第六幕 30 『疑惑の邪神教団』


「…どう思う?」


 自室に戻り、ケイトリンも中に招いて意見を聞いてみる。


 …当面は引き続き彼女が専任で私の護衛についてくれるらしい。

 申し訳ないと思ったのだが、本人は面倒な訓練とか事務仕事から解放される、とか喜んでいた。

 多分に私に対する気遣いがあるような気もするけど…やっぱり素で喜んでるのかも、とも思ったり。

 まあ、それ以上は気にしないことにした。



「個人的にはクロだと思ったんですけどね〜。…でも、確かに不可解ではあります。穴だらけの計画の割に黒幕との繋がりを示す物証が何も出ない。実行指示はどうやら口頭のみで、侯爵家の人間にそれを行ったらしき人物も見つかっていない。だから幾つもの証言が得られていても、侯爵を黒と断定するには至らない…計画の杜撰さと比べて、伝達ルートの秘匿は徹底していて…もしかしてミスリードを誘ってるのでは?とも思えます」


 そうなんだよね。

 結局、末端と黒幕の繋がりを示す明確な確証は得られず…証言者も侯爵本人に直接会った者はいない上に、指示してきた人間の名前も顔も分からない。杜撰な計画の割にそこは徹底してるのが何ともアンバランスな気がして、ケイトリンの言うとおりミスリードを誘っているのでは?という疑念が湧くのだ。


 それに、アグレアス侯爵もよく分からない人だった。

 父様は可もなく不可もなく、温厚で野心的な人物ではなかったと聞いていたが…私の印象としては、とらえどころのない人物、と感じた。

 それが疑念に一層の拍車をかける。



「何れにせよ、暫くは捜査協力…という名目の実質的な監視が付くのです。仮に侯爵が黒幕とすれば、その間はそうそう身動きはできません。その間に何か黒幕に関する情報が得られれば良いのですが…」


「そうだね…あと、護衛に関してはケイトリンが専任で付いてくれるってことだけど…」


「そこはカティア様が気詰りしないようにとの配慮みたいですね。もちろん、私が休暇を頂くときなどは別の者が付くこともあるとは思いますが。私としましても訓練がさぼ…やりがいがあります!」


 …ぽろっと本音がでたね?

 いや、本当は私が気にしないようにとの彼女なりの気遣いだと思ってる。

 いや、半分くらいは本音かもしれないが。


「はぁ…でもこれからは気軽に外に出られないよねぇ…」


「そんなこと無いですよ。陛下もなるべくカティア様を束縛するようなことはしたくないと仰ってましたし、暗殺を防ぐのに城内だから絶対安全ってわけでもないですしね…どこまでもお供しますよ!」


「ふふ…ありがと。まぁ、暫くは冒険者の活動は控えるよ。あと心配なのは…劇団の皆に危険が及んだりするかも…」


「…あそこに喧嘩売るのは流石に自殺行為だと思いますけど」


「父さんたちはそうだけど、非戦闘要員だって大勢いるもの。…ばあちゃんとかは返り討ちにしそうだけど」


「…そうですね。騎士団の巡視ルートを強化するとか進言しておきます」


「私からも父さんに伝えておくよ。というか、今回の件、話ししておかないとね…」


「あ、それなら昨日のうちに伝わってますよ」


「…みんなの反応は?」


 聞くのがコワイ…


「…『ウチの姫に何さらしとんじゃあ〜!!野郎ども、討ち入りだ!』って侯爵邸に殴り込みに行くのを止めるのが大変だった、と。中でも地味にカイトさんがブチ切れしてて怖かったって言ってましたよ…いや〜、愛されてますねぇ!」


 …えへ。

 もう、カイトったら!


 …じゃなくて!!

 何やってんの!?


「…よく止められたね」


「一個中隊総動員だったと。ウチの中ではダードレイ一座…いえ、エーデルワイス歌劇団は取り扱い注意になってるから、どういう反応をするかは事前にシミュレーションしていたって。だけど、一応王命だから伝えない訳にはいかないけど、誰が行くかで相当揉めたらしいですね」


「何だかゴメンナサイ…」


 まるっきり腫れ物扱いじゃないか…

 止めるのに騎士団一個中隊が必要になる劇団ってなんなの…


「じゃあ、今日は早く顔を出して安心させたほうが良いかな…」


「そうですね、今も結構な数の団員が見張ってるので…そうしてあげて下さい」


 本当にスミマセン…



















「カティア!!」


「あ、カイト、ただいま〜」


「パパ、ただいま〜」


 あのあと、今日もクラーナと一緒に遊んでいたミーティアと、マリーシャ、ケイトリンと共にエーデルワイス歌劇団の邸の方にやって来た。


 帰ってきて早々にカイトが出迎えてくれたのだが…かなり心配をかけちゃったね。


「大丈夫だったのか!?怪我は!?」


「だ、大丈夫だよ、落ち着いて。心配をかけてごめんね」


「…いや、無事ならそれで良い」


「う、うん、ありがと」


(…こりゃ、オズマのこと話したら血の雨が降りますね〜)


(…黙っておきましょう)


