第八幕 7 『受験三日目』

 今日はいよいよ試験最終日。

 科目は数学、自然科学、武術だ。

 全く問題なし!…のはず。



「いってらっしゃいませ、カティア様。どうか最後まで頑張ってくださいね」


「ママ〜、がんばって〜」


「おねえさま、ふぁいと!です!」


 初日、二日目もだけど、王城を出るときにマリーシャ&お子様ズが激励してくれた。


「ありがとね〜!じゃあ、行ってきます!」










 最終日最初の試験は数学。

 これは【俺】の得意分野だ。

 過去数年の問題を解いてみたところ、ほぼ完璧だったし…試験範囲もそうそう変わるわけもないから問題ないはず。


 そして試験を開始すると…うん、大丈夫。

 サクサク解答していき、時間も大分余ったので見直す余裕もあった。





 次の自然科学もそんな感じ。

 化学、生物、物理、気象学…と呼べるほどのものじゃないけど。

 生物は前世の知識と少し違うところもあるが、それでも特に危なげなく解答する。







 そして、最後の試験は演習場で武術の実技だ。

 武神の国の学校としてはこれは外せない。

 この学園から騎士になる人も結構いるからね。

 一人ずつ試験官と試合をする形式だ。

 勝つ必要はないが、総合的な戦闘技能、その素質を見られるとのこと。


 試験会場となる演習場には、昨日と同様に多くの学生が詰めかけている。

 …暇なの?



「俺が試験官でこの学園の武術教師のスレインだ。よろしくな。引退したとは言え、もとAランク冒険者だからな…遠慮なく本気でかかってきて良いぞ」


 へぇ〜、もとAランクの人が教師やってるんだ…

 確かに只者じゃない雰囲気だよ。



 これはやりがいがあるね。

 ふふふ…武神杯優勝者の実力を見せてやろうじゃないか!!



「あ〜、カティア姫は合格ってことになってるな」


 ズコーッ!?

 な、なんですと?


「え?…何でです?」


「いや…武神杯優勝者で、あの陛下と互角の戦いを演じたんだ。明らかに俺より強い相手の何を試すってんだ?」


「むむむ…」


「(そんなに戦いたかったのか…)むしろ試験官補佐してもらいたいのだが」


 はて、試験官補佐とは何ぞ?

 私が疑問符を頭に浮かべていると。


「俺の代わりに受験生たちと戦ってもらいたいって事だ。俺は評価に集中できるし、試験がスムーズに進められる」


 ふ〜ん?

 でも、自分で戦ったほうが実力は分かりやすいと思うけどな…

 だけど一人ひとり評価して、その結果を書き込んだりとか色々あるみたいだから…確かにスムーズにはなるかな。


「分かりました、承ります!」


「よし、じゃあ早速始めるか」







 そうして、私は木剣を持ち演習場の中央に陣取って他の受験生達を待ち受けることに。

 さあ、かかってきなさい!


 とは言っても。

 そこまで気合を入れる必要がありそうな相手は…ざっと見た感じではいないかな?


 …いや、一人だけ突出した力を持ってそうな雰囲気の人がいる。

 正確なところは実際に対峙してみないとだけど、少なくともCランクくらいはありそうな感じ。

 学生の身でそれ程の実力があるなら十分過ぎるだろう。




「では一人目は…ジェイク!」


「は、はい!」


 先ず最初の男の子が呼ばれる。


 あらあら、緊張しちゃって…

 それじゃあ、実力が出せないよ?



「始め!」


 と、開始の合図がされたのだが、ジェイクくんは動こうとしない。


 う〜ん、しょうがないなぁ…


「どうしたの?遠慮なくかかってきていいよ」


「は、はひっ!で、では行きます!」


 そう宣言してから向かってくるが…動きがぎこちない。

 本来の実力がどれだけのものなのかは分からないけど、いきなり終わらせたんじゃ可愛そうだし…しばらく打ち込まれる剣を防ぐだけにしておく。


 カンッ!カンッ!


