第十三幕 33 『夜の森の伝説』


 沈み行く夕陽が空を赤く染める。


 巡礼街道を辿ってきた私達を乗せた竜籠の行く先には、地平の彼方まで見渡す限りの木々が埋め尽くしていた。

 まるでそこに境界線が引かれているかのように、平原と森林地帯はくっきりと別れていて、実際それが旧アルマ王国とウィラー王国の国境となっていたらしい。




 ウィラー大森林。


 ウィラー王国建国時の領土の殆どを占める広大な森林地帯。

 神代において人跡未踏の魔境とされ、長らくどの国にも属さない地だった。



 建国の女王メリアドールは、元々は『森の魔女』と呼ばれる凄腕の薬師であり、優れた魔導士であり、ウィラー大森林を統べる長であったと言う。

 当時のデルフィア王国で起きた事件をきっかけに歴史の表舞台に現れ……やがて様々な出来事を経てリナ姉さんからシギルを託され、『盟約の十二王家』にその名を連ねる。


 メリアドールは国家としての体裁を整えるために、森を開拓して幾つかの都市を築き街道を整備した。

 王都となったモリ=ノーイエも、その時に彼女が暮らしていた家を中心として造られた都市だ。


 そして、ウィラー王国と呼ばれるようになったのもその頃らしいのだが、はっきりとした年代は記録に残っていない。



「……だからね、後世になってからなんだけど、エメリナ様からシギルを授かった日を建国の日と定めたんだって」



 道中でウィラー王国の歴史を説明してくれたメリエルちゃんは、そう話を締め括った。



「なかなか興味深い話だったな。俺もざっくりとした歴史は習ったんだが、そこまで細かいところまでは教わってなかった」


「建国にはデルフィア王国がかなり関わってるんだよな」


「あぁ……。エメリリア様のシギルを授かった当時のデルフィアの王女、ロザリンデ様の命の恩人がメリアドール様なのだ。それもあって建国の際には色々と協力したらしい。それ以来、我がデルフィアとウィラー、そしてかつてのアルマ王国は特に親密な関係だったのだ」


 リル姉さんたち三女神のシギルを受け継いでる……というのも関係しているのかも。

 残念ながらアルマ王国は滅びてしまったけど……今ではウィラーの一部になってるし、やはり密接な関係にあるのは変わらないだろう。




 そんな話をしてるうちに、もう大森林は目前に迫っていた。


「そろそろ着陸するみたい。ここから先は……メリエル、どうするの?」


「うん……取り敢えずは近くまで行ってみよっか」



 今や迷宮と化したと言う大森林。

 迂闊に足を踏み入れるのは危険な場所となっている。

 何とか出来るかも……と言うメリエルちゃんの言葉が今は頼りだ。



 やがて竜籠は大森林のギリギリ手前の街道に降り立った。

 すぐ近くには、ウィラー王国騎士団の野営地があり、飛竜と竜籠はそこで預かってもらう事になっている。





「さて……もう日が落ちるし、今日のところは野営地で休ませてもらおうか?」


「そうだな……可能な限り急ぎたいが、街道もない夜の森は危険だ。明日の日の出まで待った方が良いだろう」


 街道が頼りにならなければ、深い森の中は昼であっても視界が悪く迷いやすい。

 夜になればその危険生は益々高まる。

 ……まあ、ダンジョン化した今となっては昼でもどうなるのか分からないけど。

 リスクはなるべく避けたほうが良いだろう。


 そう、思ったのだけど。



「待って、カティア。……今、進んだほうがいいと思う」


「え……?」


 メリエルちゃんの意外な言葉に、私は戸惑う。


 そんな私を後目に彼女は森の入口まで歩いて行き、見上げるほどの巨木の一つに手を添えて……目を瞑って集中し始めた。


 暫くすると、メリエルちゃんの身体から強大な魔力が放出されるのを感じた。

 それは薄っすらと燐光すら帯び始め、彼女が手を添える巨木へと吸い込まれていく。


 そして、祈りを捧げるかのように、彼女は囁いた。


「……お願い森の木々たち。私達の行く手を照らし出して」



 すると……メリエルちゃんが手を添えた木から緑色の光の波動が、漣のように森の奥に向かって押し寄せていく。



 やがて、私達の前に光の回廊が現れた。







「……『まるで、王の旅立ちを祝福するかのように、木々の光が彼女らの行く先の道を照らし出すのだった』」


「あ、ウィラー建国記第一章『森の魔女の後継者』の一節だね。カティアも読んだことがあるんだ」


「う、うん……まさか本当に現実に見られるとは思わなかったけど」


「私もね、その一節はあくまで伝説……後世の脚色だと思ってたんだ。確かに夜光樹は光を放つけど……夏から秋にかけてしか光らないんだよ。物語の季節は春だったから、権威付けのための作り話だと思ってた。でもメリア様のスキルの事を知ったから、もしかしたら……ってね」



 きっとメリアの時も同じだったのだろう。

 植物と意思を交わし、秘められた能力を引き出すという『緑の支配者プラントマスター』のスキルで森に光を灯したのだ。


 いま、目の前には伝説で語られた光景が広がる。



「凄いスキルだな……」


「ああ、驚いたぜ」


「全くだ。しかし、何とも幻想的な美しさ……まるで妖精が住まう森のようだね」


「本当だわ……ジークリンデ様はロマンチストですね」






「巡礼街道は夜光樹の森を抜けるように造られてたんだよ」


「……なるほど。だから『今、進んだほうがいい』って事なんだね」


「うん!」



 巡礼街道が夜光樹の森を抜けていたのなら、この光の回廊が道標になるかもしれない。





 こうして……私達はついにウィラー大森林へと一歩を踏み出すのであった。

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