第六幕 31 『楽屋』
結局…暗殺未遂事件の黒幕に関しての有力な情報は未だ出て来ず。
疑惑のアグレアス侯爵に対する捜査は今でも引き続き行われている。
侯爵は捜査にも協力的だが、特に今回の事件との関わりを示す証拠などは得られていないとのこと。
やはり彼はこの件には無関係なんだろうか…?
一方で、カイトの推測も父様やリュシアンさんに話して、邪神教団についての調査も行ってもらっている。
もとより邪神教団についてはリッフェル領の事件以降調査は行われてはいたらしいが、今回の私の暗殺未遂事件を受けて更に本腰を入れて…より人員を増やして対応させるとのこと。
邪神教団…黒神教についてはディザール様からも、国を動かす立場として対処するようにお願いされていたので、その点は私としても願ってもない事だ。
そうして、その後は特に何事も起きずに時が流れ…季節は夏になっていた。
前世の日本の夏とは違い、気温は高くとも湿度が低いので比較的過ごしやすいと思う。
とはいえ、外を歩けば汗ばむくらいには暑いので、日中は屋内や日陰に入って過ごすことが多い。
私は劇団の邸と王城を行ったり来たりする生活にも慣れ、秋の試験に向けての勉強も順調に進んでいる。
そんな折、ダードレイ一座…改めエーデルワイス歌劇団の王都初回公演が開催される運びとなった。
公演初日から遡ること数週間前より告知の張り紙が街中至る所に貼り出され、宣伝もバッチリ。
初日には父様、母様も観覧すると噂にもなっているためなのか、チケットは発売直後に即完売。
長らく国立劇場を使うような興行が行われていなかった事もあって、王都民の期待は相当に高まっているとも聞いた。
そして本日、公演初日を迎えるのであった。
「カティア!」
「レティ!来てくれたんだね!」
「もちろん!…でも、なんとか間に合ってよかったよ」
「ふふ…公演は何日もやるから大丈夫だよ?」
「いや、やっぱ親友の晴れ舞台だもの。初日に駆けつけないとね!」
公演開始の数時間前の楽屋にて。
本来は関係者以外は立入禁止なのだが、ミディットばあちゃんが気を利かせて通してくれたらしい。
一週間前にイスパルナを出発したとの連絡は受けていたので、初日にはギリギリ間に合うかどうかだと思っていたのだけど…どちらにせよ、こうして会いに来てくれたのが嬉しいね。
「それステージ衣装?凄くカワイイね〜」
「うん、ありがとう!これ、王都デビューだからってね、母様が気合入れて新調してくれたんだ」
私が来ているのは純白の薄絹を幾重にも重ねたドレス。
舞台映えするように、パニエでふんわりとボリュームたっぷりに膨らんだスカートに対して、上半身は比較的スッキリとしたデザインのノースリーブ、ドレスと同じ純白の長手袋が二の腕の半ばまで覆う。
色いは白一色でシンプルではあるが、随所に宝石を散りばめているので照明に照らされて煌めく光が演出してくれるだろう。
「いや〜、何だか前世のウェディングドレスみたいに見えるねぇ…」
「あ、やっぱりそう見える…?」
この世界の結婚式でもウェディングドレスを着るのは同じだけど、別に純白って決まってるわけでもないので、このドレスを見てそれを想像する人はあまりいないだろう。
その辺の感覚は私もレティも前世の記憶によるものだ。
でも、改めて指摘されるとちょっと気恥ずかしい…
「じゃあさ、カイトさんとの結婚式にも純白のドレスを着たら?きっと流行って…習慣になるかもね」
「けけけけ結婚!?い、いやまだ先の話…どころかまだ恋人ですらないのに…」
「はぁ、まだそんな事言ってるの?…どう見ても相思相愛でしょうに」
「いや、けじめの問題というか…でも、カイトとの未来を望むのなら決着を付けないといけない…」
「…暗殺未遂の件?」
「そう。もし、私が狙われた理由がカイトと同じなんだとしたら…それは黒神教に繋がるのかも知れない。やつらを何とかする…それは私が王族として果たさなければならない役割だと思う」
レティには私の知ってることは一通り話をしている。
そしたら、『主人公してるねぇ』なんて言われた。
レティも大概主人公気質だと思うけど。
「…それは、あなた一人で背負うものではないでしょ?」
「それはもちろん。私に出来ることなんてたかが知れてるよ。でも、私にしかできない事もある。出来ること、すべき事をやるだけだよ」
「そう…私に出来ることがあったら頼ってね」
「うん。レティの魔法は凄いし、知識も頼りになるからね。何かあったら相談させてもらうよ」
