【短編】小悪魔系ヒロインが俺の生活を侵食してきて、彼女と修羅場になった

渡月鏡花

第1話 運命?奇跡?の出会い

 ウィーン、ガタン。

 嫌な音が聞こえた時にはすでにエレベーターは止まっていた。


 幸いなことに、現在は15時を少し過ぎた日中であり、暗闇に包まれることはなかった。


 円柱のようなエレベーターの側面はガラス張りになっている。そのおかげで日差しが差し込んでいる。


 それに地上から離れた場所にいるものの、エレベーターが中途半端な階で停電し、停止していることは外にいる買い物客にもわかるだろう。


 きっと長時間閉じ込められてしまうような最悪な事態にはならないだろう。


 とは言っても、厄介な状況に変わりはない。

 何故ならば、この場には俺ともう一人––––いるのだから。

 

 同い年くらいの学生だろうか。

 肩にかかるほどの茶色の髪を靡かせて、女の子が振り返った。


 大きな瞳には、困ったような気配があった。

 オロオロと四方に視線を向けた後でたどたどしく言った。


「……止まっちゃいましたね?」

「そのようですね。配線とかに問題あるのかもしれませんね……ちょっと、緊急連絡ボタン押してみます」

「私の方が近いですから、ちょっと待ってくださいねっ!」

「いや、俺から––––」と言いかけた時には、すでに女の子は緊急連絡ボタンを押していた。

 数秒ほどやり取りをしている時に、チラチラと俺の方を確認するような素振りをした。

 

 話し終えたようだ。

 少し高いヒールで二、三歩ほど俺へと近づいた。

 

「あと10分くらいかかるそうです」

「そうですか……意外と時間がかかるんですね」

「そうですね……」


 女の子は困ったように微笑んだ。

 色白くて小さな手がぎゅっと手提げカバンを握った。

 

 きっと同じくらいの年の知らない男と狭い空間にいることにストレスを感じているに違いない。

 できるだけ無害であることをアピールするしかないか。

 

「……今日はここに何をしに来たんですか?」

「え?」

「俺は本屋に寄ったばかりだったんですよね。プログラミングに関する本を買ったんですけど……」

「あ、偶然ですね、私はファッション雑誌を買ったところでした」

「そうでしたか……だからお洒落なんですね」

「あ、ありがとうございます」


 照れるように頬を赤く染めて、俺から視線を逸らした。

 そして、カバンから一冊の雑誌を取り出した。

 パラパラと早々とめくり始めて、手を止めた。


「……?」

「ここです」


 キュッと言う音が聞こえた時にはすでに近くにいた。ふわりと、柑橘系の香りが鼻腔をくすぐり、僅かにカールした茶色の髪先が踊るように揺れた。


 手を伸ばせば、触れることができてしまうほどの距離。

 先ほどまでの距離感がバグっていないか。


 当の本人は雑誌を差し出したまま、真剣な表情で微動だにしない。

 どうやらこのページを見てほしいと言うことらしい。


 カールした茶色の髪、ぱっちりとした二重、うるうるとした桜色の唇、全てが寸分の狂いなく整えられた端正な顔だった。そして、色白い手はやや露出度の高いドレスのようなものを着た華奢な腰に置かれていた。


 おそらく目の前にいる彼女と同じくらいの身長––––165cmくらいだろうか。


「えっと、この綺麗な女性がどうかしましたか?」


「き、きれいですかっ!?」と若干裏返った声がエレベーター内に反響した。

「ええ」と俺は正直に答えた。

「コホン……わ、私なんです」

「え?……すみません、全然気が付きませんでした」

 

 なんか、めちゃくちゃ恥ずかしそうにカミングアウトしてくるから、こっちも緊張してしまう。

 それにしても目の前の人が俗に言う芸能人という人種なのか。


 始めて遭遇してしまった。


 まあ、だからと言って何もないんだけど、などと思いに耽っていた。


 すると、バサッと目の前で雑誌が閉じられた。雑誌をかばんへと閉まうと、何かを探るように、うるうるとした瞳がじっと向けられた。


「……?」

「少しだけ自信が付きました。ありがとうございます」


「そ、それはよかったですね?」


 何か特別なことを言ったわけではなかったが、おそらくこの時の俺はポカンとしていただろう。


 今になってそう思う。


 そしてこれが彼女––––常盤浅葱じょうばんあさぎと俺––––黒岩藍人の初めての出会いだった。


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