端話:太陽を繋ぐ鎖 後

「それで、こんな朝早くから何の用ですか?」


 朝食を摂り終わったカタリナは、腰を落ち着けて会話するためとクロエの要望でヴィオラには席を外して貰っていた。


「どうせ、今日もカタリナは仕事だろうからな。こうして、朝に来たわけだ。理由は……決闘で負けた後輩を元気付けに来たとかでいいかの?」


 対面に座るクロエは理由を適当に言い繕っているようだ。


「戦った理由は?」


「クソ生意気な後輩に勝って気持ちよくなるためだな!」


「適当に負けて励まそうとしただけですよね?」


「相変わらず、お前は可愛げがないな」


「それはどうも」


 カタリナはヴィオラが淹れてくれた紅茶を一口飲むと、それに倣ってクロエも紅茶を飲んだ。


「悪くない茶だ。貴族にしては貧乏なお前が使用人を雇うとはな。そういえば、この家も卒業祝いでファティマが買ったものだったな」


「毎年払う税金が高くなって良い迷惑ですよ」


「見た目や格は貴族にとって重要なもの。そんな、古い考えを言い訳に何か贈り物をしたかったのだろう。あやつは素直ではないからな」


 そんな雑談をするクロエに対してカタリナは本題を突きつけた。

 

「それで、本当の目的は何ですか?」


「カタリナ。我やアニエスが常に何か企んでいると思っていないか?」


 はぐらかすクロエに少し面倒だと感じたカタリナは言葉の刃を向けることにした。


「思ってないですよ。クロエ先輩は次期皇帝様の命を受けている時以外は基本的にアホですからね」


「ソフィー、カタリナが我をいじめるー」


 演技ではあろうがこの場にいない皇妃候補に泣きつこうとするクロエに対し、カタリナは若干呆れていた。


「だから、ソフィー先輩はいないですって。そんなことより、本当の目的を話してください」


 クロエはニヤリと笑って砂糖を入れるスプーンをカタリナに向けた。はしたないなあ、と思ったカタリナだったが、あまり話を長くし過ぎると仕事に間に合わない可能性があるので指摘するのはやめておいた。

 

「近くに来たから寄っただけだ。可愛い後輩の顔が懐かしくもなったからな。それ以外でも以下でもない」


 はぐらかされている。そう思ったカタリナだったが、これ以上聞いても教えてくれそうにないので詮索はやめておいた。


「そうですか。次期皇帝様の腹心も暇なのですね」


「そうだぞ。カタリナと違ってとても暇なんだ」


 クロエは紅茶を飲み干すと席を立って荷物を持った。


「もう帰るのですか?」


「そろそろ仕事にも間に合わなくなりそうだと思ってな」


 カタリナは見送るためにクロエと共に玄関に向かった。


「それじゃあな。また会う時は棺桶の中ではない事を祈るぞ」


「クロエ先輩も気をつけてくださいね。本官もこれ以上先輩を亡くすのは嫌ですからね」


 家から出ようとするクロエは一旦立ち止まってカタリナの方を見た。


「あの使用人の事は任せたぞ」


 それだけ言うと部屋から出て行ってしまった。


「相変わらず、変な先輩ですね」


 カタリナは久しぶりに会えた先輩との時間に頬を緩めながら、カップを片付けるために部屋へと戻って行った。



―――――――――――――――


 その日の夜、カタリナはヴィオラと共に家で夕食を食べていた。

 

「あーん」


 ヴィオラが差し出す料理にカタリナは大人しく口を開けて食べた。


「やってて楽しいですか?」


「とても楽しいですわよ。それにカタリナ様の可愛いお姿が見れてとっても嬉しいですわ」


 そして再び料理を差し出すヴィオラにカタリナは、またしても大人しく口を開けて食べた。

 

「まるで餌を与えられる犬だな」


 そんな様子を見たクロエは自身に出された料理を一人で食べていた。


「本来の主人とはこうして使用人に食べさせて貰うのではないのですか?」

 

「そんなわけないだろう。大方、その使用人の趣味であろうよ」


 ヴィオラは指摘されても微笑むばかりで、その間もカタリナに料理を食べさせていた。


「居候の話は聞かないらしいですね。それと、今日の料理も美味しいですよヴィオラ」


「ありがとうございます。カタリナ様」


 そんな二人の雰囲気にクロエは溜め息を吐き黙々と料理を食べていた。


「それより、泊めて欲しいとはお金でも無くなりましたか?」


「さっきも言ったが、そのことについて我から言うことはない」


 そんなクロエの様子にヴィオラは眉をひそめたが、主人であるカタリナが何も言わないので大人しくしておくことにした。


「よくもまあ、ここまで手懐けたものだな」


 クロエはヴィオラの様子に気づいていたようで、その事について素直に後輩を褒めていた。


「カタリナ。この使用人の正体を知っておるのだろう?」


「元領主の娘ということですか?」


「そうか、知っておるのか。なら、もう我から言う事は何もないだろうよ。カタリナ、シャワーを借りるぞ」


 料理を食べ終わったクロエは、カタリナの返事も聞かずに浴室へと向かっていった。


「はい、カタリナ様。最後の一口ですわ」


 カタリナは残さずヴィオラに食べさせて貰い、ヴィオラはその食器とクロエの食器を洗うために席を立った。


「いつもありがとうございます」


「いえいえ。これもわたくしの仕事ですから、カタリナ様がお礼を言う必要はありませんわ」


 そう言って皿を洗うヴィオラにカタリナは神妙な顔つきで質問をした。


「ヴィオラ、今は幸せですか?」


 それに対し、ヴィオラは満面の笑みで答えた。


「とっても幸せですわ。カタリナ様」


 その答えにカタリナも嬉しそうにした。


「カタリナー。タオルを取ってくれー」


 そんな二人に水を刺すクロエに、カタリナは仕方なさそうに向かった。

 その後ろ姿にヴィオラは一層頬を緩め、家事に対して気合いが入ったのであった。


 

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