魔法&知識チートは伊達じゃないってね。
「ところで、鉄道の方は順調?」
こっちに来たってことは、色々と任せてきたんだと思うけど。
「うん。いろいろトラブルはあったけど…今は概ね順調かな。王都側の敷設許可も出たからね。こっちからも工事を開始して…最後に残るのはアレシア大河だね」
「あ〜、あそこは最大の難所だよね…」
「そうだね、あれだけの大河川を超えるとなるとね。でも、300年も前にあの六連橋を僅か三年足らずで建造したって…凄いよねぇ」
王都に来る途中に通ったけど…あの壮大な橋を掛けるには相当な年月がかかったと思ったのだが、三年というのは意外と短期間で完成したんだね。
「今の建築技術は当時よりも進んでるはずなんだけど、いったいどれくらい工期がかかる事やら…場合によったら橋の前後まで敷設できたら暫定開業させた方が良いかも」
「時間がかかるなら、その方が良いかもね。既に敷設している部分を遊ばせておくのももったいないだろうし」
「そうなんだよ。最初はねぇ…六連橋を併用橋として使わせてもらえないかな〜って思ったんだけど、耐荷重性がどれだけあるのかも分からなかったから諦めたんだ」
石造りの頑丈そうな橋ではあるんだけど…それでも古い建造物だし、列車みたいな重量物が通ることも想定していないだろうからそれが懸命だろうね。
「あ、そうだ。カティアにお礼言おうと思ってたんだよ」
「お礼?」
「ほら、魔道具職人を探してたじゃない?カティアが教えてくれたプルシアさんと連絡が付いてね。興味を持ってくれたみたいで…」
「あ、本当?良かったね!」
「うん。だから、ありがとね」
「どういたしまして。お役に立てて良かったよ」
そうか…ついに二人は出会ってしまうんだね。
時代が一気に進みそうな予感がするよ。
コンコン、と楽屋の扉がノックされる。
「はい、どうぞ!」
「カティア、邪魔するぞ」
「お邪魔しますわね」
扉を開けて中に入ってきたのは、近衛を伴った父様と母様だった。
「父様、母様、今日は来てくださいましてありがとうございます」
「陛下、王妃様、ご無沙汰しております」
あ、レティは面識があるんだっけ。
特に緊張した風でもなく挨拶をしているので、割と親しくしているみたい。
「おお、レティシアじゃないか。もう到着していたのだな」
「久しぶりね、レティ。元気そうで何よりだわ」
「はい。お二人もご壮健そうで何よりです。私は今日王都に到着して、そのままここに直行したんです」
「カティアと仲良くしてくれてるそうだな。学園も一緒になるだろうし、よろしく頼むぞ」
「レティが一緒にいてくれるなら安心ね」
「はい、私も楽しみにしております」
「…まだ試験も受けてないですけど」
「だいじょ〜ぶだよ!勉強もしてるんでしょ?」
「う、うん、まあ…過去問とかやってるけど…」
「マリーシャの話では殆ど問題なく解けていると聞いてるぞ」
「じゃあ問題ないですね〜。何をそんなに心配してるんだか…」
「いや、緊張とかで本来の実力を発揮できないなんてことはよくある話でしょう?」
「いや、こんな大舞台で歌うほうが緊張すると思うんだけど…」
「そりゃあ、こっちは年季が違うから…舞台は馴れてるし」
「まあ、だいじょ〜ぶだって。案ずるより産むが易し、って言うでしょ」
「う、うん…まあそっちも頑張るよ」
「うんうん!がんばって、楽しみにしてるから!」
いや、それってプレッシャー……
でも頑張るよ。
そうして雑談しながら時間を潰していると、やがて開演の時間は目前に迫っていた。
「じゃあ、そろそろ開演時間になるし、観客席の方に行くよ。頑張ってね!」
「うん、楽しみにしててね!」
「では、我々も行くとしよう。楽しみにしているぞ」
「カティア、頑張ってね」
「はい、父様も母様も楽しんでいってくださいね」
そしてレティと父様、母様は楽屋を出ていった。
高位貴族のご令嬢と国王夫妻なので当然貴賓席だ。
私以外の…劇に出演するメンバーも既に舞台裏でスタンバイしてるはず。
さて、私の出番はまだ先だけど、いつも舞台裏で劇を見てるし…そろそろ私も行きますか。
流石に新しい舞台での初回公演はそれなりに緊張する。
でも、私はキャリア十年のベテランだ。
その緊張だって馴れのうち。
そんな程よい緊張感と高揚感に包まれて、私は舞台裏へと向かう。
さあ、エーデルワイス歌劇団が誇る歌姫カティアの歌をとくとご堪能あれ!
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