再会
日が頂点に昇ろうとした頃、天井に大穴が空いた屋敷でサキはまたフルートを吹いていた。その横でヨゾラは柔軟をしながら聞いていた。
「カタリナちゃん遅いね」
ヨゾラの言葉でも他愛もない話なら演奏中は無視をするサキにヨゾラは慣れているらしく、独り言のように返ってこない会話を続けた。
「って言うか、あんな風に一気に言っても普通は理解より先に、意味不明が来ると思うんだよね」
昨夜に行われたサキの説明の仕方に文句を言うヨゾラだったが、サキは気にもしていないのか引き続き演奏をしていた。
「それにカタリナちゃんにあんなキツイ言い方しなくてもよかったんじゃないの?」
相変わらず、サキは何も言葉を返すことはなく演奏を続けていた。
「それに未来が見えるって言って大丈夫なの? 本当はそんな能力」
「ヨゾラ」
ヨゾラは自分も言い過ぎたと少し思ったが、サキがヨゾラを呼んだ理由は別のことだった。
「来たわよ」
その言葉に後ろを向くとカタリナとヴィオラが隣合って歩いて来ていた。昨日より仲良くなった様子の二人にヨゾラは嬉しそうにしていた。
「それで、こんなところに呼び出して何のようですか」
カタリナの言葉にヴィオラが少しだけ反応しかけたがすぐに何事もなかったかのように取り繕った。
「私の能力でエレナさんに会わせてあげるわ」
サキの言葉にカタリナが青筋を立てた。
「昨日と同じエレナ先輩の偽者にですか? それなら、お断りです。これ以上エレナ先輩を侮辱しないでください」
カタリナは大声で警告するがそんなことはお構いなしとサキは続けた。
「私の能力はなんでもできるのよ。面識のある死者なら少し間だけなら呼び出すことはできるわ」
「《鉄鎖の番犬》!」
サキの態度にいよいよ業を煮やしたカタリナは自身の寵愛の証を光らせて武装をした。
「ここは一応市有地なのでいつでも貴女を逮捕できます。それ以上その笛しか吹けない口で馬鹿げたことを言い続けるようなら本官は容赦はしません」
「一度負けたのに勝てるのかしら」
と、挑発したところでサキはヨゾラに背中を思い切り蹴られた。が、簡単に避けられてしまった。
「そんなことを言うために、カタリナちゃんを呼んだんじゃないでしょ」
「私も皇妃候補と凖皇妃候補の二人を相手に戦う気はないわよ」
「そういう話じゃないよね? 後、今回の件はカタリナちゃんの味方だから三人だよ?」
「勝手に
そんな馬鹿げた会話にカタリナの態度はほんの少しだけ
「阿呆なことやってないで今すぐにここを出ていくか逮捕されるか選んでください」
「どちらもお断りね。それにエレナさんに会ったらそんなことも言えなくなるわ」
そう言ったところで、サキは右手の寵愛の証を光らせる。それを見たカタリナは警戒を高め、拳銃を向けるが間にヨゾラが入る。
「退いてください。ヨゾラ君を撃つつもりはありません」
「まあまあ。いざとなったら三人で戦えばいいし少しだけ見てよう? ね?」
「……変な動きをしたらすぐに撃ちますからね」
「だから、
そんなことを言っているうちにサキの全身を光が包み込む。
「《星の演奏家》」
サキは夜空のように青黒いドレスに星のような小さい装飾が付いた武装姿になった。
「《
そして、右手に持った銀色のフルートを口につけ、目を瞑りながら演奏をし始めた。
「本当に演奏ばかりですね」
そんなことを口にするカタリナにヨゾラは口の目の前に人差し指を立て、静かにしてと言う合図をした。カタリナは仕方なくその合図に従いサキの演奏をじっと聞いていた。ヨゾラはそんなカタリナを見て、サキとカタリナの間に入るのをやめた。
すると、サキのフルートからだんだんと光が漏れ始めた。その光の量は少しずつだが確かに多くなっていき、その漏れ出た光の粒たちが集まり始めた。それは、だんだんと人のような像を作り、頭や腕や脚などの特徴が現れた。そして、大部分の人の立体が出てきたところで光が弾けた。
中から学園の制服を着て、フードを深く被りその顔には仮面を被った人物が現れた。それは、カタリナがよく知る人物のよく見ていた姿だった。
「……エレナ先輩」
「あら、カタリナじゃない。見ない間に少し大きくなったかしら」
仮面を被りながらも気品が溢れた姿は、昨日の同じ仮面を被った人物とは思えないとヴィオラは感じた。
カタリナはいつもの挨拶を忘れていたのを思い出し、エレナに向かってとある単語を言った。
「囚われた人は!」
「歌による助けを。笑顔の歌は?」
昨日とは違い返答の合言葉がされ、それがカタリナの胸を高鳴らせた。
「地下へと響く!」
「正解よ。なんだか、とても懐かしい挨拶ね。久しぶり過ぎて忘れるところだったわ」
「本当に先輩なんですか?」
昨日のこともあり信じられないカタリナに、エレナは落ち着いた様子で恥ずかしげもなく自身の名前を言った。
「私は私よ。恥ずかしくて顔も見せられない、エレナ・メギス・ミレクよ」
「本当に、本当にエレナ先輩ですか!?」
「本当に本当にエレナよ。それとも、また私の偽物でも出たのかしら。いくら仮面を被ってるからってこれでも領主の娘よ。そんな輩は牢がお似合いね」
「そうではなくて、そうではなくてですね」
今にも泣き出しそうなカタリナに、少し困った様子のエレナ。そして、何かを思いついたのかカタリナに近づき、カタリナの頭に手を伸ばした。
「先輩?」
カタリナの全身は一瞬にして強張ったがそれもすぐになくなった。
「また、私の知らない所で頑張っていたのね」
なぜなら、エレナはカタリナの頭を優しく撫でていたからだ。
