約束

 カタリナとエレナが抱き合う中、サキは演奏をし続け、ヨゾラとヴィオラは丁度いい瓦礫に腰を下ろしていた。


「仲が良くて羨ましいですわね。わたくしのお父様とお母様も呼んでくださるかしら」


 エレナを見ながらそんな独り言を言うヴィオラに、話したいと思っていたヨゾラが反応した。


「それは難しいと思うよ。サキちゃんがよく知った相手しか呼べないし。というか、捕まったとは聞いてたけど亡くなっていたんだね」


 独り言に反応されたヴィオラはちょっぴり驚きながらも、カタリナがここに連れてきて、サキと旅する少年に少し興味があったので会話を続けた。


「なら、お父様が反帝国組織と繋がっていたと言う話は知ってまして?」


「いや、知らない」


「帝国中で大騒ぎになりましたのよ?」


「捕まったことはサキちゃんに聞いただけだし、僕の出身はアレイシンだから」


 ヨゾラは近年帝国に併合された都の出身なので帝国の情勢には疎く、旅をしているので流行りには敏感だった。


「アレイシン……ああ、ナイレンシンのことですわね。それなら、知らなくても仕方ありませんわね」


 ヴィオラもヨゾラの布切れの上から隠された首元を見るが、ヨゾラはその話をするのが面倒だったため無視した。

 

「それで、どうして亡くなっちゃったの?」


「獄中で暗殺されましたわ」


 そう聞いてもヨゾラは驚かず、それより何故殺されたかの方が気になった。


「口封じかな?」


「おそらくそうだろう、と言われていますわ。関与が疑われて捕まっていたお母様も殺されていますもの」


 両親共に殺されていたことを聞き、少し居心地が悪くなるような微妙な雰囲気になったため、ヨゾラは素直に謝った。

 

「なんか、ごめんね? 安易に聞く話じゃなかったね」


「別に構いませんわ。それに、捕まえた本人を見ても何の感情も沸いてこないですもの」


 そう微笑みながら語るヴィオラ。そのエレナを見つめる目を見たヨゾラは何かにピンと来た様子だ。


「……なるほどね」


 しかし、ヨゾラはそれについては何も言うつもりはないようだ。

 そんな話をしている内にカタリナが泣き止んだようで、カタリナはエレナと再び話し始めた。


「制服を汚してしまって、ごめんなさい」


 赤くなった目元をエレナに向けながら謝るカタリナ。そんなカタリナの頬をエレナはむにっとつまんだ。

 

「何するんですか」


「ふふっ」


 頬を摘まれながら喋るカタリナを面白そうに笑うエレナ。カタリナは笑うエレナに対して頬を膨らませた。そして、その膨らんだ頬を今度は人差し指で押し込みカタリナの頬が萎んだ。


「本官の顔で遊ばないでください!」


「貴女の顔が可愛いのがいけないわ」


「そう言ってすぐに誤魔化さないでください!」


 騒ぐカタリナを今度はエレナの方から抱きしめた。学園の時から多少カタリナの身長が伸びたとはいえ、未だに身長差はあるためカタリナのかかとは地面から若干離れようとしていた。


「エレナ先輩?」


「次、いつ会えるか分からないもの。もう少しだけこうさせて頂戴」


 エレナの言葉でカタリナは思い出した。今のエレナはサキの能力によって一時的に現界していることに過ぎないことを。


「そんな悲しい顔をしないで。そこの祝福師さんに頼めばまた会えるもの」


 祝福師。カタリナが初めて聞く単語だったが、エレナと比べたら笛吹き女のことはどうでもよかった。

 そして、エレナが抱きつきから開放するとカタリナは若干淋しそうにした。


「それなら、本官が笛吹き女を雇いますよ。そうすればいつでも会えますね」


『悪いけど、それは無理ね』


 カタリナの耳元でフルートを吹いているはずのサキの声が囁かれたような気がした。カタリナはサキの方を見るが、サキは相変わらずフルートを吹いていた。


「不思議な能力ね。フルートを吹いてるはずなのに声を出せるなんて」


 けれど、エレナは気のせいとは思わずにしっかりとサキの能力だと見抜いていた。

 

