大賢者と海

 翌朝、家令から念信があったので、牛を番いで二頭送るように連絡した。雌はミルクが絞れる状態のものとしてある。家令との間では念信と言う魔法で手紙をやりとりすることにしてある。念信は情報属性中級魔法の一種で、念話に近い。——と言うより念話の下位魔法に相当する。念信が念話と違うところはイメージが送信される点になる。しかしイメージと言うものは曖昧なものなので、実際にあまり使われて居ない。そのために魔獣が使うものとされていた。それを改良し、専用の魔道具を使って送受信したものだ。一度に描いたものを送信するためイメージを浮かべる必要もなく文字も送信される。そして念話と違い聞き漏らして聞き直す必要も無く、頭の中にウザい声が聞こえない。ちなみに魔道具は念信送受信具と呼んでいて、見た目は複合機のモックの様な姿をしている。アルフォードの発明品の一つだが、まだ販売はしていない。魔道具を固定して使う必要があり、かなり大きいため小型化や低価格化などの課題を抱えているからだ。

家令はこの魔道具を諸島協商の商業ギルドに売り込もうと考えていて調整している最中の様だ。王国に売っても軍事徴用されるだけで全く儲からないのが家令との共通認識だった。そのため国には売らず商人に売ることにしたのだ。


 家令によれば牛と飼い葉を馬車に積んで送ってくると言う。家令には指南盤をいくつかわたしてあり、地図も念信で送りつけてあるので、ここまで来るのはさほど難しくはないだろう。魔獣除けもわたしてあるし護衛を付ければ十分対応可能だ。魔獣より王国の盗賊の方が厄介だろう。


「牛を飼うとすれば塩がいる。製塩場を作るか」


 一説には牛一頭一日80gの塩を必要とするらしい。1年だと60kgほどの塩が必要になる。特に穀物飼料ではなく草だけで育てようとするとより多くの塩が必要になる。草だけだとカリウム過剰になるため、その分、ナトリウムを多く補充する必要があるからだ。流石に、それだけの持ち合わせはなかった。


「御主人、いきなりなにを言っているにゃ。いくら何でも話が飛び過ぎにゃ」


 エリザがびっくりして猫人弁で話し出す。


「そうですよ。御主人様は、少しは常識と言うものをですね。塩などその辺に生えていませんよ」


 この二人に常識と言うものをたたき込みたいのだが、とアルフォードは思った。


「近くに海があるから、塩は取れるぞ」


「海とは何ですか?」


 カチュアは、王都生まれの王都育ちなので海を知らない。王都は、内陸部にあり海からは遠い。川を下っていけば海には出られるが、そこまで辿り着くには何日かかるか分からない。ましてやスラム育ちで王都から出たことが無いとすれば海など知らなくても当然だろう。


「海とは、大きな湖だ。地上一杯水に囲まれていて、その水はしょっぱい。なぜなら塩が溶け込んでいるからだ。逆にいえば海の水を蒸発させれば塩が取れるのだ」


「海——一度見たいと思っていたにゃ」


「それでは釣り竿を持っていかないとな」


「なぜ塩を取るのに釣り竿が居るのでしょうか?」


「今晩の夕飯が海で取れた魚だからだ。釣れなければ今日の夕飯は、昨日の余り物だぞ」


 昨日の余り物と言うのは硬いパンのことだ。それ以外の料理は残さず食い尽くされているからなにも残っていない。


「にゃ、海の魚は美味しいと聞いた事があるぞ、御主人、沢山釣ってくるにゃ」


 エリザは完全について行く気まんまんである。カチュアは海って美味しいのと言う顔をしていたので留守番をさせることにした。


 海までは城から空を飛んで10分ぐらい。川を降ると2時間ぐらいで着く場所にある。


 海岸線は扇状地になっており川を中心に砂浜が東西に広がっている。海岸は川から流れ込んだ白い砂が一面を埋め尽くしており、陽光を浴びてキラキラと光っていた。まるでとっておきの宝箱を空けたときの様な輝きだろうかそれとも祭の帰り道に買った万華鏡を覗き混んだような感じだろうか?海岸には波が激しく打ち寄せており、大きな白波が打ち寄せては引いていた。波音を立てながら何度も打ち付ける波と海面に落ちる陽光が一体化するとその様子はまるで荒々しい海神がその場に降臨したかのと思わせるようだった。鼻腔を磯の匂いがくすぐり、えもいわれぬ気分になる。アルフォードは前世では海に近い場所に住んでいたこともありのでとても懐かしい感じがした。あたかも赤ん坊が母に包まれているようとでも形容すべきだろうか?


