花魁道中夢景色

 ――『異界』。

 ここではないいずこか、此岸に対する彼岸、数多の並行世界。神々が来たる方向、『神隠し』の行く先。私がリーダーを務めるのは、無数に存在するといわれる『異界』を観測して『こちら側』との接点を探ってゆく、国家主導で秘密裏に進められているプロジェクトだ。

 とはいえ、『異界』に赴くのは我々プロジェクトメンバーではなく『生きた探査機』、使い捨ての実験体として選ばれた異界潜航サンプル、死刑囚Xだ。一般には世迷言でしかない『異界』の話にも動じなかったどころか、二つ返事で実験動物扱いを受け入れた、奇人にして変人。そんなXの目と耳を通して、我々は『異界』を知る。何せ、ひとたび『異界』に足を踏み入れれば、『こちら側』では想像もつかない理不尽な出来事に巻き込まれることも十分ありうる、わけで。

 今回だってそう、理不尽というか何というか。言わば「熱を出してうなされている時に見る夢」のような、奇天烈かつ支離滅裂な『異界』だった。

 かの『異界』に降り立ったXの視界に、真っ先に映ったのは華やかな行列だった。Xを含めた見物客たちの前を行く、着飾った和服姿の人々による華やかな行列。その中心にいたのは、鮮やかな青い傘を差しかけられた、一際煌びやかかつ艶やかな姿をした女性だった。その足取りも所作も極めて美しく、花魁道中、という言葉が脳裏をよぎる。『こちら側』の古い風習。高級遊女の頂点たる花魁が、従業員を引き連れて遊郭を練り歩くイベントだ。

 だが、それが花魁道中らしき形をしていたのは、花魁らしき女性がXの前を通過するその瞬間までだった。最初に花魁の形をしていたそれが、人の形を失う。目に映る輪郭が崩れたかと思えば、それはマグロめいた魚の形をとり、その丸々とした身を晒す。傘だったはずの巨大なエイは銀色に波打つ空へと舞いあがり、行列を形作っていた人々も、タイやヒラメ、アジにイカといった『こちら側』でも見慣れた海の生き物へと移り変わっていく。

 道中を見物していた人々は歓声を上げ、めいめいの得物を手に飛び掛かる。こちらでは銛に突かれた魚がたちどころに焼きあがって湯気をあげ、あちらでは刀めいた包丁で切られたものが刺身へと変じていく。果たして、煌びやかな花魁道中は海鮮食べ放題の場へと変じたのだった。

 人であったものが魚に変じ、それを他の人間が食す――どう説明しても頭の正常を疑われる混沌を、しかしXは身じろぎもせず見つめながら、

「おいしそう、ですね。分けてもらえないかな」

 などと、のたまってみせるのだ。

 まあ、Xがエキセントリックなのは今に始まったことではないのだが。

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