大賢者と魔物

 そうこうしているとカチュアが帰ってきた。


「兎を狩ってきました」


 狩りをしてこいとは言っていないが、狩りをしにいった様である。その兎は、角が生えており、ビッグホーン・ラビットの一種の様だ。しかし、色がおかしく、その兎は紫色にくすんでいた。


「その兎はどうやって狩った」


「毒の刃で後ろからぐさっとです。簡単でしたよ」


「使う毒の種類を間違えていないか?それ強力な腐敗毒だろ。狩りには不向きだ」


 あえて使うなら分解の早い毒だろう。分解されない毒を使う選択肢は無い。事もあろうかカチュアは分解されにくい腐敗毒を使ってきた。生き物を殺した後も効果が続くタイプの毒だ。死んでも継続的にダメージをあたえ続ける。肉は腐敗し、血は凝固する。それを食べた生き物も毒の効果を受ける厄介な毒だ。拡散効果があるため魔獣退治に使われることはある。G退治や蟻退治に使われるアレと同じ仕組みだ。だが食べ物には使ってはいけないタイプの毒だ。


「多分、食べられますよ」


「その肉、毒に汚染されている上に腐蝕しているんだよ。食えるものじゃないだろ」


「では、この肉をエリザに食べさせましょう」


「何、物騒な事言っているのだ。処分するからその兎を寄こせ」


 毒に汚染されないように手袋をして、渋るカチュアから兎を掴みとると角まで腐敗が進んでおり素材としても使い物にならない様だ。仕方無いので毒抜きの魔法をかけてから燃やすことにした。あまりにも致死性が高すぎ燃やすときに毒ガスをまき散らされると汚染が周囲一帯に広まるので先に毒抜きの魔法をかける必要があった。魔力の無駄遣いだ。ちなみに錬金術に於いては、毒イコール量とされている。毒と言われているものでも適正量なら薬とされる。それに中間生成物として毒を利用することが多いので毒の扱いには手慣れている。一方、教会では毒イコール悪とされるので錬金術と教会の相性は悪い。


「お前は屋敷の掃除でもしていろ」


 カチュアは肩を落としながら丘の斜面を駆け上っていく。モット&ベイリーってそう言う城ではないはずだ。一応、駆け上れないぐらいの急斜面に作ってあるし、丘の頂上まで坂があるのだが城と言う概念が壊れそうな気がする。


 毒兎の焼却が終わると、今度はエリザが獲物を持って帰ってきた。


「御主人、大物にゃ」


 興奮した様子でエリザが言う。その所為か猫人弁が出ている。どうやらジャイアント・ポイズン・トードの様だ。確かに大物だし、カエルはたべられなくは無い鳥に近い味がすると言う、だが……。


「力任せに潰したら食えないだろ」


 ジャイアント・ポイゾン・トードの毒は内臓の分泌液だ。食用にするには先にその部分を除去する必要がある。そうしないと肉全体が毒に汚染されてしまうからだ。しかし、エリザはどうやら熊人の力を使って、力任せに殴りつけたようだ。蛙は姿を留めないぐらいにぐちゃぐちゃになっていた。つまり毒が全身にまき散らされた状態だ。これも食べたら駄目なヤツだ。これも先程と同じように確認すると焼却処分した。


「エリザは大人しく馬の世話をしていろ」


「せっかく御主人に喜んで貰おうと思ったのに……」


 そういいながらエリザは馬小屋に向かった。いや喜んで欲しいなら余計なことをしないで欲しい。魔力と時間を無駄にしてしまった。



 アルフォードは思い直して仕掛けた罠の様子を見にいくことにした。城壁が完成したとき、その一部に《誘因フェロモン》の魔法をかけて罠を仕込んで置いたのだ。運が良ければ何かしらかかっているかも知れない。


 《誘因》は、《魔除けの加護》をリバースした下級魔法だ。この魔法の使い道は概ね逃げるためである。追いかけてくる魔物を誘因の魔法で方向を変えさせて、その間に逃げると言う寸法だ。しかし効果を発揮するまでに時間がかかるので突然の戦闘には使えない。作戦決行前におびき寄せる場所に誘因の魔法をかけて、一匹引っかかれば幸運なぐらいの魔法だ。そのため実際の戦闘では戦士タンクに《挑発》を使う方法が主流だ。さらにこの2つの魔法は根本的に異なる。《誘因》は風属性の元素魔法の一種で、《挑発》は神聖魔法の一種なのだ。目標が対物と対人の違いもある。《挑発》は元々聖騎士がごく初期に学ぶ魔法の一つだ。特に法王国の聖騎士は最初に覚える神聖魔法として《回復》では無く、《挑発》と《頑強》の二種類の取得を推奨されている。要するに《誘因》は使い所が少ないので人気の無い魔法の一つだ。


 その《誘因》を城壁の一箇所にかけておいた。これは結界を張り終わる前に魔獣が現れた時の時間稼ぎのため。そこに運が良いことに城建てている間に濠にワイルドボアが突っ込んでいた様だ。ワイルド・ボアと言うと魔獣っぽく聞こえるが単なる猪。つまり普通に食べられる。しかし魔獣では無いとは言え素人が素手で戦える相手では無い。しかも猪と呼ぶにはサイズが大きく体長4m体重1tぐらいはありそうだった。ジャイアント・ワイルド・ボアと呼ぶべきだろうか?そのワイルドボアに《誘因》が効いたのか、罠に全力疾走で突っ込んでいったらしく即死の様だ。この程度なら版築と強化魔法を併用した城壁はびくともしない。ダンプで特効しても大丈夫な様につくってあるからだ。1tのワイルドボアが突っ込んでも、10tを越えるダンプが全速力突っ込んでくる事を考えれば些事にすぎない。この誘因、獣狩り用の罠に使えそうなので、また使うことにした。しかし、既に結界の魔法が貼ってあるので城壁に突っ込ませる方法は使えないので別の場所に狩り場を用意する必要がある。


 それからワイルドボアを素早く血抜きすると重力魔法で持ち上げ、ベイリーに持ち込み解体することにした。水車小屋の管理者と言うのは、水車の管理や修理だけではなく、粉を引いたり、染料を潰したり、皮なめしなどの作業があるので解体にも通じている必要があるので、一通りの作業は覚えていた。国によっては死刑執行をおこなうこともあるらしいが、中央集権化が進んでいる王国では領主裁判権が無効になっているため犯罪者は正規の裁判を受ける権利があり、国の裁判を受けないと死刑の執行は出来ないのでそのようなものは無かった。


 このワイルドボアは流石に三人でも食べきれない。残りは、燻製や干し肉にして保存しておこう。そういえば、鍛冶場や加工場も作らないと行けないし、他の施設を作らないといけないな。そう考えながらアルフォードはワイルドボアを解体していく。骨はゼラチンの材料やスープの出汁に使えるし、肥料にも使える。ファーランドの土壌はリンとカリウムが不足しているので動物の骨は貴重な肥料になる。皮はなめせば革製品の材料に使えるので錬金術で処理しておく。

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