第十三幕 61 『薬師VS薬師』


「皆は援護をお願いね。コイツを直接相手するのは私がやるから」


 メリアさんはそう言うが……

 いや、薬師の強力な毒が効かない彼女なら、確かに適任か。


 でも、彼女ってあまり前衛タイプにも見えないのだけど。

 そんな私の心配を察したのか、メリアさんはニッコリ笑って言う。



「大丈夫。私、こう見えても剣はそこそこ使えるわ」


 そう言うメリアさんの手には、いつの間にか剣が握られていた。

 オーソドックスな両刃の長剣だ。


 確かにその構えは熟練の剣士のよう。

 ただ、彼女が精霊に近い存在だからなのか……いつものように雰囲気からその実力を推し量ることは出来ない。



「ひょ……毒が効かぬからと言って調子に乗ってからに……。ワシは魔族じゃぞ。体術だけでも主ら全員を倒すことなど造作もないわ!」


 薬師は尚も強気だが、先程までよりも余裕は無さそうだ。

 周囲を見渡せば、薬の影響が無くなったウィラー兵が再び盛り返している。




「さぁ……行くわよ」


 静かに呟き、そして静かな足さばきでメリアさんが薬師に迫る。

 清流の如き淀みなさで剣を薙ぎ払う。




 ……なんて美しい技なんだろうか。



 ……はっ!?

 いけない!!


 思わず支援のための魔法の詠唱すら忘れて魅入ってしまった!

 メリアさんの支援をしないと!!



 気がつけば、メリアさんと薬師は剣舞と掌打による超高速の接近戦を始めていた。


 二人が近すぎて迂闊に手が出せないね……

 それは、テオたち前衛も同じだろう。

 ……一先ず、上級攻撃魔法の詠唱を済ませておいて、二人が離れた瞬間を見計らって撃ち込むか?





 無心に剣を振るうメリアさん。

 高速でありながら、あくまでも流麗で……むしろゆったりとすら感じる不思議な太刀筋だ。


 一方の薬師は、あの不規則な体捌きで剣を躱しながら反撃を試みてる。

 毒が効かないと分かってからも、あの黒い瘴気は手に纏ったまま。

 時折、それがメリアさんの身体を掠めているようにも見えるけど、やはり彼女にはなんの効果も及ぼさない様子。



「……なるほど。それでグラナ兵や魔物を操ってるのか」


「ひょ……こいつも効かぬのか」


「『死人草』……をベースに色々混ぜ込んで、何らかの魔法を付与した魔法薬ね?」


「そこまで見抜きよるとは……」



 激しい攻防の最中とは思えぬほどに二人とも普通に会話をする。

 その内容からすれば、グラナ兵たちを操ってる薬をメリアさんにも使おうとしたが効かず、逆にその正体を見抜いたのだろう。


 ……もしかして、さっきの痺れ薬みたいに解毒出来たりするのか?




「……ちょっと前衛交代してもらえるかしら?」


「はい!!」


「任せてください!!」


 手を出しあぐねていた三人がメリアさんと前衛を交代する……その僅かな合間を狙って、私は待機状態だった魔法を撃ち出す!!




「[滅雷]っ!!」


 バリバリッッ!!!


 レーザー光の如き雷撃が一直線に薬師へと襲いかかる!!

 これならどうだ!!



 しかし!


 雷光が薬師に直撃する寸前……

 ヤツの両手の漆黒の瘴気が爆発的に広がって闇の盾となった!!



「『呪毒黒魔結界』!」



 闇と雷光が暫しせめぎ合うが……それほど間をおかず雷撃は終息してしまった。

 薬師にダメージは無い。



 魔法は不発に終わったが、その間に前衛三人が薬師を降り囲んで連携攻撃を始める!







 そして、後ろに下がったメリアさんは……?



「メリエル、ちょっと精霊樹を借りるわよ」


『えっ!?か、借りる……って?』


 メリエルちゃんの問いには答えずに、メリアさんは精霊樹の根に手を添えて、目を瞑って意識を集中させる。



「……ばあちゃん・・・・・、お願い。力を貸して」


 メリアさんの身体から淡い緑の光が溢れ出し、精霊樹の根に吸い込まれていく。


 そして……



 まるで共鳴するかのように精霊樹の根からも緑の光を伴った魔力の波動が迸った!!
























ーーーー ステラ ーーーー



 戦況は刻一刻と移り変わる。




 私は神殿の大鐘楼に上って以降……ただひたすらに矢を放って、押し寄せようとするグラナ軍の勢いを削ぐことに専念していた。



 途中、メリエルの……精霊樹の力も加わって劣勢を覆すところまできたのだけど、再び形勢が逆転。

 一体何が起きたのか、ここからではよく分からなかったけど、倒したはずのグラナ兵や魔物たちが再び立ち上がり戦線に復帰したのは分かった。


 そして、街の外の森からも不穏な空気が漂っているように感じられ……

 このままでは侵攻を止められない……そんな焦りが芽生える。



 それが起きたのは、正にその時だった。



 戦場となった北街区の……おそらくカティアが向かったあたりから、緑の光が迸るのが見えた。

 そして、それに共鳴するかのように街のあちこちから同じような緑の光が広がる。

 まるで、湖面に無数の雨粒が落ちて波紋が生じるように……



 戦場に似つかわしくない美しい光景に、私は思わず矢を放つ手を止めて魅入ってしまうのだった。

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