剣道ブレイカー・クロニクル
葛原詩賦
第1章 日輪無神流
第1話 謎の剣士(表)
平成が終わるだのなんだのと、僕には関係のない夏。
全国中学校剣道大会。略して『全中』
全国の中学校の剣道のトップを競う大会。
僕はそう思っている。この日の為に、日夜練習の繰り返し。その成果が、この全中で発揮される。
『
とは言うが、総合体育館で行われる大会はまさに蒸し風呂状態。
僕の青春というのは、このクソ暑い中で行われる汗臭い防具や、臭いが沁み込んだ道着と袴。これが全てを物語っている。
去年、僕は全中で、ベスト8まで残った。
部員達は喜んでいたが、僕は全力を尽くせていたのか、正直悔しくて
そのためこの一年はそれ相応の、
中学最後の全中だ。
そして今年の夏。
個人戦の決勝戦まで、何とか登りつめる事が出来た。
正直な話、ウチの中学の剣道部は、弱小チームである。だから団体戦は地区予選で敗退。
しかし顧問の内山田先生は、
「お前には才能がある。個人でもいいから、やれる事だけやってみなさい」
と言われた。
剣道道場の師範である、ご高齢の細川先生にも、
「塚原の太刀筋ならば、全国に通用するだろう。ただし驕る事ないようにな」
と謙虚になる事、そして『剣道』とは何か? という事を小学校から教わった。
剣道は剣の理法の修練である。人間形成の道でもある。
僕は謙虚に相手を称え、自分との戦いでもあると、剣道の理念をそう解釈している。
柔道でも『柔よく剛を制す』の様に、剣道本来の形ではなく『剛』があるのならば、それに相反する『柔』がある訳だ。僕の剣道は『剛と柔の使い分け』に、かなり接点を置いて己の剣道というのを、磨いてきたつもりである。
そんな一年を過ごして、遂に実を結ぶ事になるこの夏。
僕のAブロックの試合は終わり、Bブロックの試合が始まった。
その時僕は試合が眺められるように、総合体育館の二階の客席で試合を眺めていた。
「やったな、塚原。ついに決勝戦だな」
前田もそこそこ強いのだが、県大会個人ブロック、第一回戦で負けている。
一応、部員はギリギリ、五人という部活動としての人数規制は満たしている。
先輩達が卒業して、入部してきたのが三人。
つまり、残されたのは僕と前田二人で、残りは新入部員となるのだ。
これで五人。補欠も用意できない、弱小チームって事になる。
さらに付け加えるならば、新入部員は小学校から剣道をやっていたヤツが二人、中学からの全くの初心者が一人、という内訳。
前田は特に初心者に付きっきりだった事もあり、自分の練習というのは中々出来なかったと思う。
本当は、全中に行けるほどの実力を持っている。
現に去年は全中で僕と同じ、ベスト8に入った
しかし当の本人はそれで満足したのか、
「俺は試合をするより、人に教える方が向いている様だ」
昇段試験の時に、僕にそう言っていた。
だから新入部員の相手をしている時の方が、とても自分らしい気がする、なんて事を
僕からすれば勿体ない気もするが、本人がそういうのだから仕方がない。
だからこうも思える。
敢えて全中を僕に、託してくれたんじゃないか?
