大賢者とお片付け
「御主人様、」「御主人、」
その呼びかけで目を空けた。エリザとカチュアの二人が俺を心配そうにのぞき込んでいた。
「ここは地獄かな?」
「開口一番それですか、死にかけたのぐらい思い出してくださいよ」
(死にかけと言うことはまだ生きているのか)
「カチュアは、相変わらず胸が平たい」
「何を錯乱しているのですか平らでは無いですよ。ほら」
心の声が逆になっているじゃないかとアルフォードは焦った。それより無い胸を張り上げて近寄ってくるカチュアが邪魔だ。
「ええ、御主人様と同時に力尽きて倒れましたので。それよりまだ回転しているゴーレムを何とかしてください」
エリザがカチュアをつまみ上げて言う。怪力モードらしい。エリザは今は熊人モードの様である。熊人モードの時は、尻尾と耳が丸くなる。そしてもふもふだ。
「慣性で回り続けているのか?それよりどれだけ時間が経っている」
「三日です。御主人様が目を覚まさないので、三日三晩世話をしましたよ。もちろん下の世話も」
カチュア、お前は余計な一言を付け加えなくて良い。
「それよりゴレームを止めないとな」
俺は起き上がろうとしたが、身体の節々が痛い。どうも倒れるとき身体を打ったようだ。
「御主人、無理をしてはいけないにゃ」
まぁ、この程度ならセルフヒールで直るな。
「セルフヒール」
アルフォードは一瞬で復活した。アルフォードは回復魔法を自分限定でしか使えない。そのため回復役としても役立たずと判断された居たわけだ。
「早くゴーレムを止めないと」
アルフォードは、仁王立ちしてほとんど溶けているゴレームを無理矢理移動させると回転し続けているミスリル鋼ゴーレムを強引に停止した。ミスリル鋼ゴーレムは、その衝撃で分解し、バラバラに砕け散った。
「しかし、川が滅茶苦茶になっているだろうな……恐らく付近の魚が全滅している」
何と言う環境破壊だ嘆かわしい。この地の生態系は崩壊するだろう。それを元に戻すには何年かかるのだろうか?もしかするとヒドラの毒やらなんやらが川に大地に溶け込んでしまっているのではないか。なんと嘆かわしいことだ。もう少しまともな方法は無かったのだろうか電撃魔法や氷の槍でヒドラのコアを一撃粉砕するとか、まぁ出来ないけど。しかし誰がこのような地球にやらしいことを……まぁ俺だけど。偽善者ぶるのはこれぐらいにして、ツケは魔王軍に払わせることにしよう。
「どうりで、魚が取り放題だったんですね」
話を聞くと大量の魚が浮かんでいたので回収して冷凍室に詰め込んだらしい。アルフォードはヒドラが突っ込んだ時点で石打漁みたいなものだろうと言い聞かせることにした。
「いやゴーレムが回転して居る間は、海や川に入ると危ないからね。左右のゴーレムが溶けていたから運良く大丈夫だっただけだから、ヒドラを倒れるぐらいに危険な状態だから。あとヒドラは毒持ちだからね。それに汚染した水が安全とは限らないからね」
ヒドラの毒は体外に放出されると短時間で分解されるが、念の為に冷凍室を確認する必要があった。ギリシャ神話に出てくるヒドラの毒は、ギリシャ最強の英雄ヘラクレスすら殺すもので、解毒不可能なものだった。それを考えると慎重に確認しなければならない。ヒドラについては前世でもこの世界でも本による知識しかない。それゆえ鵜呑みにするのは危険なのだからだ。しかし念の為にゴーレムを回収するとき川下に魔法陣を刻み込んでおいたのは正解だった。水しか通過しない用にする魔法陣により河口や海への汚染は免れたようだ。
「ところでカチュアさん、エリザさん?」
まるでフクロウの様に後ろを振り返ると感情の無い声でアルフォードがつぶやいた。
「「はい、何でしょうか?」」
「この台所の惨状はいったいなんでしょうね」
「御主人様、目が据わっていないです」