「ほら、まだ動きが硬いよ。力を入れ過ぎてるみたいだね…あ、そうそう、いい感じ」


 段々と緊張も解れてきたのか、少しずつ動きが良くなってくる。

 私はそれを悠々と捌いて、なるべく彼の力を引出そうと立ち回る。


 よし、これくらいやれば先生も評価できるでしょ。


 と、キリが良いと思ったところで、相手の隙を突いて首筋に剣をピタッと当てる。



「よし、そこまでだ!」


「ありがとうございました」


「はあっ、はあっ…あ、ありがとうございましたぁっ!」


 さて、一人目の対戦が終わったけど…


「先生、こんな感じで良かったですか?」


「ああ、ちゃんと実力を引き出すような立ち回りをしてくれてたな。助かる」


 ふむ、あれで良かったみたい。

 それじゃあ、サクサク行きますか。




 何人目かの対戦を終えて、次はメリエルちゃんの番になった。

 お姉さんのメリエナさんは戦闘は得意じゃないって言ってたけど、この娘はどうかな?



「よろしくお願いします!」


「では、始め!!」



 開始の合図とともにこちらに向かって駆け出すメリエルちゃん。


 すてててーーっ…がっ!!


「ああっ!?」


 ビタンッ!!


 …何もないところで躓いて転び、地面に顔面を強打した。



「う、うう…痛ひ…」


「…だ、大丈夫?」


「だ、大丈夫だよ!行くよ!」


 健気にも立ち上がって、再び駆け出して私に剣を振り下ろす。


「ええ〜いっ!!あっ!?」


 すぽっ!


 思い切り振りかざした木剣が手からすっぽ抜けてあらぬ方向に飛んでいく。


 ガツッ!


「ギャッ!?痛ぇっ!?」


 飛んでいった木剣は周りで観戦していたギャラリーの一人に直撃した。

 いや、ぼーっとしてないで避けなさいよ…



「ああ!?ご、ごめんなさいっ!!」



「…そこまでだ」


「ええっ!?そんなぁ〜…」


 無情にも終了が告げられ、メリエルちゃんはがっくりと項垂れるが…しょうがないね。

 彼女には申し訳ないけど…正直、武術の才能はからっきしだね。

 まあ、魔法の才能には恵まれているみたいだから、後衛としての立ち回りを覚えることを推奨します…





 次の相手は…今回の受験生の中でも突出していると感じた男の子。

 かなり鍛えているようで、体格にも恵まれている。

 身長は2メートル近くあるんじゃないだろうか?

 短く刈り込んだ茶髪に精悍な顔立ちで、落ち着いた佇まいは他の学生とは一線を画す。


「次!ガエル!」


「はい」


 その物腰と同様に落ち着い声で返事をして前に進み出てくる。

 今までは相当抑えていたのか…彼の中で闘気が高まっていくのがひしひしと感じられる。


 これは…ちょっと上方修正しようか。

 現段階でBランクはありそうだね。

 これは私も油断できない。



「始め!」



 今までは…言い方が悪いが、私はまともな構えを取ることも無く受験生たちの相手をしていた。

 だが、ここに来て初めてまともな構えを取り、本格的に戦闘モードに意識を切り替える。

 それ程の相手だと判断したのだ。



 猛烈な勢いで彼は突進し、上段より木剣を振り下ろしてくる。


「ハァッ!!」


 ガッ!


 剣で真っ向から受け止めるが…重い!

 だが、私だってこう見えてパワーはそれなりにある方だ。

 力負けせずに逆に押し返し、剣を弾き飛ばしながら無防備な腹に蹴りを叩き込む!


 ドゴォッ!


