第3話 運命の赤い糸
ポカンとした間抜けな顔。俺が今浮かべている表情を表現すると、多分そんな感じになる。
その証拠に、柊先輩がクスリと笑った。普通に恥ずいです。
「ちょっと円香!? それアリなの!?」
そしたら教室端でたむろしていた先輩方(恐らく占いの館スタッフ)が集まってきた。どうやら柊先輩の提案が聞こえていたらしい。
「変な疑いを掛けちゃったお詫びだもの。誠意は見せるべきでしょう?」
「いやまあ、そうだけど……」
「それやると、また騒ぐ人が出てくるかもだし……」
「そうね。だから内緒にしてね? ──阿久根君も」
「へっ!? あ、はい」
先輩たちの会話ってことで静観してたら、急にこっちに話が振られた。そして勢いで占いを受ける流れになってしまった。
いや、運命の相手とやらは普通に気になるから良いんだけど。恋愛興味無い勢を自称はしているけれど、それはそれとして興味あるというか。……他意はない。
「あ、でもアレよ? もう恋人がいる、または好きな人がいるというのなら、受けるのはオススメしないわ。あんまりよろしい結果にならないから」
「あー……」
恋人、または想い人が運命の相手とやらじゃなかったら、そりゃ気まずくなるよなぁ。納得の注意事項ですね。
「その辺に関しては大丈夫です」
ここで年齢=彼女いない歴と言ったら多分アウトだ。結構な女子から『訊いてねぇよ』って思われかねない。
「そう。それじゃあ占い……の前に簡単な説明から」
「あ、はい」
「知ってるとは思うけど、私の占いは異能を使用したもの。だから占いという表現も、実際のところ間違ってるわ」
それは確かに。占いとは不確かだからこそ『占い』みたいなところがある。異能を使えば、それはただの現象だろう。
レア能力の代表格である予知能力者が、未来をどうこう言ったところで『占い』扱いされないのと同じだ。
「運命の人という表現も、実のところ違っているの。選ばれる基準は運命なんてあやふやなものじゃなくて、その人の性格、精神状態、遺伝子、肉体などの諸々から最高の相性を持った人を探す能力なのよ」
「あー、なるほど?」
めっちゃ正確なデータを参照するマッチングアプリみたいな能力だと。
夢がないような、逆に信頼性が増すような。なんとも微妙な気分だ。
「だから心に留めておいてほしいのは、確定で相手が見つかるわけじゃないってこと。私の能力には有効範囲、制限時間もある。だから相手が遠くにいれば、見つけ出す前に効果が切れてしまうわ」
「それはそうですね」
永久に発動する能力なんてないですからね。そのレベルなら異能専門校に通うべき……いやこの能力でも一般高レベルじゃないけど。何でこの人、普通の私立に通ってんだ?
「そして例え相手が見つかったとしても、既にその人にパートナーがいる可能性もある。その場合は残念だけど、大人しく身を引いてね? 私が横恋慕をけしかけたって苦情もきちゃうし」
「そこは絶対に守りなさいよアンタ。前それで円香を巻き込んでのド修羅場になったんだから」
「あとアレだよ? 運命の相手がどんな見た目してようが、それはキミ自身の相性がそうさせたってだけだからね。言い方はおかしいけど自業自得みたいなもんだから、苦情は受け付けません」
「ア、ハイ」
占いの館スタッフさん(先輩方)からの怒涛の説明に思わず真顔。
ここまで念押しするってことは、相当に大変なことが以前に合ったんだろうなぁ。
「まとめるとね、私の能力は切っ掛けを与えるだけ。相性が良い相手を見つけるまではするけど、そこから先はその人次第ってことね」
「つまりアプローチとかをミスると、相性バッチリでも嫌われる可能性もあると」
当然だな。相手が初対面の可能性も高いだろうし、相性が良いと余裕こいてたら失敗するだろう。下手すりゃ不審者扱いからの警察ルートもある。
「そういうことね。と言っても、普通に交流を持てるようになれば、大抵は自然と良い関係に落ち着くんだけどね。相性はパズルのピースみたいなものだから」
「一方通行にはならないんですね」
「ええ。……だからこそ横恋慕を禁止しているわけだし」
「あー……」
ほぼ確定でお互いが噛み合ってしまうから、横恋慕がかなりの確率で成功してしまうのか。そりゃ修羅場に巻き込まれるよな。
相手からすれば、柊先輩はとんでもない恋敵を誕生させた怨敵みたいなもんなんだから。
「以上の注意点を踏まえて、私の占いを受けますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
柊先輩の最終確認に同意。普通に興味本位で受けるだけだし、苦情や問題行動を起こすつもりはハナからない。
くじ引きで温泉旅行に当たったインドア派みたいなものだ。せっかくだし行くかぁとか、大体そんな感じ。
目指すは独身貴族。まったり独り身で社会人生活送る予定なので、これはあくまで余興の類だ。
「では注意事項に同意したということで、始めさせてもらうわね。好きな方で構わないから、小指を出してくれる?」
「はい」
「では失礼して」
柊先輩が軽く俺の小指を摘み、そのまま引っ張る──
「うおっ!?」
何かニュルって赤い糸が出てきた! 何これちょっと気持ち悪っ!?