アルフォードは、二人寝ている間に料理をしようとして台所道具が半ば破壊されているのを見つけたのだ。エキスパート、一見綺麗に片付けてあるが、アルフォードの目は誤魔化せない。調理用魔道具は破損しているし、包丁はかけているし、真っ二つになっているまな板がゴミ捨て場に捨ててあったのだ。
「そこにお座り」
「ひぃ、お許しを」
カチュアとエリザは主に対して平謝りするのであった。
***
それからヒドラを倒した後の片付けをする必要があった。ヒドラの死骸は邪魔だし、塩小屋を破壊したので作り直さないと行けない。それから塩も調達し直さないと行けない。そんなわけでアルフォードは忙しそうに働いていた。ヒドラを解体して皮、血、肉、魔石、歯、骨などに分解していく。しかし、ヒドラの体液は腐敗毒なので扱いに注意が必要だ。
「御主人様、今日も硬いパンと塩水だけですか?」
「おまえが調理器具壊したんだから当然だろう」
コンロ型魔道具はカチュアによって破壊されたので現在修理中だ。それまで野外で煮炊きしなければならないが今は忙しいふりをしているので飯はパンと塩水だけだ。
「あんまりです」
そう言い残し、涙を流しながら硬いパンを食べるカチュア。
「涙を流すほど硬いパンが大好きだったのか?また焼いてやろう。あ、これは追加だ」
アルフォードは硬いパンの山をカチュアの前にぶちまけた。実際には燻製肉や乳製品が冷室に保存してあるのは秘密だ。
「そんな御無体な」
今日もアルフォードの屋敷は愉快だった。
***
やがて魔王領の使者がやってきた。実際には、やってきたと言うより結界にぶつかって伸びていたのが正解だ。しかたないのでエリザが
「またお前か」
そこに転がっていたのは自称四天王の一人のサキュバス、ナーマだ。アルフォードが言うと手首だけをふって、早く変える様なジェスチャーをとる。
「そんな御無体な。話だけでもさせてください。そうしないと魔王様にドヤされるのです」
「随分ブラックな職場だな」
「これでも前の魔王の時よりは大分改善されました」
どれだけ酷かったんだ魔王とアルフォードはふと考えた。しかし、それはどうでも良い事だと思い直した。
「そもそも原因はお前がポンコツ過ぎるからだろう」
ブラックではなく甘い職場だと考えなおすことにした。こんなポンコツを四天王として採用する職場などこの世界にも魔王領以外無いだろう。魔王領は、どれだけ人材不足なんだよ。
「それより、送り込んだスパイダー・サーペント一〇〇〇体は倒されたようで」
「ん?ヒドラが来たのだが?」
「ヒドラ……そんなもの?送り込んだ覚えがありませんが……少し聞いて見ます……え、スパイダー・サーペントは途中で謎の多頭蛇に絶滅されているですが?……申し訳ありません。こちらの手違いでして野生のヒドラが、スパイダー・サーペントを絶滅させて、こちらに向かってきたらしいです」
――野生でないヒドラっているのか?とアルフォード思っただった。
「それより、魔王様ここに大賢者様が住むことには何も文句も言わないそうです。『そのうち遊びに行かせて貰おう』ということです」
「――来られても困るのだが」
「『面白いものを作っている様だから、観察したい』と魔王が申しております」
「ここ面白いものなど無いぞ。ここにあるのは一般人でも作れる量産品ばかりだ」
「そんなご謙遜を……」
「それより、お前が、魔王に何を言ったのか細かい話を聞こうか?」
アルフォードがニッコリ笑うとエリザが後ろから忍び寄りナーマを拘束する。ナーマはエリザに羽交い締めにされたまま尋問を受けるのだった。
攻撃魔法を使えない転生大賢者 みし @mi-si
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