一刀と二刀の決闘
黒い石畳で舗装された大通りと木で造られた背の低い家が特徴的な街の中で、サキとヨゾラは演奏もせずに屋台にある長椅子で隣り合って食事を摂っていた。いつも演奏をしているサキが演奏をしなかったのにはとある理由があった。
「これじゃあ、演奏なんて出来ないわね。例えあれが終わっても観客の熱は音楽には向きにくいわ」
そう溜め息を吐くサキの視線の先では二人の若者が寵愛武装をして決闘をしていた。その周りには野次馬達が遠巻きにそれを見ていた。
「誰も止めないし、カタリナちゃんみたいな人も来ないんだね」
「生身に害が及ばない範囲ならあれば動かないと思うわよ。一応、周りに見張るような目で見てる人がいるから私達が心配することはないわ。それより、あの二人のどっちが勝つと思う?」
特に含みも持たない何気ないようなサキの質問に対して、ヨゾラはちょっとした嫌がらせ目的でサキに質問を返した。
「もしかして、この質問も修行の一つ?」
「……戦力分析も戦いには必要なことだから理由も答たえてくれるかしら」
ヨゾラの装った深読みに対し、サキは良い案と言うかのように、いつものように適当な言葉で言い繕ったため、いつものようにヨゾラはそれを流した。
「うーん? どっちだろうね」
広場で戦っている片方の若者は赤黒い髪を雑に切った男性で、ヨゾラの身長程はある刀を軽々と振り回して苛烈に攻撃をしていた。
そして、もう片方の若者は赤い髪の毛を三つ編みにした女性で、両手に持った刀を器用に扱いながら攻撃を受け流していた。
お互いに一歩も譲らない接戦で多少の切り傷がお互いにあるものの、武装が破壊されるほどではなくこの状態ではどちらかが能力切れによる武装の自壊でしか決着が着かないようにヨゾラは見えた。
「あの男の人が大振りの隙を突かれるか、女の人の方が捌き切れないかで決まりそうだけど、どっちもそんな失敗はする様子もないから、後は寵愛能力の差で決まると思う。けど、どちらの能力も分からない状態だから今はどっちが勝つか分からないかな」
ヨゾラの考えを聞いたサキは考える素振りをしてから、右手の《音楽神の寵愛》を光らせると、その粒子が右手の中に集まりフルートの形をとった。
「じゃあ、次はあの二人を相手にした時に倒す方法を考えて見ましょうか」
「えー、それ使うの?」
「文句言わずに行って来なさい」
ヨゾラは嫌そうな顔をするが、そんなことは気にせずにサキは右目を閉じ、フルートに口を付けた。
「《
そのフルートからは音は出なかったが、代わりに光の粒子が出てヨゾラの耳の中に入って行った。
すると、ヨゾラは気を失うように眠りにつき、それを確認したサキは演奏をやめ、フルートを光の粒子へと還した。
「本当にこの都は暑いわね」
サキは眠るヨゾラを自分の方へと倒し膝枕をすると、ヨゾラの額に流れる汗を手頃な布で拭った。
――――――――――――
ヨゾラが目を開けるとそこは先程いた都と同じ場所だった。しかし、先程とは違いサキどころか人が一人もおらず、広場周辺以外はまるで存在すらしていないかのような闇が広がっていた。
「おはよ、ヨゾラ君。相変わらず、エレナは厳しいね」
そして、いきなり背後から話しかけられる声に対して、ヨゾラは初めてではないのか驚かなかった。
「でも、ナディアちゃんもそれに加担しているから人の事はあんまり言えないよね」
「ま、そだね」
ヨゾラが後ろに振り向くと、そこには先程まではいなかったはずの少女の姿があった。
その少女は薄緑色を主とし所々ベージュ色の線が入ったような短髪をしていて、背中に蝶のような翅が生えていた。
「そういえば、この間カタリナちゃんに会ったよ。エレナちゃんに会えて喜んでいたよ」
「その辺はエレナから聞いてるよ」
「夢の中で?」
「そだよ。この《夢見神の寵愛》の力を貸す代わりに、エレナの夢の時間はナディが貰う事になってるからね」
「夢の中ではいつも二人っきりってことね」
「いいでしょー。てことで、そろそろお話をやめてナディの役目も果たすね。《
「はあ。そうなるよね」
ナディアは右手にある蝶のような寵愛の証を光らせて寵愛能力を発動させた。
「《
すると、広場に黒い人影が二体現れた。その人影はどことなく先程の若者二人と似ているようだ。
「どっちから先に戦う?」
ナディアがヨゾラに質問するが、それに答えたのはヨゾラではなく、ここにいないはずのサキだった。
『どちらも寵愛能力を使えないように設定したから一対ニで戦いなさい』
「え? 嫌なんだけど」
サキはヨゾラの文句が聞こえているはずなのだが無視をしたらしい。
「だってさ。んじゃ、頑張ってね」
それだけ言うとナディアは羽を使って近くにある家の屋根の上に飛び留まり、サキもこれ以上何か言うつもりはないようだ。
そして、広場に残るのは黒い影が二体とヨゾラだけになった。
「はあ、これ本当に勝てるの? 《風の暗殺者》」
ヨゾラが寵愛武装を纏うがあまり気乗りしないようだった。その様子を見た黒い影達は何か話すような仕草をすると女性の方だけが刀を抜き、男性の方はそのまま地面に腰を下ろし、胡座をかきはじめた。
「ふふっ」
「影のなのに面白いことするね」
どうやら黒い影達は片方だけでも充分だと判断したらしく、そのこととナディアが鼻で笑ったのがヨゾラの気に少しだけ障ったらしい。
「いいよ。倒すのは片方ずつでもいいんだからこっちの方が楽で助かるよ。《
そう言うとヨゾラは若干不意打ち気味で四本のナイフと二本の透明なナイフを投げた。それは女性に三本と一本、男性に一本ずつ向かっていったが、女性はそれを全て避け、男性は自分の方へ向かっていったナイフは避けたが、女性が避けた透明なナイフが当たったが、若干胸元を掠めただけだった。そして、その様子を見た女性が男性を笑うような仕草をしていた。
「なんか、妙に人間っぽくない?」
「気のせい、気のせい。ほら、来るよ」
ナディアの声の通り女性が二刀を持ってヨゾラの方へ駆け出していた。ヨゾラは足止めの為に再び透明なナイフを三本ほど投げるが、全て避けられてしまう。
その内に近づいた女性の右手の刀から振るわれる横薙ぎをヨゾラは腰に下げた手斧で受けようとするが、女性の左手から追撃に気づくと攻撃を受けずに咄嗟に後ろに飛びながら両手で手斧を構えてその攻撃を受け流そうとしたが、思ったより女性の攻撃は重く大きく後ろへと吹き飛ばされた。
「《
能力による横向きの小さな竜巻風で女性の追い打ちを阻止しながら受け身を取り体勢を立て直すヨゾラ。しかし、風の流れから逸れた女性は再びヨゾラの元へと向かって来ていた。
「これ、そもそも一対一でもキツくない?」
この問いに対してナディアは何も答えずにただ面白そうに見守るだけだった。
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