第十幕 55 『帰還』
夜明けとともに始まった戦いだったが、終結する頃にはすっかり日が高くなっていた。
帰路につく兵たちは疲弊しているものの、その足取りは往路よりも軽く表情も明るかった。
少なからず犠牲は出たが、これ程の規模の戦闘としては快勝と言っても差し支えはない。
犠牲者を思えば手放しに喜ぶことは出来ないが…戦場に散った仲間への手向けとともに、手に掴んだ勝利には祝杯が捧げられることであろう。
「父上」
「……おお、アルフォンス。前線の指揮、ご苦労だったな」
ちょっと間があったのは、また存在を忘れていたからだろう。
今回の戦いの功労者の一人なのに不憫過ぎる。
ちょっと目には涙が滲んで…
「こ、国境付近に残していた部隊より早鳥が来ました」
「!…何か動きがあったか?」
「ええ。国境に展開していたグラナ軍は……撤退を始めたようです」
!!
すると、今回は侵攻は諦めた……という事か?
「そうか……やはり魔軍と連携を考えていたという事なのだろうな」
その可能性は当然ながら最初から考えられてはいた。
裏で魔族が暗躍しているのは明白だし、ゲームの流れもそういうものだった。
だが、侵攻は回避された。
これはつまり、ゲームのイベントが起こらなかった…ということなのか?
ゲームとの違いは、『奇術師』の襲撃だ。
……もしかして、本来のイベントのボスが『奇術師』だったのか?
そう考えれば辻褄は合いそうだが…
いや、何でもゲーム基準で考えるのは危険だ。
この世界はあくまでも現実なのだから。
類似性はあるものの、全く同じではないのは分かっている。
今回の魔軍襲来の予想には役立ったが、ゲームの事は参考程度に考えておくのが良いだろう。
だが、今後の予想がしにくくなったのは事実だ。
「考え事か?」
「…ちょっとね。侵攻が起こらないのは良いことなんだけど…このあとどうなるのかが予想しにくくなったな…って」
「ゲーム…と言うやつか?」
「うん。もともと完全に同じだとは思ってなかったけど。それでも参考にはなると思ってたから…」
「……取りあえずは、地道に情報収集する他は無いだろうな」
「そうだね…」
結局の所はそれしかないだろう。
そしてレーヴェラント軍は王都へと凱旋する。
先触れで報せが届いていたらしく、真夜中にも関わらず多くの住民が出迎えて兵達を称えてくれる。
「「レーヴェラント万歳!!」」
「「ハンネス様、万歳!!」」
「「
あう……
そんな、熱狂的な声援を受けながら私達は王城へと戻る。
いろいろと不安は残るけど、一先ずはレーヴェンハイムの住民を守ることができて良かったと思うのだった。
翌日。
まだ戦いの疲れは癒えてなかったのだけど、私は会議に出席していた。
今回の戦いの総括と今後の方針についてだ。
昨日の報告にあった通り、国境付近に展開されていたグラナ軍は完全に撤退。
怪しげな動きもなく、侵攻を断念したのは間違いないようだ。
もちろん何らかの動きがまたあるかも知れないので、当面は警戒態勢は維持するが、一先ず危機は回避されたと言っても良いだろう…とのこと。
今後についてはレーヴェラント、ウィラーなどのグラナ帝国と国境を接する国々、及びその同盟国との軍事的な連携強化を行う方向で協議を進めることとなった。
あわせて黒神教…魔族の動きには最大限の警戒を持って情報収集・共有をさらに強化していくことも確認した。
そして…
「此度の戦についてはイスパル、カカロニア両国の多大な助力により、被害を最小限に抑えることができた。この場を借りてお礼申し上げる。…特に、カティア姫の力がなければ、果たしてどれだけの犠牲が出たものか…グラナの侵攻もあったかも知れん」
「私は自身の力を尽くしただけで…それに、他人事ではありませんでしたから。でも、皆様のお役に立てて良かったです」
「そう言ってくれるのは嬉しい。だが、感謝の言葉だけで済ますわけにはいかん。論功行賞の検討はこれから行うが…本来であれば勲一等に値する」
「私はイスパルの王族で、テオの婚約者ですから…」
今回私達はレーヴェラントの指揮下で戦ったけど、イスパルを代表しているからね。
論功行賞というのは配下の将兵に対して行うもので、対等な立場の者に行うものじゃないし、同盟国として助力するのは当然のことではある。
更に言えば、私はテオの婚約者…レーヴェラント王族の身内でもあり、報奨を出す側の人間とも言える。
「まあ、個人的に義理の娘に感謝の気持ちを表すのは問題あるまい」
「…ありがとうございます」
そこまで言われて断るのは失礼なので、素直にお礼を言う。
そうして会議は終了。
今後、論功行賞や殉職者への補償など、国としてやることはまだ山積みではあるが……先ずは一区切りとなるのであった。
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