「はい。コレを私が離すと、能力が完全に発動するわ。効果時間は三十分。対象が近くにいると、この糸はどんどん伸びていくから、それを辿ってね。で、最終的には相手の小指に巻き付く。逆に遠くにいると、この長さのまま糸が相手のいる方向を指し示すから、その先を目指して」
「……コレを出したまま探すんですか? 結構な不審人物では?」
赤い糸を辿りながら移動する男子高校生って、普通に不気味じゃない? 新手の地雷系だし、そんな奴に声を掛けられたら相性最高の相手でも警戒するだろ。
「その点は大丈夫。この糸が見えるのは発動者の私と、糸の主であるキミだけ。お相手にも見えないし、触れもしないわ」
「それならまぁ……」
懸念材料は問題無しと。まあ確かに、これまでの学校生活で赤い糸を出しながら移動してた生徒なんていなかったし、当然と言えば当然か。
「それじゃあ、キミの恋路に幸あれ」
そう言って柊先輩が赤い糸から手を離す。
それによって能力が完全発動し、シュルシュルと糸が伸び始めた。
「ちょ、え?」
「あら良かったわね。コレは相手が近くにいる反応よ。キミの運命の人は、この学校の生徒なのね」
「え、マジ!? 良かったねキミ! 当たりが出るとか滅多にないよ!」
「大体が糸が伸びないからの捜索活動になるからね。しかも大抵が時間切れ」
……マジか。予想外の出来事に、どうリアクションすれば良いのか分かんないんだけど。
柊先輩、及びスタッフな先輩方の反応を見るに、本当にコレは珍しいことのようだ。
面白いネタを見つけたと言いたげに、爛々とした瞳で俺の小指、いや見えないはずの赤い糸を見つめている。
「ねーねー。良かったらだけど、私たちもついて行って良いー? 面白そうだし、どんな相手かも気になるんだけどー」
「あ、私も見てみたいかも! 知り合いの可能性もあるし!」
「いや、あの、流石にそれは……」
スタッフ先輩方とそんな攻防をしている間も、赤い糸はどんどん伸びていく。
そのまま教室の外に向かう──
「……あら?」
かと思いきや、ギュンと途中で曲がって柊先輩の……はい?
「……は?」
「……え?」
──俺の視線の先には、小指に赤い糸が結ばれた柊先輩がいた。
理解不能な出来事故に、互いにしばらく見つめ合う。
「〜〜っ!!」
そして一瞬で柊先輩のお顔が真っ赤に染まる。
「ご、ゴメンなさい! 私、用事を思い出したから、もう帰るわね!?」
「えっ、ちょっと円香!?」
「アンタ急にどうしたの!?」
スタッフ先輩方の制止も虚しく、柊先輩がもの凄いで教室を出て行ってしまう。
「えぇ……」
意味が分からない。ただ指から伸びる赤い糸だけが、虚空に伸びていた。
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