対策と作戦

 日が暮れ始め影が濃くなる頃、再び着替え元の地味なコートと迷彩柄の服に戻ったヨゾラとカタリナは古びた旧領主の屋敷の門の前で手紙の内容を確認しながら日が完全に落ちるのを待っていた。


「『冬の亡霊を廃墟にて、鎖による封印を』ね。全くもって意味が分からないよ。そもそも廃墟ってここであっているの?」


「ここ以外に廃墟なんてありませんからそこは心配ないですよ」


「なんで?」


「数年前、このアデリアは大規模な再開発を決行しました。その結果、ここまで発展し国一番の商業都市になりました。その再開発によりほとんどの建物は一度取り壊されています。割と有名なことなのに知らないのですね。どこの都の出身ですか?」


「アレイシン。あー、今はナイレンシンか」


 ナイレンシンと聞きカタリナはヨゾラの布切れが巻かれた首を一瞬だけ見るがすぐに視線を逸らした。しかし、ヨゾラはそれに気づいたようだ。


「気になる? カタリナちゃんになら教えてもいいよ」


「いえ、他人のことを無闇に詮索するなと先輩から教えられたので結構です」


「別に気にしないから大丈夫だよ。なんなら、当ててみてよ。正解したらいい事教えてあげる」


 当人が乗り気なのでカタリナは仕方なくヨゾラの首を見た理由を話した。

 

「おそらく、首輪の跡だと思います」


「そう思った理由は?」

 

「あの都市、冒涜の都ナイレンシンはアレイシンの頃から奴隷制度があり、ヨゾラ君は元奴隷で笛吹き女に買われた、もしくは助けられて旅の同行者になった。で合っていますか?」


「うーん? あっていると言えばあってるから正解でいいかな?」


「そうですか。割と良い推理だと思ったのですが」


「ちなみにいい事って言うのは僕は今サキちゃんがどこにいるか分からないってことだね」


「誰にとっていい事になるのですか?」


「さあ?」


 話題が逸れ、気の抜けたような会話になった事に気づいたカタリナは話を戻した。


「さて、他にこの手紙について何かありますか?」


「うーん、冬の亡霊って何?」


「今は春なので冬という意味は分かりませんね。亡霊という言葉の方は幽霊などの類いでないことを祈りましょう」


「もしかして、そういうの苦手?」


「本官はこれでも立派な大人です。そんなことでビビるわけありません」


「なら、僕は帰るから一人で行ってね」


「やめてください。お願いします。一緒に行ってください」


 とても情け無い声を上げながらカタリナはヨゾラのことを引き止めていた。カタリナは立派な大人なのにビビりだった。


「行かなきゃいいのに」


「一応、所有者行方不明とはいえ確かめない訳にはいきません。それにまた笛吹き女みたいな人がいるかもしれませんし」


「それ、僕は入っていいの?」


「本官が特別に許可します」


「職場の人とかに頼らなくていいの?」


「一応、本官の独断で来てるので付き合わせる訳にはいきません」


「職権濫用にならない?」


「普段の行いがいいので多少のことは見逃して貰えます。大丈夫です何もなければ問題はないので。他には質問はありますか?」


 無理矢理話を切り上げたカタリナは次の話題を振った。


「鎖による封印をって部分はカタリナちゃんの能力だよね。あれって武装を強制解除してる訳じゃないの?」


「他人からはそう見えますが実際には武装の封印をしています。本官の寵愛は『枷と鍵の神の寵愛』と言って封印と解除が主な能力なんです。ヨゾラ君の武装ができなかったのもこの能力のおかげですね」


「武装無しで能力を使うってやつ? でも、鍵の開け閉めもしてたような」


「能力は一つだけとは限りませんよ。というか、こんなことも知らないヨゾラ君に負けたのは少し自信が無くなりますね」

 

「あれはサキちゃんの作戦のおかげだから、僕に負けたって言うよりサキちゃんに負けた方が正しいと思うよ」


「やっぱり、あの戦いの全ては笛吹き女の手の平の上だったと考えるのが妥当ですかね」


 カタリナは腕を組みながら考え込み始めた。


「本官の能力はこの都では有名なので対策自体は考えられなくはないですね。けど、それだとヨゾラ君に自分に向かって斧を投げさせるように指示したという事になって、一歩間違えたら生身に斧が刺さることに……? ヨゾラ君はどこまで指示をされたのですか?」


「風を天井に流すことと武装が解除されたら斧を投げることだけだね」


「ふむ。これ以上、事故死願望女のことを考えても意味なさそうですね。あれに負けたのは仕方がないことですね。本官はやっぱり強いです」


 カタリナはとても綺麗なドヤ顔をしていた。


「そんなことより亡霊の対策とか考えなくていいの?」


「大体の武装した相手は《施錠処置シールド・アレスト》と《解除処置シールド・ケア》で倒せますから大丈夫だとは思いますよ」

 

「それがどっちも効かなかったら?」

 

「逃げましょう」


「頼もしい作戦だね」


「決闘ではないですからね。結果的に生き延びた方が勝ちです」


「僕もそう思うよ」


 二人が話している間に日が完全に落ち、月が上り始める。


「そろそろ行きますよ」


「何が出ても腰抜かさないでね」


「……善処します」


 門を開け再び屋敷庭に入っていくヨゾラ。カタリナは内心怖がりながらもヨゾラと共に敷地へ入っていった。

 

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