カタリナ・コルン・ピリスタ


 

「全部話しましたよ。これで満足ですか」


 カタリナは廃墟に残る瓦礫の上に座りながらサキ達に三か月も前のことを話した。

 しかし、サキは途中からカタリナを無視して天井に空いた大穴の下でフルートを吹いていた。


「こんな気分が落ちるような曲にしないでください! 本官は変曲を求めます」


 そんなカタリナの苦情もサキには届いていないのかフルートを吹き続けていた。


「ヨゾラくん、これ本当に聞いていると思いますか?」


 カタリナの隣に座っていたヨゾラは少し悩む素振りをしてから困った顔をした。


「それはちょっと分からないね」


「少しでも信用した本官が愚かでした」


 再び、落ち込んでしまったカタリナを励まそうとヨゾラは話題を変えた。


「そういえば、さっき武装をする前に鍵を閉めてた よね、あれってどうやったの?」


「ん? あれは寵愛能力の一種ですよ。少しだけ使うところを見せてあげますから壊さないでくださいね」


 カタリナは腰から下げた手錠を出し、そのまま自身の左手とヨゾラの右手を手錠で繋いでしまった。


「あーん、カタリナさんに捕まっちゃったよー」


 そんな気の抜けた演技をするヨゾラによく見えるようにカタリナは手錠の鍵には触らずに手錠を外してしまった。


「こんな風に能力が強くなると、武装しなくても寵愛能力を行使することができるようになります。それでも、ほんの一部だけですけどね」


 カタリナは手錠を腰に戻した。


「これって僕にもできるようになるかな?」

 

「自身の能力とちゃんと向き合って鍛錬を続ければいずれはできるようになりますよ」


「能力と向き合う?」


「はい、少し感覚的な話ですけどね」


「よくわからないね」


「本官も最初はそうでしたよ。でも、学園の先輩達が本官を凄く可愛がってくれやがりましてね。それで、ようやくできるようになったんですよ。良くも悪くも思い出に残る変な先輩達でした」


「尊敬する先輩達だったんだね」

 

「そうですよ。すぐに本官のことを小馬鹿にするファティマ先輩、みんなに優しいソフィー先輩、寝てばかりのナディア先輩に、見た目の割に失敗ばかりするカエデ先輩。そして、特に本官のことを気にかけてくれたエレナ先輩……」


「カタリナさん?」


 ヨゾラが覗いたカタリナの目にはうっすらと涙が滲んでいた。


「すいません、本官の話ばかりで。こんな話興味ないですよね」


「ううん、そんなことないよ。カタリナさんがその先輩達の事が今でもとても好きだってことがよくわかったし、僕もカタリナさんの話面白いと思いましたよ」


「それはよかったです。本当にヨゾラくんはいい子ですね。本官も貴方みたいな後輩が欲しかったです」


「へえー、そうなんだ」


 ヨゾラは悪戯っぽく笑うとカタリナを見上げ上目遣いでこう言った。

 

「カタリナ先輩?」


 瞬間、カタリナは全身に電撃が走るような衝撃を受けた。それを見たヨゾラはカタリナで遊ぶことにした。


「さっきの授業で分からないところがあって、カタリナ先輩教えてくれますか?」


「カタリナ先輩ってお強いんですね。よかったら今度、僕に稽古をつけてくれませんか?」


「一緒にご飯食べましょうよ、カタリナ先輩。いつもお世話になってるので今日は僕が奢りますよ」


「尊敬してますよカタリナ先輩」


 いつの間にか耳元で、仮想の後輩を演じていたヨゾラにカタリナが飛びついた。


「あ、もう無理です。可愛すぎます。やはり、ヨゾラ君は今からでも本官の後輩になるべきです」


「それは無理かな……」

 

 壊れたカタリナを見たヨゾラは少しだけやり過ぎたなと思った。

 

「ヨゾラ君はなんであの女と一緒にいるんです? こんな犯罪者紛いのことまでして」


「えーと、そもそも僕達って旅の楽師なんだよね。けど、今回は依頼でここまで来てて」


「依頼?」


「うん、ここで演奏をしてくれっていう内容の手紙。ほら、これ」


 ヨゾラは懐の中から手紙を出し、カタリナに封蝋を見せつける

 

「この封蝋が貴族の物だろうからって言ってここに来たんだけど、カタリナさん何か知らない?」


 カタリナはまじまじと封蝋を見たが、あまりピンと来ていないようだった。

 

「本官にはこの封蝋は見覚えはないですね。一番可能性が高いとすればこの封蝋自体が偽物で、手紙はヨゾラ君達を騙すものなのかも知れません。この手紙はどこで受け取りましたか?」


「昨日のチップの中に混じってたよ」


「出所も分かりませんか。おまけに昨日と来ましたか、もっと困りましたね」


「なるほど? カタリナさんが通報を受けたのって今日が初めてじゃないのかな?」

 

「よくわかりましたね。この場所は見ての通りの廃墟なので、入り込むような輩が少なからずいるんですけど、最近になってこの廃墟に何者かが入って行ったという通報が増えてまして、それで実際に来たら誰もいないって事が続いてるんですよ。あ、職業上の秘密なんで本官が言ったこと誰にも言わないでくださいよ」


「カタリナさんも大変なんだね」


「そうなんですよ。おまけに明日は決闘なので仕事が山積みでして」


 言い終えたカタリナの顔は少しずつ青ざめていた。


「本官、そろそろ仕事に戻りたいんですけど」


「それはサキちゃんに聞いて」


 カタリナは凄く嫌そうな顔をしながらサキにの方へ向かった。

 

「サキさん? 今日の事は見逃すので仕事に戻らせてくれませんか?」


 見逃すという言葉に反応したのかサキはすぐに演奏をやめた。


「あら、犯罪者を逃していいのかしら」


「ヨゾラくんの言う事が本当なら一考の余地があります。なので、今回は本官の権限で不問とします」

 

「そう。なら、せいぜい明日の決闘は頑張るといいわ」


「言われなくても負けるつもりはありません」


 そう言い残し帰ろうとするカタリナにサキは再び口を開いた。

 

「きっと、貴女が一番尊敬する先輩も見守ってくれるわ」


「そうだといいですね」


 カタリナは扉を閉じこの場から去って行った。


「ヴィオラって人に勝つ方法を教えなくてよかったの?」


「本当に助けが必要なら私も教えたわよ。けど、話を聞く限りあの子だけでも解決できる問題よ。そんなことにまで手を貸していてはあの子の成長には繋がらないわ」


「ふーん。結局僕達何しにここに来たんだろうね」


「さあ? けど、私は演奏できて楽しかったわよ」

 

「サキちゃんがいいならそれでいいか」


 そう笑い合いながらサキとヨゾラも廃墟出て行くのであった。

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