1話 残酷のアクセルリス
#1 始まりの息吹、鋼の一歩
三つ眼のカラスが紫色の空を飛ぶ。
辿り着いたのは深い森、降り立ったのはとある工房。表札であろう看板は、おびただしい数のツタに覆われその役目を果たしていない。
カラスは器用にその扉をくちばしで数回突く。
「あら、手紙?」
中から現れたのは、メガネが似合う麗しい女性。
カラスの首から一通の手紙を受け取る。役目を終えたカラスは再び飛び立つ。
その場で封を切り、内容を読む。
「お師匠サマ、どうしました?」
中に戻らない女性を心配して、奥から声がする。少女の声だ。
「……朗報よ」
「え?」
「アクセルリス、貴女に《
「……え?」
「ウソじゃないわ。本当に書いてあるのよ」
手紙を渡された少女──アクセルリスは、銀色の眼をこすり、一文字一文字しっかりと、読む。
確かにそこには書いてあった。彼女を《
「え、え、ええええええええええええええ!?」
【残酷のアクセルリス】
【#1 始まりの息吹、鋼の一歩】
「良かったわねアクセルリス。ついに努力が報われたのよ」
「はい! これ、夢じゃないですよね!?」
アクセルリスはずっと頬をつねり続けている。未だに現実を受け入れられないのだろう。
「もちろん現実よ」
「うわぁー……あの憧れの邪悪魔女……!」
「歓迎式は明日の夜、定例夜会と同時に行われるそうよ」
「私がその一人になるなんて……」
想像に耽っていたアクセルリスだったが、不意に現実に帰る。
「そうだ、身なり……髪もちゃんと整えておかないと」
そう言って触れる自身の髪。右側で束ねられた銀色のそれは、彼女の活発な性格ゆえか若干の乱れこそ見られるが、美しさは十二分だった。
次にアクセルリスは纏う服を見下ろした。機動性に長けたその衣にも、数多の活動の跡が見受けられる。しかして尚、各所に施された銀の装飾は輝いている。
「服もこんな使い古しな
「大丈夫よ、そのままでも。服装なんて誰も気にしないわ」
「そういうものですか?」
「うん。それに私も付いているしね」
「ですね! お師匠サマよろしくお願いします!」
「やだ、そんなかしこまっちゃって……明日もいつも通りのアクセルリスでいればいいのよ」
「分かりました! がんばります!」
◆
「吉報は入ったけど、やることはやるわよ」
「はい!」
所変わって工房の地下。大きな鍋の前に二人は立つ。
鍋の中では見るからに危険そうな劇毒色の液体が湯だっている。
「今日必要なのは《サケビタケ》、《キリサキの実》、《ブドウガエルの眼》よ。完成も近いし、よろしくお願いね」
「かしこまりました! アクセルリス、張り切って参ります!」
依頼を聞き届けたアクセルリスは眼にも止まらぬ速さで飛び上がり、飛び出していった。
「気を付けるのよー」
◆
鋼の箒──というより槍に乗り、アクセルリスは空を駆ける。
彼女は《鋼の魔女》。大地や空気中から鋼の元素をその手に集め、操り、己の道具とすることを得意とする。
「まずは《サケビタケ》ね! あの辺りかな?」
方向転換し、地表に向かって急加速──ずどん。
それは槍が刺さった轟音。余波たる突風が周囲の木たちを怯えさせる。
「よっと!」
アクセルリスが手をかざすと、鋼の槍はたちまち元素に戻り、あるべき場所へ帰る。
「さてさて、早速探索と行きますか!」
「あーっ! 何かなと思ったらやっぱり!」
やる気に満ち満ちるアクセルリスだったが、突然の大声に出端を挫かれてしまった。
「げっ、この声は」
「もー! みんなが怖がるし危ないから配慮してって言ったじゃん!」
現れたのは少女。生命を感じさせる緑色の眼。背丈は小さめで、その背には弓矢を携えている。種族は
「あはは、ごめんねファルフォビア」
彼女の名はファルフォビア。この《死んだ妖精の森》の警護を行うエルフである。
「……はぁ。正直もう慣れちゃったけどね……それで、今日は何?」
「今日も素材集めだよ。欲しいのは《サケビタケ》と《キリサキの実》、あと《ブドウガエルの眼》! どこにあるか分かる?」
「まあ分からんでもないけど……タダで教えるのも癪に障るなぁ」
「え、ひど」
「あんたがアレやるたびに森の木たちや動物たちが怖がってるの、理解してる?」
