第十三幕 22 『壁の花とナンパ』


ーーーー エフィメラ ーーーー



 まさか亡命者である私がこのような華やかな場に出ることになるとは、思ってもみませんでした。

 ましてや、祖国が敵対している国の夜会なのだから尚更。

 それは、今私の隣に立つリシェラネイア様も同じでしょう。



「リシェラネイア様、大丈夫ですか?」


 何が……とは言いませんが、何やら戸惑っているご様子だったので、そう声をかけずにはいられませんでした。


「え、ええ……何分とこのような場には慣れていないので。……いえ、かつては私も夜会に出席した事はありますけど。はるか忘却の彼方ですからね」


 苦笑しながら、そう答えてくれた。



「あなたも随分と久し振りなのではないですか?」


「そうですね……。それに、私はグラナにいるときは、まだ本格的には社交界デビューはしてませんでしたから、元々それほど場馴れしてるわけでもありませんし」


 全く縁が無かったというわけではありませんが……夜会に出席するにしても、親類縁者や親しい者が集まるような小規模のものでしたし、常に父母兄弟の誰かが一緒にいてくれました。


 だけど今回のように、一人の責任ある立場の者としての出席と言うのは初めてです。



「まあ、カティアさん達のご尽力のおかげで、あからさまに敵意を向けられることも無さそうですし……せっかくなので楽しんでいきましょう」


「そうですね」


 内心で色々と思うところがある人はいるでしょうけど。


 積極的に声をかけてくる人もいないでしょうし、リシェラネイア様の言う通り、せっかくの機会だから華やかな雰囲気を楽しんでいきましょう。



 そう、思ったのですが……


















「お話、よろしいでしょうか?」


 会場の隅の方で目立たないように談笑していた私達に、声をかけてくる人がいた。


 確かこの人は……


「あなたは……カカロニア王国のイスファハン様ですね」


「これはこれは、エフィメラ様に覚えていただけているとは、誠に光栄でございます」


 聞きようよっては慇懃無礼で皮肉にも聞こえる言葉でしたが、穏やかな口調と表情から感じる雰囲気が、そうではないと感じさせます。


「私達と話を……ですか?」


「ええ。お美しい女性達が壁の花となっているのは些かもったいないと思いまして。男としては声をかけないのは失礼というものでしょう」


 これもまた、少々軽い言葉に聞こえるけど、やはり言葉とは裏腹の誠実な雰囲気を感じさせます。

 どうやらこの人なりに、不慣れな場に馴染めないだろう私達を察して気遣ってくれているのだと思いました。



「お心遣い感謝いたします。……ですが、王族の方であれば私達グラナの者に対しては色々と思うところがお有りなのではないでしょうか……?」


 彼の気遣いが本心のものかどうが気になってしまい、ついそんなことを口にしてしまった。



「……正直に申し上げれば、何も気にならないと言えば嘘になりますね。300年前も15年前も……我がカカロニアも甚大な被害が出ましたから」


 その言葉に私は思わず俯いてしまう。

 リシェラネイア様も、彼から目を反らしたりはしませんが、申し訳無さそうな表情。



「あ〜、いや、すみません。あなた達を責めてるのではないですよ。王族ともなれば国同士のしがらみを多かれ少なかれ背負わざるを得ないでしょうけど……あなた達はそれを背負った上で今この場にいらっしゃる。それはとても勇気のいる事。そのような方たちには敬意を払わずにはいられません」


「イスファハン様……」


「それに。最初に言った通り、美しい女性と仲良くなりたいと言うのも本心ですよ」


 そう言いながら茶目っ気たっぷりにウィンクしてくるイスファハン王子。



「うふふ……ナンパですか?」


「いやだなぁ、そんなにチャラく見えます?俺は真面目に婚活してるってのに、とんと女性には縁が無いんだがなぁ……」


 心底心外だと言うふうに嘯き、口調も砕けたものになる。

 なるほど、これが彼の素という事なのですね。


 ……申し訳無いですが、表面的には軽薄そうに見えますよ、と思った。



「あらあら、若者たちは良いですね……お邪魔になりそうですから、私はカティアさんたちのところにでも行こうかしら?」


「え?ちょ、ちょっと、リシェラネイア様!?」


 急にそんなことを言うものだから慌ててしまう。



「ふふ……冗談よ。大事な身内は狼から守らないとね」


「はは、こいつは手厳しい」


 もう……


 ですが、彼と打ち解けられたのは良かったと思います。

 こうやって、いろいろな人と仲良くなれれば……

 平和を取り戻せたとき、私がグラナとの橋渡し役になれれば……


 そう、思うのでした。




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