いや、それは飛躍しすぎか。
「しっかし、ウチの中学もケチってるよなぁ。全中出場なのによぉ」
「仕方がないんじゃないか? ただでさえ部員が五人しかいない、今にも潰れそうな部だからな。部費だって、去年より安くなっている」
「全中に出てるっていうのにか?」
前田は試合とは関係なく、こんな風にくだを巻いている。
少しでも僕に対して、緊張をほぐそうとしている様子にも思えた。
「ところで内山田先生は?」
「カメラ持って、試合を動画撮影しているはずだよ。ホントありがてぇよな、弱小チームに成り下がった部にそこまでしてくれるなんてよぉ。俺達が卒業したら、三人しかいないんだからな」
前田の気持ちも分かる。
自分達が卒業すれば、部員は三人になってしまう。
内山田先生は剣道経験がない、謂わば指導者ではない。
そんな内山田先生の「お前には才能がある」発言もこう言ったらなんだが、説得力に欠ける。
それでも先輩方が結果を残して、俺達が引き継いだ。そして俺達も結果を残している。
内山田先生も、
「生徒達に協力できる事は?」
そう考えた結果なんだろうと思う。
地区予選からカメラで試合を動画撮影してくれて、後日DVDに移して僕達に渡してくれる。
自分達の試合もそうだが、他校の試合もDVDの中に入っている。これはこれで参考になる。
前田は最初こそ茶化してはいたが、結局それを参考に後輩に指導していたりする。
だから僕は少なくとも、内山田先生には感謝している。
「しかし、ベスト8止まりだった塚原が、決勝戦とはな。どうっスか? 率直な感想は? 勝ちにいきますか?」
まるでスポーツ記者の様に、マイクを持つふりをして、僕に感想を聞いてくる。
「おい、よせよ。少しでも他の試合を観て、自分を鼓舞させたいんだからさ」
「てっきり、ガッチガチに緊張しているかと思ったけど、そうでもなさそうだな」
前田はそう言うが実際のところ、実はひどく緊張している。
まさか自分が決勝まで行くとは、思っていなかったから。
良くてまたベスト8だろうと思った。自分にあまり期待なんてしていなかった。
だが勝ち残って、決勝まで登りつめた。
自分の剣道を信じていない訳ではないが、やはり全中という大舞台。
当たり前の様に緊張してしまう。
この一年を振り返ってもやはりベスト8で満足いかなかったから、練習に練習を重ね、基礎的な体作りも怠らなかった。
特に動体視力を鍛える事に力は入れた。
細川先生に何度も、反復練習をさせてもらった。
「塚原は身長が高い。それは相手を威圧させる事も出来るが、問題は足捌きだ。相手の攻撃を良く見ろ。そしてどう打って出るか、自分で想像するんだ」
想像力ほど、大きな武器はない。
細川先生はそう仰った。
僕の身長は180センチある。確かに背が高いほうである。
要はこの高身長に対して、どう体幹を鍛えるか、そして動体視力を鍛えるかが、僕自身のカギだった。
「おっ? 精神統一にでも入ったか?」
いつの間にか僕は目を閉じて、頭の中で反復練習のシュミレーションをしていた。
前田に茶化されて、初めて現実に戻された。
僕は僕が思っているより、どうやら緊張している様だった。
前田との会話のせいで、ろくに試合を見る事が出来ないでいた。
スポーツ飲料水の入った水筒を持って、試合会場に向かおうとしたその時だった。
会場が大きなどよめきに変わった。
一瞬にして空気が変わった。
僕は慌てて試合会場を見下ろした。
Bブロックの準々決勝。
その光景に僕は目を疑った。
審判員たちが一人の選手を抑え込みに入るが、次々に殴られるか、投げられるか、
僕は慌てて前田の所に戻った。
前田も唖然としている。
「前田、一体何が起きたんだ? 俺は見逃してしまったんだけど、何が起こっているっていうんだ?」
前田は顔面蒼白になっている。
もう一度、試合会場に目をやると、まだその選手は暴れている。
そして僕は一つ、疑問が生まれた。
防具を付けて動きにくいはずなのに、あの身のこなし。
審判員達を投げ飛ばしたりしているのだ。
しかも動きが素早い。
結局相手選手、審判員達が床に転がった状態で、太々しくガッツポーズを取っている。
そうしていると満足したのか、さっさとその選手は試合会場を後にした。
残されたのは、床に沈む選手と審判員達。
異様な光景だ。
全国中学校剣道大会だぞ?
由緒ある大会だぞ?
こんな有り得ない事を、誰が想像するだろうか?
前田にもう一度、何があったのか聞いてみても、何が起こったのかさえ分からない様で説明しようにも、中々言葉がまとまらない様子。
それならば後は、試合会場で動画を撮っている、内山田先生に期待するしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます