君を助け出すために 僕は世間から救助された

すどう零

第1話 封印していたはずの復讐の炎がくすぶり始めた 

「あーあ、俺、これからどうやって生きていったらいいんだろうなあ」

 八割以上、採用のはずだったバイトの面接を断られ、俺はすっかりへこんでいた。

 頭上を照らしている太陽の光は、さんさんと降り注ぎ、精神的に落ち込むには、似つかわしくないほどの雲ひとつない快晴だ。

 俺、向田和希。高校を卒業し、十九歳になったばかり。

 なのに、就職がみつからない。無理もないか。

 だって、大学卒で、保育士や介護福祉士の立派な資格を取得している人でさえ、就職戦線から落ちこぼれている時代である。

 俺が持ってる資格といえば、高校時代に単位を取るために取得した、漢字検定二級と、簿記検定二級とワードエクセル初級及び上級くらいである。


 しかし、それにしても、企業というのは身勝手なものだ。

 昨日、コンビニの面接で合格し、明日の八時、さっそくお越しください。お待ちしてます。靴は自前のスニーカー持参のことなんて、電話でぬか喜びさせておいて、いざ出勤したらオーナーが「悪いけれど、以前勤めていた経験者が戻ってきてくれたという。その経験者は大学時代四年間、ここでバイトしてたけど、就職がままならず、もう一度この店で働いて、将来はオーナーを目指したいなどと言い、この店に戻ってくることが決定した。だから、悪いけど君はまたの機会にお願いします」

 まあ、仕方がないよな。俺みたいな初心者を一から教えるのと、四年間の経験者を雇うのと、どちらが確実で安全園の範疇にあるのか、当然、後者だよな。

 俺が、オーナーでもそうするよ。

 こんなふうに客観的に考えるようになれたのも、俺の実家の喫茶店が、左前に傾きかけているのが、大きな原因となっていた。


 俺のおかんと、義理のおかんとはこの世にはもういない。

 俺が、高校一年のとき、おかんは乳がんで亡くなり、その一年前、義理のおとんは行方不明状態のまま離婚した。

 それ以来、俺はじいちゃんとばあちゃんに育てられた。

 だから、多少わがままで、ひ弱だと自覚している。

 しかし、世間はそれでは通用しない。

 今の世の中で受け入れられるのは、どんな人とでもうまく接することのできるコミュニケーション能力だと思っている。

 十五年以上昔から、小・中学校の教師はモンスターペアレンツなどに悩まされ、心療内科に通っている教師が年々増加しているという。

 まあ、教師のなかには、生徒に手を出すエロ教師もいることは事実であるが、それもストレスから生じた弱さなのだろうか。


 空は相変わらず、青く澄んでいる。

 まるで、この世のちっぽけな悩みや不安を笑い飛ばすかのように、陽気なぽかぽか天気である。

 久しぶりだな。上を向いて空を眺めるなんて。

 亡きおかんが言ってたな。

「悲しいときや辛いときは、空に向かって深呼吸しな。

 そうすると、神様が生きる力を与えてくれるからね。決して世の中を憎んだり、あきらめて希望を失っちゃいけないよ」

 そうだな。おかんの面影を思い浮かべつつ、俺は繁華街の一角にある公園に来ていた。

 昔はサーファーショップだったが、現在は若者の街といわれるこの街は、日本人よりも黒人、白人の方が目立つくらいである。

 俺は、公園の一角にあるベンチに腰掛けたとたん、なんと二十歳を少し超えたくらいの男性二人が、俺の前に立ちはだかった。

「ねえ君、少し時間ある? 僕たちこういう者だけど」

 目の前に差し出された四隅の丸い名刺を見ると「レディスクラブ 風林火山」と明記されている。

 わかった。ホストクラブのスカウトマンか。

 これが風俗のスカウトマンだったら、警察に突き出されても文句はいえないが、男はこういう場合、結構、得というか非常にあいまいな安易さがある。

 一人は細身のデニムパンツに黄色いシャツ、もう一人はブルーのサロペットジーンズ。

 黄色いシャツが声をかけてきた。

「君、結構イケメン君だね。目がくりっとしているのが印象的だよ」

 今度はサロペットが合いの手を入れた。

「僕たちは二人とも大学生なんだ。学生証、見せようか」

 そういって、二人とも学生証を見せた。

 大学名は違うが、学部は二人とも経営学部である。

「僕たち、今をときめくカリスマホストなーんてことはないけどね。ねえ、お酒とか強い方かな?」

 俺は、実は酒は全然ダメだ。

 ビールグラス一杯が限度である。

「ううん、僕、お酒弱いんですよ。だから、ホストなんて到底ムリですよ」

 そうしたら、黄色シャツが口を開いた。

「大丈夫だよ。飲み隊専門がいるからよ。君はさわやかさと、新鮮さがあるから、一度体験入店してみない?」

 サロペットが言った。

「僕の推理では、君は男女共学の高校を卒業して、バスケットクラブに所属してただろう」

 なんと、ぴったり当たっている。

 やはり、こういう職業の人というのは、人を見る目があるんだろうか。

「えっ、どうしてわかるんですか?」

「僕たち、一日何十人もの女性と接するだろう。人を見る目が養われるんだ」


 このセリフを聞いた瞬間、封印していた俺の過去が一気に蘇ってきた。

 俺の親父は、中学二年の時建築業を営んでいたが、旧知の同業者に頼まれ

連帯保証人になってしまった。

 最初は名前を貸してくれるだけでいい。保証人の額も百万円であると言われ、大した考えもなく、実印を押してしまったのである。

 しかしその百万円というのは、根保証という制度であり、本借金は一千万円あるので、残りの九百万プラス利子を払わねばならないということに、親父は気づいていなかった。

 忘れもしない中学二年の冬休みが終わったころ、親父は行方不明になった。

 珍しく親父が正月には酒も飲まず、シラフの顔で

「おい和希、申し訳はないが、高校進学は公立にしてほしい。私立は八割方、あきらめてほしい。

 それと、勉強だけはできるようにしとけよ。あまり覚えが悪いとバイトもクビになっちゃうよ。勉強法としては、教科書を丸暗記すること。特に問題集は、一冊の問題集を三回リピートすること。数学でも問題を読んだだけで、こういう方程式がでるんだなって紐づけして覚えることだ」

「わあ、グッドアイディア。俺、早速今日から実行するよ」

 正月明けに、問題集を買いにいった帰り、親父は帰ってこなくなってしまった。

 そのとき、ようやく母親から、親父が同業者にだまされて保証人になり、借金漬けになってしまったことに気付いた。

 俺は、親父をだました同業者と一度会ったことがある。

 その同業者が資金援助をしているというカフェなぎさで、オムライスをご馳走になったことがあるが、それから一年後、俺が高校一年の冬休みが終わる頃には、そのカフェも閉店してしまった。

 俺はその同業者の名前も覚えていないが、俺と同い年の一人娘がいるという話だけは記憶として残っている。

 なんでも有名中高一貫校に通っていると聞き、その同業者は自慢気に、お揃いのセリーヌのタオルハンカチを見せた。

「娘の通っている学校は、金持ちが多くてさりげなくブランド物をもっているクラスメートについていくのが大変だそうですよ」

 なぎさという店名は、娘の名前だという。


 俺は親父が行方不明になった時点から、その同業者に憎しみの炎を燃やし始めた。

 復讐してやりたい、親父と同じ苦しみを味わわせてやりたいと思ったが、そんなことをして親父が戻ってくるはずもない。

 母親はパートにでかけ、幸いばあちゃんは当時、和裁の仕立てをしていたので、それで生活をしていた。

 家事はじいちゃん担当だった。意外と料理がうまかったが、掃除、洗濯は俺の担当だった。

 俺はじいちゃんから、料理のレシピを教わったので、今でも安い食材で薄味の味付けにはちょっぴり自信がある。


 しかし、復讐の炎というのは、いくら燃やしてもなんの解決にもならない。

 それよりも今日一日をいかにして生きるかの方が、俺たち四人家族にとっては切実な問題だった。

 幸い、俺は中より上の高校に進学し、一流企業に就職が決まっていたが、コネ採用を重視し、俺の採用は水の泡と化した。

 半ば絶望状態でブラブラ歩いている俺は、どこかスキを漂わせていたのだろう。

 だからホストまがいにスカウトされたに違いないが、まあこれも世間勉強のつもりで話を聞くだけ聞いてみようと決めた

 

 


 

 



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