「うぐ、返す言葉もない……」
「……ま、いいけどさ。付いてきてよ」
「わーい、ありがと!」
そうとだけ言うと、ファルフォビアは遠慮もなく森の奥へ進んでいった。アクセルリスも続く。
「サケビタケ、何本必要なの?」
「10本くらい……? かな?」
「把握しとけっての……ほら、あったよ」
ファルフォビアの指差す先には、確かに無数のキノコが生えていた。
「よっしゃ!」
早速もぎ取りにかかるアクセルリス──だったが。
「待った待った、待った!」
その動きはファルフォビアに止められる。強引な制止、アクセルリスの体も不格好に傾いた。
「うぁあ。何するの!」
「そのまま採っちゃ駄目だよ。知らないの?」
「初耳」
「はぁ……よくそんなんで邪悪魔女になれたね」
「失敬失敬……って、んん?」
会話の最中、生まれた違和感をアクセルリスは見逃さなかった。
「何でそのこと知ってんの」
「私たちエルフの諜報力、舐めないでよ。この森で起こったことはすべて私の耳に──」
「で、安全に採取するにはどうすれば?」
「全然聞いてないし…………」
呆れて首を振りながら、ファルフォビアは小さな袋を取り出した。
「ま、ちょっとしたこしらえよ」
彼女は袋から光る粉を摘み、サケビタケが生える樹に振りかける。
「これは?」
「《エルフの眠り薬》。サケビタケはその名の通り、もぎ取られたときに叫び声に似た高音を発するの」
「ほうほう」
「その音自体私たちにとっては無害なんだけど、それを聞いた野生動物たちは一種の興奮状態になって、音源に集まってくる。ゆえに危険」
「ふむふむ」
「だからこうやって、サケビタケを昏睡状態にさせてから採る。あんたたち魔女は魔法でどうにかしなさいな」
「へー」
「……ちゃんと聞いてた?」
「き、聞いてたって! ホントだって! ありがとうね!」
こうして無事、アクセルリスはサケビタケを手に入れた。
◆
「お次はキリサキの実お願いします!」
「はいはい。キリサキの実は……まあ基本的には無害といっていいかな」
「木の実だもんね」
「見える? あの木」
ファルフォビアが示す先、特徴的な灰色の葉を茂らせる木があった。
「見えるよ!」
「あれがキリサキの木。最近誰かが実を採りに来たって話は無いし、好きなだけ持っていけばいいよ」
「よーし!」
アクセルリスは張り切って走り出す。
「ただ……」
小さな声。それを聞き逃さなかったアクセルリス──早々にその足が止まる。疑惑を抱えながら、ゆっくりと振り向く。
「……ただ?」
「キリサキの実はとても鋭利な形状と硬さをしてる。触ったら切り傷になるし、下手したら指を持ってかれることも……」
アクセルリスの顔が青ざめる。
「もっと早く言ってよ!?」
「いや、流石にこれくらい知ってるかなって……」
「最も安全に採る手段は?」
「これに関してはどうにもね。私たちエルフも各々好きな方法でやってるから」
「ファルフォビアは?」
「私は採った事ないし」
「うへぇ」
「まああんた魔女なんだしどうにでもなるでしょ」
「どうにでも、って……」
アクセルリスは沈思黙考。ファルフォビアはその様子を見ながら、今日の夕飯を何にしようかなどを考えていた。
「そうだ!」
「うわっビックリした、いきなり大声出さないでよ」
アクセルリスはファルフォビアの言葉を無視し、行動に移る。
彼女は手始めに、鋼の槍を生成した。先程と同じように、それを足場とし浮遊する。
「直接採るの? でも触るだけでも危ないんだってば」
「ふっふっふ……まあ見てなって!」
次にアクセルリスは両腕に鋼の元素を集め──生成されたのは鋼の籠手。いかな刃をも阻む頑強な防具だった。
「なるほど。それなら安全だ」
「でしょー! いくら硬い木の実だって、私の鋼には勝てない!」
無事、アクセルリスはキリサキの実を手に入れた。
◆
「ブドウガエルは……」
「これなら知ってるよ、猛毒なんでしょ」
遂に銀色の知識が光った。
「うん。個体によっては素手で触るのも危ない場合もあるね」
「でもさっきみたいに鋼でガードしちゃえば問題ないね!」
「……そううまくいくかなぁ」
ファルフォビアの表情は芳しくなく。