「無理ってどういうことですか?」


 しかし、今度はカタリナの言葉に対する返事はなかった。そのことをエレナは冷静に分析をした。


「おそらく、寵愛能力切れを気にしているわね。私の身体を維持するのにもかなりの能力量を使っているはずよ」


「それがなぜ雇うことが無理という話になるのですか?」


「人には人の事情があるわ。私にもあればカタリナにもあるわ。もちろん、祝福師さんにもね」


 エレナは優しく諭すようにカタリナに言った。しかし、旅の楽師であるサキが再びこのアデリアに訪れるか分からないため、もしかしたらこのまま一生エレナと会えない可能性もあるということだった。

 

「本官は皇妃候補なんですよ?」


 なので、カタリナはどうしても諦められなかった。


「皇妃になってもそこまでの権力はないわよ?」


「なら、お金をいっぱい出します」

 

「人をお金で動かすには限界があるわ」


「じゃあ、本官に従わなかったら逮捕し」


「カタリナ!」


 カタリナの言葉をエレナは怒声で遮った。あまり、エレナが怒ったところを見たことがなかったカタリナはそれだけで怯んだ。


「こうして、私と貴女が会えるのだって奇跡のようなものよ。それは分かる?」


 カタリナは感動とは別の涙を流しながら頷く。


「今だって私の身体がいつ消えるか分からないわ。それを懸命に繋いでくれている祝福師さんにそんな仕打ちをしたらとっても申し訳ないわ。もし、本当にそんなことをしたら私は貴女とは二度と会わないわ」


 二度と会わないと聞いて余計に涙を流すカタリナ。そんなカタリナの頭をエレナは優しく撫でた。


「そんなことしなくても、立派に皇妃候補をしていれば祝福師さんに頼んでまた会いにくるわよ」


「本当ですか? 約束ですからね」


「ええ、約束よ。それと、他の人に私と会ったと言ってもダメよ。祝福師さんが何をされるか分からないもの」


「学園の先輩方にもですか?」


「その学園の先輩が何をするか分からないじゃない?」


 カタリナは一人ずつ先輩である各都の皇妃候補を思い出したが、例外なくこのことを知ったら何かしそうだなと思った。


『そろそろ、寵愛の力が切れるわ』


 再びカタリナの耳元でサキの声がした。


「もうそんな時間なのかしら。時間が経つのは早いわね」


「エレナ先輩!」


 カタリナの真面目な呼び声に、エレナはしっかりと仮面の奥からカタリナを見据える。


「本官はエレナ先輩と会えてとても嬉しいかったです。まだ何も恩返しが出来ていませんが次に会った時に少しずつ返すことにします!」


「そんなことをしなくても、立派に皇妃候補をしてちゃんと生きていて欲しいわ。死んだ私にとってそれが生きている貴女にできる一番の恩返しだわ」


 そう言うと、エレナの身体から少しずつ光の粒が漏れ出してきた。サキもそろそろ限界のようだ。

 最後にカタリナが再びエレナに抱きつく。

 

「先輩!」


 そして、エレナの顔を見上げ涙を堪えながら満面の笑みで愛を叫んだ。


「大好きです!」


 そんなカタリナに応えるようにエレナはカタリナの頭を撫でた。


「私も大好きよ。カタリナ」


 徐々に漏れ出す光が多くなっていき、エレナは光の粒子となって最初からそこにいなかったかのように消えてしまった。

 それと同時にサキの武装も消えて元の姿に戻ってしまった。そんなサキにカタリナは頭を下げた。


「ありがとうございます」


「エレナのためよ。けど、よかったわね」


 それだけ言うとサキは再び演奏を再開してしまった。カタリナは少し呆れながらも、サキへの感謝は忘れなかった。

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