第七幕 19 『武神杯〜予選前』

 さて、武神祭も後半の5日目。

 今日はいよいよこの祭の最大の催しである武神杯が開催される。


 と言っても、開会式が行われるのは明日である。

 今日は本戦に参加する選手を決めるための予選会か行われるのだ。




「さて、そろそろ行ってくるよ、マリーシャ」


「はい、行ってらっしゃいませ。どうかご武運を」


 身支度を整え、マリーシャに挨拶して部屋を出る。

 そして、いつも通り護衛の二人を伴って王城を出発した。


 今日の服装だが…いつもの冒険者の格好ではなく男性冒険者のような格好をしている。

 更に、髪の毛は例の魔法薬で色を変え、顔を隠すためにフードをすっぽり被っている。

 

 実は私が被っているのは魔道具…『隠者のローブ』だ。

 以前プルシアさんの魔道具店で売られていたものと同じものらしく、『隠遁』の効果があるとのこと。

 マリーシャに「何か顔を隠せるものは無い?」って聞いたらこれを持ってきてくれたのだ。

 何でも、父様が以前お忍びのために使っていたとか…


 闘技会は装備の制限もほとんど無いので、これを装備して戦ってもルール違反にはならない。

 そもそも『隠遁』は姿が消える訳ではないので遮蔽物もない闘技場ではなんの効果も無いのだが。

 ただ、普通のフードだとよっぽど目深に被らなければ顔は見えてしまうのだが、このローブであれば例え覗き込んでも濃い影で顔が見えないらしい。


 なんだけど… 


「…私、すっごく怪しいよね」


 そうなのだ。

 鏡で確認したんだけど、なんかもう…暗殺者とか、そんな感じ。

 職質待った無し!だよ…


「…そうですね。まあ、私達がいますし、騎士に捕まることはないですよ」


 と、オズマが答えてくれる。


 今日も護衛の二人は近衛の格好ではなく、町人の装いだ。

 私と違って顔は隠していないので、二人と一緒にいれば職質されることもないだろう…たぶん。


「ま、これなら王女とか分からないでしょ」


「でも、折角の美少女なのにもったいないですよねぇ…絶対盛り上がると思うんですけど」


 ケイトリンはそう言うが…

 まさにそういうので相手が萎縮したり遠慮したりしないように…ってことなんだよ。










 会場となるのはディザール神殿の隣にある闘技場。

 これから三日間をかけて熱い戦いがここで繰り広げられる。


 闘技場の外観は、円型の舞台をすり鉢状の観客席が取り囲む…前世のコロッセオのようなイメージだ。

 写真でしか見たことないけど。


 闘技場のメインゲートを潜って、案内表示に従って参加者受付に向う。

 参加選手以外にも、もう観客らしき人も入場しているみたい。

 自由席なんかだと早めに来ないと良い席が取れないんだろうね。

 カイトやミーティア、レティ、ルシェーラは父様達と一緒に貴賓席で観戦するはず。

 父さん達も特等席のチケットを融通してもらったって言ってたので、ゆっくり観戦できるだろう。




「参加される方は参加票をご提示ください」


「はい、どうぞ」


 受付で参加票を渡し、予選参加の手続きを行う。

 私の参加票には受付番号256番って記載されていたので、試合は後のほうなのかな?と思っていたら…


「はい、確認しました。…カティア様でいらっしゃいますね。ではこちらのクジをお引きください」


 どうやらクジを引いて何試合目に出場するかを決めるみたい。

 渡された箱の中からクジを引く。

 箱から取り出した折り畳まれた紙片を渡す。


「え〜、カティア様は…5試合目になりますね。こちらのバッジが参加証になってますので、見えやすいところに付けておいてください」


 『5』と書いてあるバッジを渡されたので、そのまま襟に付けた。

 本戦に出場できるのは16名、予選は一回きりのバトルロイヤルなので16試合行われる事になる。

 5試合目ということは、結構出番が来るのは早いかな?