「ブドウガエルが口から吐く毒は強酸性で、鋼を溶かすことも容易いの」
「うわぁマジ? じゃあどうすればいいのさ」
「……私にいい考えがあるわ。任せて!」
二人がそうこうしているうちに、ブドウガエルの根城たる沼へと辿り着いた。
「ブドウガエルならここに沢山いるわ」
「ホントだ。数には困らなそうだけど……いい考えって?」
「私たち二人の力を合わせるのよ」
「というと?」
「ま見てて」
ファルフォビアが取り出したるはまたも小さな袋。
「それはさっきの?」
「いかにも。これを……こうする!」
言うも早く、やおらファルフォビアは眠り薬を沼へと派手にぶちまけた。
「……ええ」
アクセルリス、絶句。
「これで全員爆睡よ。当然強酸なんか出せっこない」
「……うん、まあそうなんだけどね?」
もう少し穏便に事を運ぶことは出来なかったのか。アクセルリスはそう思った。
「さ、後は好きにどうぞ」
「うん、ありがとう」
なにか釈然としない気持ちは抱いたが、まあ良しとすることにした。
無事、アクセルリスはブドウガエル(の眼)を手に入れた。
「今日はありがとうね、ファルフォビア」
「いいよいいよ、困ったときはお互い様だから。でも今度からは静かに来てよね」
「う、分かったって、あはは……」
「ほんじゃ、またねー」
「ばいばーい」
◆
既に時は夕を刻んでいた。
工房に戻ったアクセルリス。いい匂いがする。
「お師匠サマの料理だ……!」
アクセルリスの師──名を《アイヤツバス》と言う。彼女も邪悪魔女の一人である。
その称号は《知識の魔女》。あらゆる知識に精通し、魔法もさることながら料理の腕前も一級品。
アクセルリスは時折、自分なんかがこんなすごい人の弟子でいいのか考えたこともあった。
彼女がアクセルリスを弟子として育てる理由はアクセルリスも未だに知らない──というよりも、一切話さないのだった。
「アクセルリス、ただいま戻りましたー!」
「おかえりなさい。ちゃんと採れたかしら?」
「ええもちろん、ばっちりですよ!」
「ふふ、それは良かった。早速こしらえましょうか」
「はい!」
そうして再び二人は鍋の前に立つ。
アイヤツバスが採りたての素材を鍋に放り込み、何らかの魔法を唱える。そしてアクセルリスはそれを眺める。
今、何をしているのかアクセルリスは知らない。辛うじて分かるのは……何かを錬成しようとしていることだけ。
「……よし、こんなものね」
終わったようだ。気のせいか、液体が輝いて見える。
「さて、夕食にしましょう。今日のメインはあなたの好きなジゴクドリの丸焼きよ」
「本当ですか! やったー!」
リビングに戻るとテーブルにはたくさんの料理。どれもこれもアクセルリスの好物ばかりだ。
「いいんですか……こんなに!?」
「勿論。今日は記念日だからね」
「あああ……ありがとうございます……!」
手あたり次第料理を頬張るアクセルリス。彼女は平均的な体躯に見合わず異常なほどの大喰らいなのである。
「ふふ」
アイヤツバスは微笑む。
食に一生懸命なアクセルリスは見ているだけで癒されるのだ。
結局、料理はほとんどアクセルリスが平らげてしまった。
「ご、ごめんなさいお師匠サマ、全部食べちゃいました……」
「いいのよ、私さっき食べといたから」
「えっ!?」
「こんなこともあろうかとね」
知識の眼の前では、容易く読めていた未来だった。
「全部お見通しだったんですね、あはは……」
「さ、今日はもうお風呂入って寝ましょう」
「分かりましたー」
◆
入浴も済ませ、床に付いたアクセルリス。
気付けば時は既に《ライオンの4》を示している──だが、未だ寝付けない。
無理もない。明日はついに邪悪魔女として認められる日。彼女が大いなる一歩を踏み出す日なのだ。
妄想・想像が止まらない。他の魔女たちと上手くやって行けるだろうか。邪悪魔女としての役目を果たすことが出来るだろうか。
銀色の眼は冴え渡り、夜は更けていく。
──結局、アクセルリスが眠りに落ちたのは《サソリの3》であった。
【続く】
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