「どうした?」


「う、ううん、何でもないよっ!」


 と、誤魔化しておく。

 オズマさんは利用されただけだし、私を害するつもりは殆どなかったし…でも、カイトの剣幕を見ると、下手なことは言わないほうが良さそうだ。



「お?カティア、帰ったか」


「あ、父さん、皆、ただいま!…カイトもだけど、稽古は?」


 父さんや、他のメンバーも邸にいたらしく、私とカイトが話しているところにぞろぞろとやって来た。

 今日も、王都での初回公演に向けての稽古をやっていて、この時間はまだ不在だと思ったんだけど。


「あ〜…お前の話を聞いてから皆殺気立っちまってな。一旦は収まったんだが、稽古どころじゃなくてな」


「う…ご、ごめんなさい」


「お前のせいじゃないだろ。で?そのナントカってぇ侯爵はクロだったのか?」


「あ、立ち話も何だし、詳しい話は広間でするよ」


 そう言って、私達は邸の広間で事の経緯を話す。

 騎士団からある程度は伝わっているみたいだけど、今日の査問の内容なども含めて詳しい話をした。







「…と言うわけなんだ」


「…何でぇ、思いっきり怪しいじゃねえか」


「そうなんだけどね…でも、私もアグレアス侯爵には初めて会ったんだけど、よく分からなくて。怪しくもあり、利用されただけにも見える…そもそも動機がよく分からない」


「それは…お前の妹の婚約者になるメリットが無くなるからじゃねえのか?」


「そうなんだけど…余りにも短絡的すぎるし、そもそも何人もいる婚約者候補ってだけで確実な話でもないのにリスクをとる意味が見いだせない。でも、それ以外に動機になりそうなことも思いつかない…母様も、私が王位継承権を持つにあたって横槍を入れる者はいてもそれは調整できる範囲だし、ましてや暗殺なんて手段を取るような者は思いつかない…って言ってたよ」


「はぁ…やっぱりお貴族様の世界は面倒ごとで一杯だな…しかし、話を聞く限りは確かに動機が分からんな?」


「…なあ、カティア。今のところお前がこの国の王女だと知ってるのは国でも限られた者だけなんだよな?」


 カイトが何か気になるのか、そう質問してくる。


「私のことを知っているのは…先ずウチのメンバーでしょ。それから、ブレーゼン侯爵家、リッフェル伯爵家、モーリス公爵家。それ以外だと国の上層部の重鎮たちだけだって事だけど。あ、騎士団員も護衛の関係である程度は伝わってるんだよね?」


「そうですね、第一騎士団の一部の者は知っているはずですが…何れも身辺調査は事前にされているので身元は確かです」


「…でも、挙げてみると結構いるね。まぁ、何れ公にする事だからそこまで厳密に秘密にしてるってわけではないのかもしれないけど。でも、動機がありそうな人がいるのかは、やっぱり分からないね…」


「…もう一人、と言うかもう一団体…動機がありそうな奴らがいるぞ」


 と、最初にこの話を始めたカイトが言う。


「え…?何かあったっけ?」


「あのリッフェル領での事件のとき、裏で暗躍していた者たちがいただろう?」


「…邪神の教団?」


「そうだ。あの時、空から事の経緯を見ていたらしき人物は倒したと思ったが…実は逃げ延びていたのか、あるいは他に監視していた者がいたのか。それは分からないが、もしお前の存在が教団に知れているとすれば、アイツ等の成そうとしていることを考えると…」


「つまり…イスパルの王女としてではなく、エメリール様のシギルを受け継ぐ者だから狙われた…?」


「推測ではあるが。…あるいは、エメリール様のものに限らずシギル持ちが狙いなのかもしれん」


「え…?……あっ!!まさか!?」


 この場には、暗殺の標的になったことがある王族がもう一人いる。

 そして、共通するのはシギル持ちということ。


「まさか、繋がっているというの…?」


「分からない。あくまでも推測の一つに過ぎないからな。だが、可能性としては考えておいたほうが良いかもしれん」



「あの〜…つまりはどういう事なんですかね?」


 あ、ケイトリンはカイトのことは知らないか。

 ウチのメンバーも父さんやティダ兄はカイトがシギル持ちだと知ってるから何となく流れで察したみたいだけど、他のメンバーは分からないだろう。


 でも、カイトの事を話すわけには行かないし。

 と思っていたら…


「俺もシギル持ちで、かつて暗殺者に狙われたことがあるんだ。動機がいまいち分からないと言う点も似ている」


 と、あっさりカミングアウトしてしまった。


「カイト!?…良いの?」


「ああ。ここにいるメンバーなら構わんさ」


「…つまり、カイトさんは?」


「レーヴェラントの王族だ。あんたの上司は知ってるみたいだったけどな」


 ケイトリンの質問に答えてこれまたあっさりと素性をバラす。

 いや、シギル持ちという段階で基本的に王族は確定なんだけど。


「あ〜、なるほど。他国の王族の方が国内にいるならその情報は押さえてますか…。しかし、邪神教団…アグレアス侯爵の動機よりは有り得そうな気がしますね〜」


 確かに…あの得体のしれない男(?)がもし生き延びていたのなら、私は邪魔者以外の何者でもないだろうね。

 確証が無いのは同じだけど、動機の面ではそっちの方がしっくりくる…気がする。




 しかし…仮に推測が当たってるとして、これからどうすれば良いのか?



 現状は受け身にならざるを得ないのが何とも歯痒い…

 そう、暗鬱たる気分がまとわりつくのを、頭を振って無理やり振り払うのだった。

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