大賢者と石鹸
「まぁ、それはともかく市場に出回っている石鹸は個体石鹸だよな」
「だからシャンプーや液体石鹸や薬草石鹸を売ろうと言う話です。必ずおしゃれに気をつかう婦女子に売れると思います」
アルフォードはそれは甘いと感じた。商品があっても市場と流通が整備され、消費者がいないと販売先が無いからだ。そして、貴族相手には必ず御用商人が存在する。そして石鹸だけでは商売にはならないのだ。百貨店とは言わない間でも高級専門店ぐらいの品揃えとコネが無いと出入りすら出来ないのだ。しかも市場から買い付けるより、品質も安心できるし、そもそも市場までが遠い。使用人に買いだしに行かせれば屋敷と市場を往復するだけ一日が終わってしまう。そして貴族からしてみれば市場の商人など信用できない。実際のところ産業革命時にロンドンで手に入る市場の白い小麦粉の大半が偽物だったと言われてる。ジャガイモの粉が混ざっているのは、まだ良心的な方で、チョークなどが混ぜられていたらしい。これを中産階級が買ってたのだ。ロンドンでは白いパンを食べるのが裕福の証だったので見栄で買っていたから偽装が横行していたのだ。貴族が、信頼のおける御用商人を利用するのは当たり前と言えよう。ならば市場で売れば良いと考えるがその方に大きな落とし穴がある。
「いいや、なぜ固体石鹸が売られているかと言えば、持ち運びが楽だからだ。連邦で格安で作られているからな。あの国は、年中暖かいおかげで安定して獣脂が手に入る。そして海に面していて海藻も手には入りやすい」
連邦南部は天日塩の産地でもあり海沿いに塩田が多い。その浜には大量の海藻が打ち上げられる。製塩するものに取っては邪魔なので回収が行われている。その海藻は使い道がないので処分価格で農家で卸されていた。
「海藻と石鹸に何の関係があるのでしょうか?」
「石鹸って言うのは草木の灰と油を煮込んで作るのよ。こんな風にな」
アルフォードは
「こんな感じだな。簡単だろ」
「あの誰でも簡単に魔法が使えると思われては困るのですけど」
「これをやるには魔法と錬金術の両方必要になるし、市場で売っている石鹸の100倍のコストがかかっている。問題の一つはそこにある。誰でも作れる様にして大量生産出来ないとコストで勝てない。もう一つは材料の無駄が大きい。海藻灰にしてもそのまま使うのではなくできるだけ不純物の無い状態の中間原料に変換してから分量の計算しないと材料に無駄が出るし、品質も安定しない。差別化するならそこから始めるべきだな。使う灰や油の種類の組み合わせで品質も大きく変わる。しかし一番重要なのは輸送だ」
苛性ソーダ、苛性カリと言う言葉が理解出来そうにないのであえて説明しない。そもそもそれらを説明出来る単語がそもそも王国語に無い。
「輸送に不便だからシャンプーと液体石鹸が存在していないと言うことでしょうか?」
実際のところ液体石鹸は、苛性カリと脂肪から作れる。今の技術レベルでは苛性カリは苛性ソーダより入手しやすい。苛性ソーダは海藻灰が必要になる。一方苛性カリは、その辺に生えている木草灰で十分入手可能だ。
「そう言う事だ。容器に詰めて運んでもコストで負けるからな。そもそも連邦製の石鹸は協商が船で大量輸送しているから輸送費を加えても価格で勝負にならないな」
王国の王都は内海に流れている大河川を上っていくと辿りつく場所にある。内陸にある首都でも人を食わせるために大量輸送の手段が必要で、その手段は水運一択だ。馬での輸送には大量の餌が必要になる。馬の餌も一緒に積むとその分、運べる量が減るし馬の餌代も半端ない。しかも少し進むと関があり税金を取り立てる。街に入るにも入市税がかかるのだ。れらの税の取り立ては徴税請負人が行っているので、相場は胸三寸で青天井にだ。一方、船で運送すると港湾利用料かかるが関は存在しない。港湾利用料は海運ギルドが徴収するので価格は適正だ。さらに王国の場合、外国船には特恵待遇がある。これは国内の商人より海外の商人を優遇した方が国王の収入が増えると言う絡繰りの所為だ。外国の商人が国内で商売する場合、国王の特許状が必要になる。そのため莫大の特許料を支払っている。一方国内の商人は商人ギルドに登録していれば特許状は必要無い。そのため国王が儲かる方を露骨に優遇している。それらの理由により陸路より水運の方が圧倒的に安く輸送出来る。したがって馬車で輸送するものはコスパの良い物品か水利が無い都市への輸送に偏る。水運の便の良い立地にある大都市では陸路は船便に価格で絶対に勝てないのだ。
「そうすると中身より容器の方が重要だと」
「そういうこと。仮に樽に詰めて運んでも最後は測り売りになる。同じ商品を売るときその場で量り売りしないと販売できない商品と手渡し出来る商品どっちが売りやすいと思う?」
「手渡しできる商品ですね。量り売りは品質が劣化するのでは無いかと気になります」
