第七幕 18 『武神祭〜四日目 思い出』

 武神祭は丁度真ん中の四日目。

 人出は衰えるどころか、一番の催し物である武神杯が明日から始まるということもあってか、更に混雑を増しているように見える。



 今日はカイト、ミーティア、そして…


「おねえさまとお出かけ、たのしみです!」


 異母妹のクラーナも連れてお祭り見学の予定である。

 私とクラーナは王城から、カイトとミーティアのいる劇団の邸に向うことになってる。


「クラーナは今日は何か見たいものはある?」


 先日聞いた時は劇団が見たいと言ってたが、それはもう見たので改めて聞いてみた。

 私の問にクラーナは、ん〜、む〜、と可愛らしく唸って悩んでいる。


「ふふ…まあ、街を歩きながら面白そうなものを見つければいいかな?」


「はい!まちをあるいたことはないのでたのしみです!」


 お姫様はそうそう街中を歩いたりはしないか。

 まだ小さいから、どこか王城の外に移動するにしても馬車だろうし。

 でも今回許可が出るあたり、私がイメージしていた王族よりはゆるいと思う。






 クラーナと手を繋いで王城を出発する。

 私は例によって魔法薬で髪の色を変えてるし、クラーナはまだお披露目もしていないので王都民には顔を知られていない。

 もちろん少し離れたところにはケイトリンとオズマの護衛コンビの他、クラーナの護衛騎士もついてきている。



 そして、八番街に向っているのだが…色々な露天を見る度に「あれはなんです?」「こっちは?」などとクラーナの興味の赴くままに寄り道してたりするので、その歩みは遅い。

 いろいろ見せてあげたいのは山々なんだけど、待ち合わせもあるから、クラーナをやんわりと窘める。


「クラーナ?後でゆっくり見れるから。ミーティア達も待っているし、今は待ち合わせ場所に向かわないとね?」


「あ…すみません、おねえさま。ミーティアちゃんをまたせちゃ、わるいですものね」


 うんうん、直ぐに理解してくれて良い子だね〜。


 ナデナデ。

 にぱー。



 そして、今度は寄り道せずに…心持ち足早に、でもクラーナの歩調も気にしながら待ち合わせ場所に向かうのだった。















「ミーティアちゃん!おはよう!」


「ママ!クラーナちゃん!おはよう!」


「カイト、お待たせ〜」


「おはよう、二人とも」


 邸に来た私達が中に入ると、玄関先で二人が待っていたので挨拶を交わす。


「カイトは初めてだったよね。この子が私の妹のクラーナだよ。クラーナ、この人は私の…え〜と」


 まだ正式じゃないけど、婚約者…で良いんだよね?

 私がちょっと言葉に詰まっていると、カイトがクラーナに自己紹介する。


「はじめまして、クラーナ。俺は君のお姉さんの婚約者でテオフィルスと言うんだ。よろしくな」


 と、しゃがんで目線を合わせながら言う。


「まあ!おねえさまの?じゃあ、わたくしのおにいさまになるのですね!」


「う、うん、そうなるかな?」


 いや、疑問系じゃなくて、そうなるんだけど。

 改めて言われるとちょっと気恥ずかしい。


「あら?でも…おねえさまはさっき、おにいさまのことを『カイト』とおっしゃってましたわ?」


「あ〜…そうだな、街を歩くときは『カイト』と名乗ってるんだ。だから、今日はカイトと呼んでくれ」


「わかりました!『おしのび』ですわね!ではカイトおにいさま、とおよびしますわ!」


 理解が早いねぇ。

 クラーナは実年齢よりもかなり賢いと思う。


 と、ちょいちょい、とミーティアが私の手を引っ張る。


「?…どうしたの?ミーティア」


「パパのお名前は、ほんとはテオ…フィルス?って言うの?」


「あぁ…そうだね。え〜と、でも普段はカイトって呼べば良いと思うよ」


「うん!でも、ミーティアはパパってよぶからだいじょうぶなの」


 ああ、確かに。



 とにかく紹介も終わったので早速街へ繰り出すことに。

 けど…今日はどこに行こうかな?


「う〜ん、何を見に行こっか?子供たちが楽しめそうな催しはあったかな…?」


「じゃあ、少し離れてるが…六番街に行ってみないか?」


「六番街と言うと…エメリール神殿があるとこだね」


「ああ。南大広場でもいろいろやってるみたいだが…神殿の近くに緑地公園があるだろう?」


「うん。私はまだ行ったことないけど、聞いたことはあるね」


「そこにな、子供向けの遊具なんかが設営されてるらしいんだ」


「へえ〜…じゃあミーティアやクラーナでも楽しめるかな?」


「だと思う」


「じゃあ、露店散策しつつそこを目指しましょうか」


「「は〜い!」」


 元気いっぱいに二人揃って返事をする。

 ん〜、可愛いねぇ…



 そして、目的地が決定したので六番街に向かって歩き始めた。











 はい、と言うわけでやって参りました六番街の緑地公園です。


 ここに至るまで、いくつか気になった露店で買食いしたり、可愛らしいアクセサリーに夢中になったりして祭の雰囲気を堪能したので結構時間がかかったが、まだまだ時間はたっぷりある。


 カイトの情報通り、公園には普段は見られない様々な遊具が設営されて子供連れの家族で大いに賑わってる。


 ブランコや滑り台、ジャングルジムなどの子供向け遊具の他、ちょっとしたアスレチックなんかは大人でも楽しめそうだ。

 聞いた話によると、今回の祭りに合わせて設営されたが、祭が終わっても常設になるみたい。

 つまり、今後は児童公園ってことになるんだね。


「おねえさま!みんなたのしそうです!」


「そうだね、クラーナも好きな遊具で遊んでいいよ」


「はい!ミーティアちゃん、いこっ!」


「うん!」


 といって最初に二人が向かったのは滑り台だ。

 公園の築山を利用して木製の滑り板が設置されており、結構な長さがあるそれを子どもたちは大はしゃぎで滑っている。

 

「並んでるからね、ちゃんと順番を守るんだよ」


「「は〜い!」」


 そう言って二人は築山を登っていき順番待ちの列に並んだ。


 カイトと私が下で待っていると、二人が仲良く重なって滑ってきた。


「「きゃーーっ!」」


 歓声を上げてとても楽しそう。

 年相応の無邪気で可愛らしい様子にほっこりする。

 クラーナもお姫様と言っても、他の子とそんなに変わらないね。


「ママ!すごい楽しいの!」


「ねえさま!もういっかい行ってきます!」


「うん、思う存分に楽しんできてね」





 それから何回か滑ってから他の遊具に行くことに。


「つぎはあれ!」


 と言って二人が駆け出した先にあるのはアスレチックだ。

 櫓のようなものが幾つも組まれて、そこに登るための梯子やロープあり、櫓と櫓を繋ぐ吊橋やロープなどが渡されている。

 高さはそれほどでもなく、さらに落ちても大丈夫なようにネットが張ってあり、以前ブレゼンタムで遊んだときよりは幾分安心して見ていられると思う。


「クラーナちゃん、行こっ!」


「うん!」



 ミーティアはスルスルと登っていき、クラーナはややぎこちないながらも、それについていく。

 クラーナもそこそこ運動神経はあるみたいだね。


 そうして二人でどんどんとアスレチックを制覇していくのだが…



「お、おねえさま〜!こ、こわいです!」


 櫓の中でも一番高い、塔のようなものの天辺まで登ったは良いものの、怖くなって降りられなくなったみたいだ。


「クラーナちゃん、だいじょうぶだよ!すこしづつ足をかけておりれば!」


 先に下に降りていたミーティアが心配そうに声をかけるが、クラーナは足がすくんで見動きが取れない。



「ありゃ、流石にミーティアみたいにはいかないか……ちょっと助けてくるね」


「ああ、気を付けてな」


 と、カイトに言い残して私はピョンピョンと足場を蹴って櫓を登っていく。


「おねえさま!」


「ふふ、もう大丈夫だよ。さあ、私に捕まって。怖かったら目を瞑ってなさい」


 私にしがみついて来たクラーナを抱え、登ってきたときと同じように何度か足場を蹴りながら一気に下に降りてきた。


 おおーーっ!


