第十幕 45 『奇術師』

 戦場では激しい戦いが繰り広げられている。


 通常であれば魔物の個体能力は人間のそれを上回ることが多いため、魔物相手に戦うときは数を揃える必要がある。

 だが、今回は魔軍の方が圧倒的に数が多く、まともに戦えば為す術もなく敗走することになる。


 それを覆すのが、私の[絶唱]の力だ。

 一人ひとりの能力を劇的に向上させ、強力な魔物とも互角以上に戦えるようになる、正に切り札。

 この戦いの命運を握っていると言っても過言ではないだろう。

 責任は重大だ。


 私とテオは、戦いの趨勢がある程度決するまで、ひたすら本陣で支援に徹する事になる。





 本格的に戦闘が始まって以来、定期的に報告がやってくるが、今のところは着実に魔物を撃退できているらしい。


 だが、流石にブレゼア平原での戦いのときよりも戦闘の規模そのものが比べ物にならないくらいに大きいので、全くの犠牲者無しとはいかないようだ。

 いくら[絶唱]の力が強力であっても、無敵になるわけではないから……


 前回も放っておけば命に係るような大怪我を負った人はいたが、直ぐに医療班が待機する後方に搬送することが出来たので、奇跡的に死者を出さなかった。



 数の上ではまだ少ないと言われている。

 だけど……私には命を数で考えることが出来ない。

 人の命が失われているという事実に、辛く悲しい気持ちが込み上げてくる。



「お前の責任ではない。むしろ、カティアのお陰で犠牲者が劇的に減っているはずだ」


 テオがそう言ってくれる。

 この人は…何でこうも私の気持ちを察してくれるのか。


(うん……でも、やっぱり人が死ぬのは辛いね。だけど、しっかり最後まで役割は果たすよ)


 出来るだけ犠牲を出さないように、自分の出来ることをしっかりやり遂げる。

 それしかないんだ。















 私の気持ちとは裏腹に、戦況は予定よりも順調と判断されている。

 事実、こちらの損耗度合いと敵側のそれは比較にならないほど差がある。

 戦線は後退することなく維持され、確実に敵を減らしている。



 そして、このまま行けば後はボスをどう打倒するか……いつ精鋭部隊を編成して動かすか、という話が挙がり始めた頃だった。




『危ねえ!!ミーティア!!』


「うん!!」


 キキィンッ!!



 突如、ゼアルさんが警告を発したと思うと、私の側にいたミーティアが双剣を振るい、何かを弾き飛ばすような音が響いた。



「おっと!やらせないよ!!」


 キィンッ!!



 そして、ミーティアと同様にお義母さまも剣を振るって何かを弾いた。



 これは……

 私が狙われてる!?


 どこから!?



「ミーティア!!母さん!!」


「テオとカティアちゃんはそのまま続けなさい!!今止めたら軍が瓦解しかねない!!あんた達は私が護るから!!」


『そこに居るのは分かってんぞ!!姿を見せな!!』


「そこなのっ!![らいそう]!!」


 ミーティアが無詠唱で雷撃を放つ!!


 その先は一見して何も居ないように見えたが……

 何も無いはずの空間で雷撃が掻き消えた!?





「…いや〜、良くぞ見破りましたねぇ?」


 そんな言葉とともに、スーッと姿を現したのは…黒いローブを纏った男。

 フードを目深に被っているので顔は判然としないが、声には聞き覚えがある。


『…魔族か』


「『手品師』なのっ!!」


「がくっ!……ぼ、僕は『奇術師』ですよ、お嬢ちゃん」



 そう。

 かつてアクサレナの地下神殿で対峙した魔族、『奇術師』だった。



 不味い……言動は軽薄な感じだが、あのシェラさんと人外の戦いを繰り広げた相手だ。

 お義母さまの実力は未知数だが、ミーティアと二人だけで対応出来るとは思えない。

 ここは本陣近くなのでハンネス様や多くの兵も居るのだけど…下手に手を出されると悪戯に犠牲が増えるだけだ。


 でも、お義母さまが言う通り、今私が[絶唱]を止めたら一気に戦況が不利になる。



 どうする……!?



 と、私が焦燥に駆られていると…

 ミーティアが光に包まれ、その姿を変えていく!




「…お母さんには指一本触れさせないんだから!」


 かつて地下神殿で見た時よりもやや幼いが、10〜12歳ほどに成長した姿のミーティアがそこに居た。


 まさか…自分の意思で!?



 確かに、あの時のミーティアなら…数々の神代魔法を駆使したその能力は魔族たちにも匹敵するものを感じたけど……



 くっ……

 今はミーティアとお義母さまに頼るしかないのか!?

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