「何度も言うけど、頑張り過ぎてはいけないわ。貴女の真面目なところは良いところでも悪いところでもあるもの。たまには、愚かな私の言うことも聞いて欲しいものね」
優しい手でエレナに撫でられながら、カタリナはその仮面に手を伸ばした。しかし、エレナは手と共にカタリナから離れてそれをかわした。
「仮面は取らしてくれないのですね」
「いきなり、どうしたのかしら」
そして、カタリナはずっと疑問に思っていたことをエレナに拳銃と共に突きつけた。
「先輩は何故死んでしまったのですか?」
「死んだ……」
今度はエレナがカタリナの言葉によって衝撃を受けた様子だったが、思い出したのかすぐにカタリナと向き合った。
「そうね。そういえば、死んでいたわね」
「そうです。先輩はシーナさんとの決闘中に武装を自ら解除して命を落としました。何故そんなことをしたのか、本官と他の先輩達に納得できるように説明してください」
しかし、そんな状況でもエレナは落ち着いていたが、その解答はとても常人には理解しがたいものだった。
「私の死は妹でもあるシーナのためよ」
そして、それはカタリナにとっても同じだった。
「何故、あんな人のためにそこまで? シーナさんはずっと先輩のことを恨んでいたのですよ!?」
「恨んでいたからこそよ」
「それが意味がわからないって言っているんですよ!」
カタリナの語気が徐々に強くなるのに比例して冷静さが失われていった。そんな状態では話にすらならないとヨゾラは思っていたが、自身は部外者のためどうすることもできなかった。
「そうね。じゃあ、カタリナは私との学園生活は楽しかったかしら」
そんな状況で唐突に何の脈絡もなくエレナは自身の死とは関係が無さそうな質問をした。
「関係のないことを聞くのはやめてください」
しかし、そんなのはお構いなしにエレナは自分の話を続けた。
「私は楽しかったわ。カエデやマーガレットと一緒に戦ったり、ファティマやアニエスと面白い遊びをしたり、ナディアやソフィーと昼寝をしたり、クロエやカタリナと食べ歩きしたり、他にも色んな思い出があったわ」
「だから、関係ない話を」
「でも、そんな華やかな思い出があの子には無いのよ」
カタリナの言葉を遮ってまで告げられたのは、カタリナが知ろうともしなかったシーナの一面だった。
「私をずっと嫌って憎んで恨んでいたシーナには、そんな懐かしく思えるような思い出ってないのよ」
「それが先輩が死んだ事とどう繋がるのですか?」
「……何かいい話をしようとして失敗したわ。聞かなかったことにして頂戴」
「本当に撃ちますからね!?」
拳銃をエレナに向けて警告するが、それはカタリナ自身の強がりだった。なぜなら、こんな下らないやり取りを何度も交わしていたことを思い出させ、今絆されたらすぐにでも先輩へ抱きついてしまうから。
そんなカタリナの心境を前にエレナは再び口を開いた。
「正直、あの時の私は死ぬつもりなんて無かったわ」
その口調は先程と同じような真面目な口調だったが、今はどこか物悲しさも感じる口調だった。
「というより、シーナに手を抜いたことがバレないように負けて皇妃候補の座を渡すつもりだったと言った方が正確ね」
エレナは当時の心境を一つ一つ辿っていく。それはカタリナも知らないエレナの一面でもあった。
「けれど、戦いで手を抜くとシーナにはすぐにバレてしまうもの。だから、戦いの中で戦いとは関係のない別の方法で負ける必要があったわ」
「それが、武装の自発的解除と言いたいのですか?」
「そうよ。後は私の趣味ね。ずっと恨んでいた相手が自分の手で死にかけた時にどんな反応をするのかというのを見てみたかったのよ。それが当たりどころが悪くてあっさりと死んでしまったわけね」
カタリナは相変わらず手放しで性格が良いとは言えない先輩だなと思う反面、そんな下らないことで死んでしまったエレナに言いようのない感情が渦巻いた。
「でもね、後悔はしてないわ」
その言葉にカタリナの渦巻く感情にヒビが入る。
「私は自分の人生を精一杯に自分なりに生きたもの。それが私自身の失敗で死んだことはある意味本望とも言えるわ」
それ以上は言わないでください、そう言いたかった。だけど、カタリナは言えなかった。
「カタリナ。私は貴女と他の学園の皆と会えて凄く楽しかったわ。競い合って、遊び合って、喧嘩し合って、笑い合って。今思えばとても馬鹿なこともしていたわね」
カタリナの感情に大きくヒビが入る。
「そんな貴女達との思い出は私にとって一番の宝物よ」
そして、カタリナ感情の渦が決壊した。
「エ゛レ゛ナ゛せ゛ん゛ぱ゛ー゛い゛」
カタリナが泣きながらエレナに抱きついた。
「本官は、私は、先輩が死んでからずっと、ずっと寂しくて、苦しくて、悲しくて」
顔をぐちゃぐちゃにしながら、エレナの胸に顔面を擦り付ける。そんなカタリナをエレナは優しく抱き返した。
「でも、一番は先輩に対して何も恩返しができなかったことが一番悔しかったんです。私は貰ってばっかりで何も返せなくて」
大声で泣きじゃくるカタリナの頭をエレナはそっと撫でた。
「ごめんなさいね。愚かな先輩で」
「そんなこと言わないでください。エレナ先輩は本官が一番好きな先輩なんですから」
余計に泣いたカタリナに対して少し困った様子のエレナだったが同時に嬉しそうにもしていた。
それから、カタリナが泣き止んだのはしばらく後のことだった。
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