 周囲から驚きの声と拍手の音が聞こえる。

 ちょっと目立ってしまったな…


 それにしても、今日はドレスとかじゃなく動きやすい格好でよかったよ。

 スカートであんな動きしてたら見られちゃうからね…


「もう降りてきたよ、クラーナ」


「クラーナちゃん、大丈夫?」


「はい、ありがとうございます、おねえさま!あんなたかいところから…すごいです!」


 と尊敬の眼差しで興奮してお礼を言ってくれた。

 可愛い妹から褒められるのは嬉しいね!






 その後は少し休憩…露店で買ってきたアイスクリームを皆で食べてからまた別の遊具で遊び、今は公園内を散策しているのだが…


「あっちの方…人が集まってるな?」


「あ、ホントだ。何かやってるのかな?」


「ママ!見に行ってみよう!」


 ミーティアに手を引かれて人集りのあるところまでやって来た。

 どうも子供が多いみたい…と思って見てみると、どうやらいくつかの露店が賑わってる様子。

 近づいて露天を覗いてみると…


「ああなるほど、子供向けの露店が集まってるんだね」


「おねえさま、これはなんでしょう?」


「射的だね。ほら、あそこに並んでる景品を弓で狙って、当たったらそれを貰えるみたいだね」


 雰囲気は前世と似たようなものだけど、使うのはもちろん銃ではなく、子供向けのおもちゃみたいな弓矢だ。


「まあ!やってみたいです!」


「ミーティアも!」


「お、お嬢ちゃんたち、やってくかい?」


 こちらに気付いた店員さんが話しかけてくる。

 半銀貨一枚で5回チャレンジできるとのこと。


「じゃあ、このお金を店員さんに渡してあげてね」


「「わ〜い!ありがとう!」」




 そして、二人は弓矢をつがえて景品を狙う。

 その目は真剣そのものだが、とても微笑ましい。


「えいっ!…ああ、外れちゃいました」


「むう、ミーティアも…」


「ほら、まだあるから頑張って!」



 最初は扱いに慣れてないのもあって中々当たらなかったが、やがて…


「やった!ママ!当たったよ!!」


 と、ミーティアの最後の矢がヌイグルミに当たったようだ。

 あれは、赤い…ドラゴンかな。

 デフォルメされて可愛らしい感じ。


「お!お嬢ちゃん、おめでとう!はい、どうぞ」


「ありがとう!」


「わあ〜、いいなぁ…ミーティアちゃん」


 結局一本も当たらなかったクラーナが羨ましそうに見つめる。

 ちょっと可愛そうだし何か別のものを、と考えてると…


「クラーナちゃん、これあげる!」


「え!?…ううん、それはミーティアちゃんがとったんだから、ミーティアちゃんのものだよ」


 うう…二人ともホントにええ子や…


 と、そんな二人の様子を見ていた店員さんがまた話しかけてきた。


「二人とも良い子だね。ほら、同じものがあるから持ってきな!」


 と、もう一つあった同じヌイグルミを渡してくれた。


「良いんですか?」


「ああ、折角の祭なんだ。楽しい思い出にしてくれたら、こっちも嬉しいからな」


「わあ!ありがとうございます!」


 ヌイグルミを受け取ったクラーナが大喜びでお礼を言った。

 思いがけずサービスしてもらったが、子供好きで親切な店員さんなんだね。


「本当に、ありがとうございます」


 私とカイトもお礼を言ってからその場を後にした。









 そうしてその後も色々見て回って十分にお祭りを満喫し、夕日が街を赤く染める頃になって帰路につく。

 二人とも随分はしゃぎ回って疲れたらしく、私とカイトの背中でそれぞれ寝息を立てている。


 本当はアズール商会にも行きたかったけど…それはまたの機会かな。



 今日がこの子達にとって大切な思い出になってくれるといいな…

 背中に暖かな体温を感じながら、そんな事を思うのだった。

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