「くっ!?」


 彼は辛うじて私の蹴りを左腕で防御するが、その威力を完全に殺すことはできずに後退した。

 私みたいな痩せっぽちから、思いがけない威力の蹴りをくらって驚いてるようだ。

 体重が軽いから筋力頼みだけど、それでもこれくらいの威力はだせる。



「パワー勝負なら勝てると思ったら、それは甘いよ?」


「…そのようだ」


「それに、武器が合ってないんじゃない?あなた、本来は大剣とか使ってるんじゃ?」


「その通りだが、ここには自分に合うものが無いみたいだったからな」


 そだね。

 一応、槍とか弓とか…そこそこ大型の剣もあるにはあるけど、彼が使うのはもっと大きな…

 父さんが普段使ってるみたいな馬鹿でかい両手剣とかだろう。

 何となく父さんの戦闘スタイルに近いな、って思ったのだ。

 現時点でのレベルでは比較にならないけど。



「先生?」


「ああ、ちょっと待ってろ。…おいっ!そこで見てる奴ら!…ああ、そこのお前でいい、倉庫から一番デカい大剣を持ってこい!」


「は、はいっ!」


 そう言われたギャラリーの中の一人が演習場に併設されている倉庫から、3メートルはあろうかと言う大剣を持ってきた。


「持ってきましたっ!(木剣でも滅茶苦茶重てぇっ!)」


「おう、すまんな。ガエル、こいつはどうだ?」


「…ありがとうございます。少し軽いですが、これくらいなら問題ないです」


 中に鉄芯を入れて実剣の重量に近づけているとは言え、それでも多少は軽いだろうからね。

 だけど、あれほど巨大だと、例え木剣と言えどもまともに食らえば大怪我をするだろう。



 彼が武器を換え、お互いに構えを取ったところで仕切り直しとなる。


「では気を取り直して…始め!」


 再開の合図によって再び二人の剣が交錯する。


 流石に今度はまともに受け止めることはしないで、暴風のように襲いかかってくる大剣の攻撃を紙一重で避ける。


 反撃は出来るけど…今の私の役割は試験官だ。

 手を抜けるような相手ではないけど、防御主体で捌く分にはそれ程難しくはない。


 そうやって何度か彼の攻撃を躱していると、不意に攻撃の手が止まった。


「?どうしたの?」


「…出来れば本気で戦ってもらえないか?」


 ふむ。

 私の事を侮ってる訳ではないね。

 ただ、戦士として純粋に興味があるんだろう。

 分かるよ、その気持ちは。

 自分より強い相手と戦うのは何よりの経験になるからね。

 私だって、今は実力者として振舞ってるけど、私より強い人なんて幾らでもいると思ってるし、そういう人と手合わせ出来る機会があれば逃したくないと思う。




「うん、分かった。でも……早々に脱落しないでよ?」


「っ!?」


 今度はこちらから攻撃する。

 彼は本気で、と言っていたが、そうすると早々に決着がついてしまいそうなので、ある程度は抑える。


 ギアを上げた私の速攻を、彼は大剣で何とか防いだ。

 このくらいは問題ないね。

 じゃあ、どんどん行くよ!







ーーーー とある学生たち ーーーー



「うわあ…何だあれ。目で追うのもやっとだぞ」


「なんだお前、武神杯観てないのか?カティア様の本気はあんなもんじゃないぞ」


「マジかよ…」


「でも、あのガエルってやつもやるじゃないか」


「ホントだな。最初は防ぐだけでも手一杯って感じだったのに、今は所々で反撃もしてるぞ」


「まあ、余裕で躱されてるけどな。例年だったら間違いなく学年トップクラスだろうに」


「ああ。でも、アイツ笑ってるぞ」


「…ホントだ」



ーーーーーーーー






 段々と私の攻撃に慣れて来てるね。

 最初よりかなりスピードを上げてるんだけど、ちゃんと見えてるみたいで防御も的確だ。


 それに、凄く楽しそうに笑ってるねぇ…

 なるほど、そう言う人種か。


 …こりゃあ、強くなるね。




 さて、このまま付き合うのも良いのだけど、まだ他の人との対戦もあるし、そろそろ終わりにさせてもらうよ。



 そう思って、私は彼の攻撃を躱しざま、これまでとは比較にならない程の速度で駆け抜けざまに胴を薙ぎ払う。


 怪我をしないように撫でるくらいだが、それで敗北を悟らせるのには十分だった。


「…参りました」



「そこまで!」



 こうして彼…ガエルとの勝負は終った。


 今はまだ私の方が強いけど…将来的には分からないね。

 ルシェーラもまだまだ強くなると思うし…もし合格できたら、これからの学園生活が楽しみだよ。

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