 しかし、このような情緒溢れる地の文はこの程度で良いだろう。今からすることは碌なことではないし、作者も説明に飽きた。


「この砂からガラスが作れるのだぞ」


 アルフォードは海岸線に広がる白い砂をすくい取りながら言う。


「砂からガラスが作れるのか?」


 エリザが飛び跳ねながら聞いてくる。海岸は裸足で歩くには少し熱く、靴を履いていても熱が段々靴を熱くしていく。楽しくて飛び跳ねているか熱くて飛び跳ねているのかは見た目には分からない。


「このキラキラ光る白い砂でないと作れないだけどな。こいつでガラス窓でも作ることにしようか?」


「御主人、それより釣り場はどこにあるのか?」


「これだけ波が強いと沖の方まで出ないと釣りは出来ないと思うぞ、それからあっちの岬まで行くかだな」


 アルフォードは、ぱっとみここから60km以上は離れており半ば霧で隠れている岬の方を指した。


「沖の方にはどうやってでればいいのだ」


「船を漕いで出るか、海上歩行をするか、空中に浮かぶかどれかだな」


「後ろ2つの選択肢は無理だにゃ」


 思わず猫人弁が出てしまうエリザ。


「じゃあ、船をまず作らないとな」


「船の材料が無いにゃ。それ以前に船ってどうやって作るのだ?」


「知らん」


「取りあえず、その辺に転がってる貝と海草でもかき集めおいて、ガラスを作るのに必要だから」


「なんか、良い様に使われて居る気がするのだ」


 アルフォードは、エリザにバケツをわたすと潮干狩りに向かわせた。


 アルフォードは考えた。塩を作るには、まず陸地に海水を引き込まないといけない。塩田を作り、そこに海水を流し込んで乾燥させるのも一つの方法だ。そういうわけで、取りあえず塩田を作ることにした。魔法倉庫ストレージの中からゴーレムコアを取り出し、サンドゴーレムを製作する。アースゴーレムを作りたいのだが、土の層を探すにはまず上に乗っている砂をどけないといけない。ならば初めからサンドゴーレムを作った方が効率が良い。


 サンドゴーレムにシャベルを持たせて塩田を掘っていく。しばらく経つと50cmほどの深さのある塩田ができあがった。ここに海水を引き込む方法として満潮を利用する方法があるが実は満潮が何時になるか計算するのが情報属性魔法をつかってもとても面倒くさい。なぜなら月が3つあるからだ。1つならともかく3つの月の引力を計算するのとか面倒すぎる。出来たら三体問題など生じないわなどとにわか知識を浮かべながらアルフォードは魔法で海水を操作して直接塩田に流し込む方法を採ることにした。


 塩田から溝を掘って、1mぐらいの濠を作る塩田と濠の間を布で作った魔法陣で区切る。こうすることで塩田から水だけを絞りだすことが出来る。魔法陣が水だけを取り出すフィルタの役目をしている。そうして吸い取って余った水は使い道が無いので川に流し込むことにする。


 それから30分も経つと塩田から水分が出て行き、べとついた白い山が残る。これをうまいこと処理すると塩が出来る。取りあえずべたつく白い粉は魔法倉庫ストレージに突っ込んでおくことにした。


「御主人、飽きたにゃ」


 そのころカチュアがバケツ一杯の貝殻と海草を抱えて戻ってきた。塩田を掘った残りの塩と一緒に貝殻と海草を回収することにする。しかし、この量ではガラス窓はともかく温室を作るにはあまりに足りないので、後で石灰岩を探すことにする。


 ガラスの主材料は、白い砂、すなわち珪砂とソーダ灰と石灰だ。珪砂は、砂浜の白い砂、ソーダ灰は海草を焼くことで入手可能。石灰は貝殻を砕いても入手可能。つまり海にいけば取りあえず材料が手に入る。


 ガラスを作るには製鉄出来るぐらいの炉を用意する必要なので野焼きでは作れない。錬金術で強引に作る事も出来なくはないが難易度は高めだ。

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