「これで参加手続きは終了です。観客席の前列が参加者用の席になっておりますので、参加される試合の案内があるまではそちらで待機してください。(…護衛の方もそちらで一緒にお待ちいただいて大丈夫です)」


 最後は小声で補足してくれる。

 どうやら私の素性は共有されているみたいだね。

 …まあ、それはそうか。




「じゃあ、手続きも終わったし…席の方に行きましょうか」


「はい。取り敢えず護衛の役目は果たせそうなので良かったです」


 選手しか入れない、なんてなったら護衛にならないもんね。


 受付の先の通路を進んでいくと、やがてその先に光が見えてくる。

 そのまま外に出ると、そこは観客席の最前列近くで、もう結構な人数の参加者たちで席が埋められていた。


「さて、どこに座ろうか…あ、あっちの方が空いてるね」


 今出てきたところからぐるっと回って反対側くらいのところには、まだ席に空きがあったのでそちらに向かう。

 歩きながらも他の参加者をそれとなく観察していく。


(ふ〜ん…雰囲気的にはBランクくらいの人が多い感じかな。ちらほらAランクに匹敵しそうな人もいるね…)


 この手の武闘大会は大小様々なものがあると思うが、この武神杯は特に有名かつ大きな大会なので、国内外から多くの腕自慢が集まる。

 神代遺物アーティファクトのおかげで命の危険を心配する必要もなく全力を振るうことができるし、それで観客も非常に盛り上がるとあって、およそ戦いを生業とする者にとっては武名を轟かせるのにうってつけの舞台である。


 当然参加者も非常に多くなる訳だが、その中から勝ち進むためには様々な力が求められるだろう。

 どの参加者も皆平等に予選会からの参加となるが、クジ運が悪ければ優勝候補がいるところに当たってしまうかもしれない。

 いきなり強者同士が潰し合うこともあるし、有名な選手なんかは真っ先に狙われたりもする。

 一対一で強いだけではなく、一対多で生き残るだけの実力が必要となるのだ。

 そう言う意味では予選が最も過酷であると言えるかもしれない。



(あ、あの人強そう…って、あれは確か…ラウルさんだっけ)


 強者の気配を感じてそちらに視線を向けると、一昨日街中で会ったラウルさんを見つけた。

 まあ、参加するとは聞いていたので驚きは無い。


 すると、向こうも私の視線に気づいたみたいで話しかけてきた。


「…この気配。あんた、一昨日会った嬢ちゃんだろ?なんだい?そのけったいな格好は?」


「…こんにちは、ラウルさん。この格好は、まあ…目立ちたくないと言うのと、女だからと侮られたくないので。負けた理由にもされたくないですし」


「ははっ!なるほどな、確かにそんなみみっちぃ奴もいるだろうからな。しかし、やっぱ俺の目に狂いはなさそうだ。いい心構えだぜ」


 うん。

 この人は女だとか王女だとか関係なしに全力で戦ってくれそうだね。

 私的には好感が持てる。


「それはどうも。ラウルさんは何試合目なんですか?」


「ああ、俺は2試合目だ。あんたは?」


「私は5試合目です」


「ふ〜ん…じゃあ、仮に予選の試合順にトーナメントが組まれたとしたら、準決勝まで当たらないってことか…」


「そうなりますね。ですが、先ずは予選を勝ち抜かないと」


「おう、そりゃそうだな。油断大敵ってやつだ。はははっ!」


 とは言え、多分この人が勝ち上がってくる可能性は高いと思う。

 この人が纏う強者の雰囲気は、父さん達やカイトに匹敵する。

 仮に本戦で当たったとして…私が勝てるかどうかは全く分からない。

 まあ、そんな先の心配をする前に…ラウルさんに言った通り、先ずは予選を突破しなければならないのだけど。


「では、お互い頑張りましょう」


「ああ、あんたと対戦できるのを楽しみにしてるぜ」


 そう、お互いの健闘を祈ってその場を後にした。







「あの男…ラウルって言ってましたよね」


「うん。一昨日ね、街中であの人が腕相撲大会みたいな事をやっててね…ルシェーラが対戦してた」


「…何やってんすか、お嬢様は」


「まあ、ルシェーラらしいよね。で、ケイトリンはあの人知ってるの?」


 口ぶりから言ってそんな感じだ。


「ええ。カカロニアのAランク冒険者ラウル…イスパルではあまり名は知られていないと思いますが、カカロニア王国ではかなり有名だったと思います。確か二つ名は…『壊刃』」


 そうだった。

 Aランク冒険者には漏れなく二つ名が付けられているんだよ。

 ふむ、『壊刃』ね…

 どういう由来なんだろ?


「戦闘スタイルなんかは知ってる?」


「いえ、そこまでは…オズマ、知ってる?」


「俺も名前は聞いたことはあるが詳しいことまでは知らないな…すみません、お役に立てず」


「ああ、いいよいいよ、流れで聞いただけだから。試合を見れば分かるし。予選で手の内までは見せないだろうけどね」




 それに強者は彼だけじゃ無いだろうし。

 それもこれから試合を見れば分かるだろう。

 とにかく、今は目の前の試合に勝つことに集中しないと。



 そうして、舞台に上がるのとは違った緊張感と高揚感が私の身を包んでいくのだった。

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