大賢者と温室
翌週、牛がドナドナされていきた。到着したのは市場ではなく城の方だ。かなり早く届いたので、アルフォードが屋敷を出たときに既に家令が手配していたのだろう。
(さすが家令、あの二人とは頭の作りが違う)
アルフォードは感心しながら牛をどこで飼うか考え始めた。ファーランドの南部にあるこの一帯は冬でも比較的暖かく、そのため冬越し様の十分な餌は用意できるはずだ。それより今食べさせる餌をどうやって調達するかの方が重要だった。そもそもファーランドが無主の地になっている理由は農業にも牧畜にも向いていないからだ。人間はいざ知らず魔王軍すら放棄するような土地で食糧を集めるのも至難なのだ。小さな集団なら狩りをしながら移動を続ければ辛うじて生活できるが集落に定住になるとほぼ不可能に近い。それは土壌と気候の両方が関係している。土壌は極めて栄養分が少なく、保水力の低い赤土。その上、降雨量は砂漠とまで言わないが年間を通じて少ない。そのため菜園は土ごと転移させる必要があった。
(馬小屋の隣に取りあえず牛小屋を用意するか。畑の作物が出来るまでには早くて三ヶ月、ものによっては半年かかる。放牧するにもそれより後にならないと難しい。牛を城の外に放し飼いするにはリスクが高い。それならば、草を集めてきて一箇所に集めた方が効率がよさそうだ。この辺りだと牛二頭飼うだけでも100ヘクタールの土地が必要になる。その草を集める作業はエリザにやらせれば良い)
アルフォードはそう結論づけると
(
これもオマケ二人がついてきたことによる余計な出費だ。自分の食い扶持ぐらいは働いて貰わないと困る。しかし、狩りをすればあのザマだし、料理をさせると調理器具を破壊してくれる。早めに二人の生活能力を鍛えた方が自分のためになりそうだ。
残念なことにアルフォードにその時間を取る余裕が無かった。新しい生活の準備には時間がかかるのだ。その作業がまだすべて終わっていない。自給自足、地産地消の体制づくりが先決だ。寝てても食べ物が運ばれてくる。そう言う仕組みを作り上げないとファーランドでは自堕落な生活が出来ない。自宅警備員に飯を運んでくる召使いもいなければ、交易すらままならない土地で金は幾ら持っていても意味をなさないからだ。
次にアルフォードは温室を作ろうと考えた。これは菜園拡張計画の一環だ。今の菜園では育てられる作物に限界がある。ファーランド南部が比較的暖かい土地とはいえ、冬越しが必要な作物が冬を越えることは難しい。例えばサトウキビや胡椒のような作物だ。ゆくゆくは熱帯でしか育たない作物も育てたい。そうなると年中真夏の状態の温室も必要になる。その逆に一定温度以下でないと育成出来ない作物の冷室も必要になる。王都より暖かすぎて夏に入ると菜園にある草木で枯れてしまうものが出るかもしれない。
そのために、まずガラスを用意することにした。塩化ビニルでビニールハウスを作る方法も考えた。ビニルは塩と木炭を混ぜ合わせた後、錬金術で融合をすれば製造可能で、比較的簡単に作れるが風に弱い問題がある。ガラスには二重張りにすれば断熱性も耐久性も得られる利点がある。しかし問題は板ガラスを大量生産しないと行けない点だ。
そのため温室より先にガラス工房を作ることにした。アルフォードは凝り性で部品一つ作るのに専用工房を作ってしまうぐらいに凝る悪い癖があるのだ。
アルフォードは、ゴーレムを起動して土地を均すと土壁でガラス工房を作り上げた。ガラス工房の内部は、ガラスを作る炉とガラスを成形するためのスペースで構成されている。
問題は大きな板ガラスを作る方法だ。板ガラスはガラスの中でも作るのが難しい代物だ。通常、ガラス工房で作るものはコップや水差し、花瓶などだ。それらは、パイプに巻きつけた熱したガラスに息を吹き込み膨らませることで製造される。それ自体も難しいのだが、ガラス細工は基本的に空気を入れて膨らませて作るものだ。膨らませずに平らにするのは逆に難しく遠心力で平らに引き延ばしていたようだ。この方法をシリアから伝わったものでクラウン法と呼ぶ。それも完全な平面になるとほぼ不可能で中世ヨーロッパにおいては丸く平たいガラス板を作り、それをヤスリなどで平面になるまで削っていたという。そのヤスリも削れないのでパイプが着いていた部分が突起として残っている。そのようにして出来た板ガラスは直径10cm前後の円形にしかならない。それを束ねて窓ガラスにするには、金属で枠を作り、ガラスをはめ込む必要がある。一枚板の板ガラスを人力で作るのはかなり大変でしかも高い代物だ。しかも透明なガラスを作るのは難しく色尽きの方がむしろ簡単なのだ。なぜなら不純物を取り除くより不純物を混ぜる方が簡単だから。窓ガラスに苦戦していた反面ステンドグラスが発展したのもそのような事情によるものだろう。
しかし人力で出来ないものも科学の力で解決出来る。一般的な板ガラスの製法は、フロート法と呼ばれるもの。溶解したスズの上に溶かしたガラスを流し込み浮力で平面にする方法だ。ガラスよりスズの方が重いのでガラスはスズの上に浮くのだ。これが水だとガラスは沈んでしまう。このガラスは1600℃もあるのでゆっくり覚まして、それから圧延することで板ガラスは出来る。ただこの方法でガラスを作るには600mほどのラインが必要になる。このガラス工房では実現不可能だ。そもそもスペースがない。次にスズが無い。そもそもこの方法は1952年頃に発明されたものなので、まだ産業革命にも達していないこの世界の技術レベルでは実現不可能だ。
アルフォードはこの問題を元素魔法と錬金術を併用することで解決することにした。溶かしたガラスは浮遊魔法で浮かしてゆっくり動かすことで平らにすることが可能。そこに重力魔法を併用することで圧延までを一気に行う。上下に均等に重力を加えることで圧延を行うのだ。圧延したガラスは風属性の魔法でカットしてスライドし重力魔法と浮遊魔法の組み合わせで何層にも重ねていく。積み重ねた状態にしてから氷属性の魔法でゆっくり冷やしていく。常温近くまで冷却した後、ガラスを倉庫までスライドし、浮遊魔法をゆっくりと解除し、割れない用に積み重ねる。この方法でかなり狭い空間でも板ガラスが製造可能になった。
(課題はまだ多い。最大の問題は二つ、一つ目は、この製法は、加熱、浮遊、重力、冷却の四つの魔法を同時使用しないといけない。属性でいえば、火、風、重力の三属性の元素魔法と錬金術が必須。二つ目は製造に魔術師がつきっきりになること。本格的に稼働した場合は24時間稼働が必然になる。そうすると24時間魔法使いが工房に常駐しないといけない。要するに魔法使いにブラック労働を強要してしまう)
アルフォードは思った。大賢者にしか作れないガラスの製法に何の意味があろう。そのためガラスの製法を更に汎用化するアイデアを書き留めていくことにした。ただし、このガラス工房は地消する分だけ製造すればそれで終わりなので当面は問題ない。
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