前世に於いてもかつてっは豆腐などは鍋を持っていて買っていたと聞く。ところがパッケージングされて売られるようになるとこのような古い売り方は廃れてパッケージされて店頭に並ぶものばかり売られる様になったわけだ。しかもパッケージングしたものの方が日持ちがし、遠距離輸送に耐えうるから大量生産に向いている。他の付加価値で勝負するならともかく価格では勝負にならない。
「売るためには、まず梱包材を開発しないと行けないと?」
「そういうことだろうな」
「それならポーション容器を改良すれば安く供給出来る気がします。問題は大きい容器をどうやって量産するかですね」
ポーション容器は通常ガラスから作られている。それ自体はあまり高額で売られていない。それはポーションに関しては規格統一が早く、大量生産が確立しているからだ。しかも通常のガラスの製法では不可能の価格で供給されている。その理由はポーション容器ギルドが秘匿しているのだが恐らく錬金術が絡んでいるとアルフォードは睨んでいた。もしその技術を解析できれば大きな容器も大量生産可能だろう。
「それと工場の立地だな。あと、この件は、ポーション容器ギルドに交渉しても無駄だろう」
ポーション容器ギルドは独占の利権を守るのに固執するためにあまりに保守的なのだ。磁器を大量生産するとかと言う手段が現実的だろう。もっともアルフォードは
「ご忠告いたみいります。しかしこの件、貴族向けなら無視できませんか?」
「貴族といっても何処の貴族に売るのだ?王国は貴族の数は少ないぞ。男爵家は300前後、子爵、伯爵あわせて100程度、公爵侯爵は10にみたない。これら全部会わせても450前後。高額商品ならともかく石鹸で稼ぐには少なくとも金貨1枚は取らないと採算にのらないだろう。しかも商品を売り込むのに御用商人にどれだけ心付けすれば良いと思って居るのか?」
「その方法は、ハードルが高いと?」
「非常にハードルが高いぞ。既に販売網を構築していないかぎりな。特に王国ではな」
王国は下手に中央集権化が進んでしまったため貴族は王都に住んでいるが、周辺の交通網が全く整備されていない。しかも、富裕層は貴族と一部の魔法使いのみ。そのため高級品は王都のみで消費される。そのような品物は御用商人を介して売るしか無い。なぜなら王都の平民は、市場の露店店舗で買い物を済ませる。その理由は商店自体がほとんど無いからだ。
「はなから王国での商売は考えて居ません。既に追放された身ですから、しかし商機は何処にでも有るのでは無いでしょうか?」
実のところ王国以外でも貴族相手の商売は似たり寄ったりだ。御用商人として入り込めないと厳しい。その上、市場が小さい。実は、王国は中央集権化が進んでいる分、まだマシな方だ。他の国は中央集権化がまだ終わっておらずう領主貴族が多いので貴族が分散して住んでいる。それらをカバーするのに必要なのは画期的な商品では無い。流通網や情報網の構築を先にしないと行けないのだ。唯一、流通網が発達していると言えるのは諸島協商だがアルフォードのシマだ。そこを紹介する気はない。
「上級階級あいてなら共和国で商売すべきだな。あそこは上級国民が多い。王国の貴族ほどの大金持ちは少ない変わりに小銭持ちが多い。それが首都に集中している。共和国の首都の人口はおおよそ20万。王国の10倍近い規模だ。それを維持する為の商店街が発達している。しかも、どんぐりの背比べの様な小銭持ちが多いからちょっとした事でマウントの取り合いをしたがる。希少で良い石鹸があればすぐ飛びつくだろうよ。前世ではパえると言うのだったかな?そう言う石鹸を売り出せばかならず流行る。もっともそれなりの商品を供給し続けないとすぐ廃れるけどな。特別感を出してやるのがいいだろう。あなたの肌に合う石鹸をお探ししますとかな。概ねよく落ちる石鹸は肌を荒らすし、肌に優しい石鹸は洗浄力が弱い。それらを相手の肌の状態にあわせてえらんでやるとかな」
通称共和国と呼ばれるリベル共和国は、ミトリア王国の南西で国境を接している国だ。ただ共和国と言っても実態は貴族共和政だ。選挙権を持つ一割の上級国民と持たない二流国民で構成されている国なのだ。
「ご忠告おそれいります」
リディアは丁寧にお辞儀した。しかし、アルフォードを研究大好きの狂魔術師と聞いていたリディアはアルフォードがここまで国際情勢に詳しいのを不思議に思った。単純に国家情勢はアルフォードの興味の範囲なので家令を通じて情報を収集しているだけの話に過ぎない。
「しかし、そこまでよくしてくれるのでしょうか?」
「まぁ、こちらも儲かるからな。そのうち分かるだろうけど」
彼女は高級石鹸や化粧水などを売り出すとき、必ず特殊な原料を手に入れる必要がある。しかし、その特殊な原料は、恐らく家令の運営するセバス商会を通じて買うことになる。それはその特殊な原料を安定供給出来るのが家令の差配する商会だけだからだ。
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