話を続ける。


 そうか、『エルジュ一族』として話があるのかな?



「改めてご挨拶を。私は『エルジュ一族』の長の息子、シェロと申します」


「エルジュ……?じゃあ、もしかして爺様の……?」


「その方のお名前は……」


「セティスよ。何年か前に亡くなったのだけど……まぁ御年346才だったって言うから大往生よね。出身部族の名から『エルジュ』って名乗ったとは聞いてたけど。そうか……ここが故郷だったのね」


 エルフ族は長命で、人族の三倍寿命があると言われてる。

 なのでエルフ族としても長生きな方だったようだ。


 続いて感慨深げに漏らしたシフィルの呟きに、シェロさんが頷き返す。



「セティス様は大戦の時に一族の戦士たちを率いて魔王の軍勢と戦った後、何名かと共にエルジュの里を出ていかれました。元々好奇心旺盛な方で、大戦で共に戦った人族の友人と意気投合したのをきっかけに……と伝わっております」


「分かるわ、その気持ち。私も多分里に籠もっての暮らしは耐えられないと思うもの」



 シフィルはそうだろうね。

 友人付き合いで彼女の性格はだいぶ分かってるつもりだけど、慎ましやかに森の中で暮す彼女の姿は想像出来ないよ。



「時折、一族の中にはそう言う気性の者が現れるようですね。……それで、こちらの品ですが」


 そう言ってシェロさんは机の上に置いた細長い箱を示す。


 見た感じは、以前見た聖杖リヴェラを収めていた箱に似た感じだ。

 彼が蓋を開けると、中には布で包まれた棒状のものが。

 大きな魔力を感じるところからして、これもやはり魔導杖の類だろうか?



「これは、セティス様が大戦のあと出ていかれる際に一族に預けて行ったものです」


 そう言いながら包を解いて現れたのは、細長い棒状のもの。

 長さは大体3〜40センチ程か。

 一見して木製のそれは全体的に細身だが、先端に向かって更に先細り……魔法の杖と言うよりは、指揮棒のようだった。

 持ち手と思しき部分のみ白銀の金属製。

 そして、シルエットは至ってシンプルながら、精緻な彫刻がびっしりと彫り込まれており、美術品と言っても良いくらいの美しさだ。

 内に秘めた膨大な魔力とも相まって、神々しさすら感じさせる。



「『風のシルフィンタクト』……王樹の枝から創られた魔導杖です。『来るべき時、相応しき者の手に』。これを預かった時に、セティス様がそう申されていたそうです」


「凄い……これを私に?」


「ええ。お預かりしていたものをお返しするだけですが……『来るべき時』は正に今。そして、あなたがセティス様のお孫様なら、これ以上無いくらい『相応しき者』でしょう。さあ、手にとって見て下さい」



 シェロさんに促されて、恐る恐ると言ったふうに杖を手に取るシフィル。


 すると、その瞬間……柔らかな風が駆け抜けて頬を撫でていった。

 清涼な森の香りが鼻孔をくすぐる。



「どうやら杖も相応しき主を得て喜んでいるようですね。……その杖は、その名の通り風系統の魔法に絶大な補助効果を発揮します。初級は中級、中級は上級……というように、等級を一段階引き上げるのです」


 ナニソレ凄くない?

 じゃあ上級は特級に、特級は……ごくり。


 風系統限定とはいえ、物凄いチート武器だよ。




「…………」


「どうしたの、シフィル?」


 じっと杖を眺めながら、何やら考え事をしている様子。

 私は気になって聞いてみた。



「え?……ううん、何でもないわ。ただ……私、爺様には風魔法を徹底的に叩き込まれたんだけど、もしかしたら私がこれを手にする事を予感してたのかな……って思ったのよ」


「……300年前の大戦を戦い抜いた方なら、そんな事もあるかもね」


 もうそれは知る由もないけど……出来れば過去の大戦を知る者として、話を聞いてみたかったと思うのだった。


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