屋敷の主
今の時間は空が茜色に染まりきり、ヨゾラ達が古い廃墟のような屋敷に入る少し前の時間に遡る。
カタリナに負けたヴィオラはヨゾラ達が来る前に廃墟に訪れていた。しかし、そのヴィオラの顔は暗くとてもどんよりとした様子だ。
「はあー」
昨日、サキが演奏をしていた天井の穴の下でヴィオラは瓦礫に座り込みながら大きくため息をついた。
「結局、この力を持ってしても勝てないとは思いもしませんでした」
そう言いながら、ヴィオラは左手にある紋様を見る。そこには狼の牙のような紋様が描かれていた。
「こんな貰い物の力でも勝てないならどうやって勝てばいいんですの」
ヴィオラの頭には再戦を申し込むことがあったが、今は色々なことが頭の中で散らついてとても申し込む気にはなれなかった。
「あの人は、
ヴィオラの脳裏に一番散らついているのは真剣になって戦ってギリギリで負けた最初の決闘後に言われたカタリナの言葉だった。
「やはり、自分自身の力以外に頼ったのがいけなかったのですわね。ですが……」
言葉を切り、ヴィオラは辺りを見回す。そこには自分が数年前まで過ごしていた屋敷の変わり果てた姿しかなかった。
「元の生活に戻りたいだけでしたのに」
ヴィオラはかつての生活を思い出したのか涙声になりながら崩れ去った在りし日の我が家をその紫色の潤んだ瞳に映す。
「また一緒にお父様とお母様と暮らしたかっただけですのに」
失った温もりを求めるその小さな体躯にある儚くも確かな願い。しかし、それを叶えるにはあまりにも足りなさすぎた。手段も方法も何もかもが足りなかった。
「だから、頼った。その呪いに、《神の呪い》に」
泣いていたヴィオラに言葉をかけたその人物は、いつの間にか暗くなっていた空と同じ色をした全身を覆うローブと顔中を覆う仮面をつけていた。
「……誰かしら? 乙女の泣き顔覗き見する不届き者は」
ヴィオラはすぐに涙を拭き、音もなく近づいていた人物に警戒心を一気に高めた。
「こちらのことは気にしなくていい、ヴィオラ・レアーツ。いや、クレア・メギス・アデリア。まさか、お前が前領主の娘だとは思わなかった」
「何のことかさっぱり分かりませんわね。人違いですわよ」
ヴィオラは右手にある太陽の紋様が描かれた寵愛の証を光らせる。
「こちらは既に武装をしている。気にせずに戦うといい」
しかし、ヴィオラはその挑発には乗らず、右手を構えたままいつでも武装ができる状態で仮面の人物に会話を持ち込んだ。
「貴方はこの左手の物を知っているようですわね。これはただの寵愛ではないのかしら?」
ヴィオラが攻撃して来ないのを見た仮面の人物は少しだけ嬉しそうに質問に答えた。
「ほう、それがどういう代物かお前は知らないのか。ならば、餞別に少し教えてやろう。何が聞きたい」
会話に乗ってきたことに内心驚いていたヴィオラは状況打破をする方法を考える時間稼ぎに次の質問をした。
「これは神の呪いと言っていましたわね。それはどういうことですの?」
「一昔前に帝国の各領主にとある物が与えられた。それは一つの神の寵愛による能力によって作られた結晶体。それが当時の領主の血を引く者の願いに反応し左手に宿った形。それが神の呪いだ」
そう言いながら、仮面の人物はローブの下から水晶を取り出した。それはヴィオラにとって見覚えのある物だった。
「これには力が残っていないが見たことはあるだろう。これに対して願うと呪いの力が手に入る。が、人には過ぎた物だ」
仮面の人物は再び水晶をローブの中に戻す。
「呪いについては分かりましたわ。それで貴方の要件はなにかしら?」
「呪いの回収だ。なに、その左手を少しばかり切り分けてくれればいい。それだけで済む」
「《日射す舞姫》!」
その言葉を聞いたヴィオラは瞬時に右手の寵愛を光らせ身体を包み込む。それを見た仮面の人物もローブに隠した棒状の物を取り出し、伸ばして鎌の形状になる。
「あの鎖女には負けた
武装が終わったヴィオラは右手の寵愛の証を光らせて寵愛能力を発動させる。
「《
すると、ヴィオラの持つ細長い剣に光が集まり始めた。それを見た仮面の人物は鎌を構えて防御体制を取る。
「《
ヴィオラが光が集まった剣を思い切り振るうと、とてつもない光の力が仮面の人物を包み屋敷の壁ごと破壊する。
「やはり、力が強すぎていけませんわね」
光が過ぎた後から武装の解けた白いローブの人物が俯けで倒れているのを確認し、勝負が一瞬で決着がついたことに安堵するヴィオラ
「既に壊れているとはいえ
ヴィオラは自分の家を壊したことに少しだけ後悔していた。
しかし、この音を聞きつけた二つの足音がヴィオラの元に近づいていた。
「……仲間かしら。この程度の相手ならいくら来てもいいですわよ。《
再び力を溜めその足音を待ち構えるヴィオラ。
そして、二つの足音が大部屋に入ると同時にヴィオラは剣を振りかぶった。
「《
そのまま、顔も見ずに剣を振るうヴィオラ。脳裏では『武装していなかったらどうしましょう』と考えたが、振るった物は仕方ない事故だと思うことにした。
しかし、その考えは杞憂だった。
「《
光のベールが自身ともう一人を守るように球体状に発動しヴィオラの攻撃は掻き消された。
「大人しく投降して捕まりやがれ犯罪者ど……も?」
そこには口が悪くなったカタリナと銀髪で褐色肌の少年がいた。
「普段の行動にも品性が感じられませんわ」
ヴィオラは一番会いたくない人物に精一杯の強がりを吐くとその人物がこちらに銃口を向けた。
「なぜ貴女がここにいるのですか!?」
しかし、状況が判断できない状態で撃つのは愚策と思ったカタリナはすぐには撃たなかった。
「
カタリナの言葉は理解したが意味を理解できなかったヴィオラは、背後から迫る影に気づかなかった。
「はあ!?」
しかし、ヴィオラ光の壁を貼る直前に左腕が小刀により肘から切断され光が漏れた。そして、その影の正体である倒したはずの仮面の人物が、切断された左腕が消える前にそれを手に取った。
「《
光の壁を展開するが仮面の人物は既に距離を取っていた。
「呪いの力ですわね」
白ローブの人物はいつの間にか消えており、仮面の人物の右手に握られているのは鎌ではなく小刀だった。
ヴィオラは撃とうとしていたカタリナの方を見た。
「カタリナちゃん!」
そこには、銀髪の少年の言葉を受けて正気に戻るカタリナがいた。
「何をしているのですの」
小声でぼやくヴィオラに対し、カタリナはよく通る声で仮面の人物に銃口を向けて叫んだ。
「鎖の端は!」
意味不明な言葉にヴィオラと銀髪の少年は混乱するが、誰でもない仮面の人物がその言葉に答えた。
「歌で繋げる」
その答えに少し戸惑うもカタリナは嬉しそうに銃を下ろした。
「エレナ先輩!」
しかし、仮面の人物の返答は酷く冷酷なものたった。
「そいつはもう死んだ」
ヴィオラにとっては意味がわからない言葉と共に仮面の人物は小刀をカタリナに向けた。
「えっ」
そして、目では追えぬ速度でカタリナに向かって飛んでいった小刀は、カタリナを庇った銀髪の少年の首元に命中した。
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