大賢者と家令

 ここはアルフォードの屋敷である。とはいえ国から貸与されていたものなので罷免されたアルフォードは屋敷から退去しなければならないのである。アルフォードは執務室で家令と話していた。


「御主人を執務室でみるのは何年ぶりでしょうか?」


 家令が嫌みっぽく言う。なお家令の名前はセバスではない。


「さすがに年単位では無いと思うぞ。執務などしないから必要ないだけだ。執務は家令のお前がやっておけば問題だろう」


「それはともかく、久しぶりに執務室に来られたと思えば罷免されたから屋敷から出て行くとは笑えないのですけど」


「俺が屋敷にいてもする事など無いだろ。菜園の世話ぐらいだ。それ以外は寝る場所にしか過ぎないし、国王が国の沽券に関わるからまともな家に住んでくれと押しつけられただけだもの。俺は別に川辺の水車小屋でも馬小屋でも構わなかったのだぞ。無道な国王に振り回せる俺は被害者だ」


 菜園は錬金術に用いる触媒などを育てている場所である。回復に使われる薬草は基本として希少なハーブなどを育てている。また香辛料や異国の食物まで育てているので見た目はかなりカオスである。この場所は使用人も基本立ち入り禁止であり、アルフォードがほぼ全ての面倒を見ている。


「思ってもいないことを取りあえず口にしてみるのは辞めた方が良いと思いますけど」


 さすがに馬小屋は勘弁だな——とアルフォードは思い直した。


「それより屋敷を封印したあとの使用人達の去就の話だが、一年分の給与を前払い、次の職場を斡旋で良いだろうか?」


「流石にそれは手厚すぎませんか?1ヶ月分の給与で十分過ぎると思いますけど」


「前の世界では普通にある話だけどなぁ……ブラック企業では知らんけど」


「……御主人は、時々不規則発言をしますね。まぁ過剰過ぎるのはともかくこの屋敷に人が集まるのは、過剰過ぎる賃金と待遇のおかげなので、畳む時も少し過剰でも構わないでしょうね。初期に貴族の反発が大きく嫌がらせされたのをお忘れでしょうか?もっとも近ごろは、あそこの屋敷の主人の頭がおかしいだけだと諦められているみたいだが」


 家令はあえて前の世界と言う言葉を無視した。この手の不規則発言さえなければ良い主人なのだが、と家令は考えた。それにしても、この御主人は気前が良すぎだ。相場の二、三倍の給与を提示し、週に二日も休暇を与えるなど、あまりに待遇が良すぎるので周囲の人材を刈り尽くすので近隣の貴族から苦情が来ているのだった。いくら苦情を申して立ても俺の世界ではこれが普通だと不規則発言を繰り返すだけで、取り合わない。実際のところこの主人は頭がおかしいのか、気前が良いのかよく分からない。それでも金払いも良く、全面的に信頼されており金は出すが口をあまり出さないので良い主人には代わらない。


「それもまた戦略だよ。大体、こんな屋敷は給与が良くなければ来ないだろ。俺の二つ名は欠陥品の大賢者だぞ。そんなところで働きたがるやつは少ないよね。働いてもステータスにもならないのだから、その分待遇を良くしないと人が来ないないだろ」


 家令は流石にそれは無いと思った。欠陥品だとしても大賢者は国内に一人しかいないのだから十分ステータスになるのだ。家令は御主人の自己評価の低さが少し気にかかった。それが高給で使用人を募集するから倍率は極めて高い。この間も公爵家でメイド長をしていた熟練メイドが下働きでも良いから雇って欲しいと頼みこまれたぐらいである。もっとも屋敷を畳むことは主人からあらかじめ知らせれており、人員も充足しているので断ったのだ。


「ついでに身元調査もいい加減ですよね。才能さえあれば出自を問わないとか言いはじめたら貴族令嬢は普通さけます」


 貴族社会の使用人は出自がかなり重要になる。家の財産を勝手に盗み出す素性が怪しいものは雇えないからである。それ以外にも敵対派閥からスパイを送り込んでくるケースもある。そのため使用人に雇えるのは最低でも三代以上男爵の血筋の直系のみと言う制限を設けている家すらある。それでも経歴ロンダリングで入りこんでくる連中までは排除できていないのが現状だ。


「出自だけの役立たずはこちらから願い下げだからな。それより仕事が出来る奴が欲しいからな。大体金があるやつは仕事より夢を諦めたくないといって辞めてくだろ。金目当てに来る奴を集めるための戦略だと以前にも言っただろ。実際のところ相場の二倍の給与を払っているが、使用人達は、それ以上に働いてくれるから必要な使用人の数は1/3で住んでいるから安上がりだぞ。見栄で数を雇う必要もないからこの人員でも十分仕事は回るだろ」


「それを他所に聞かれるとまた恨みを買いますよ。人件費がさほどかかっていないのは確かですけど……」


 御主人の言うとおり、あれだけ大盤振る舞いしているのに関わらず人件費は同規模の他の屋敷より安く抑えられていた。平均の半分以下と言うところだろうか?しかし、どうして賃金を上げると人件費が下がるかは家令にもよく分からなかった。恐らく菜園以外に興味が無いので見栄を張るための調度品や食器の管理や調理人に人員を割かないからだろうと家令は納得していた。


 しかしアルフォードは別の考えに基づいていた。重要なのは生産性である。沢山人を雇っても生産性が低ければ意味が無い。他の屋敷のメイドは一日の半分以上は暇を持て余していることをアルフォードは体感的に知っていた。その時間も働かせれば元は取れる。シフト制を引いて拘束時間を減らし単純作業については魔道具で自動化すればその分人も要らない——などと言う身も蓋もない理屈に基づいていた。


「そういうわけで、それで後は任せる。そもそも国から貰った金など要らないからなぁ、いっそのこと全部配ってしまってもいいぞ」


「それで、その後、私はどうすれば良いのでしょうか?」


 家令は家を封印した後の自分の処遇について主人に尋ねた。


「ん、お前には財産管理を任せるからいとまは出さないぞ」


「それは瓶を水に詰めて転売する仕事で儲けた金の話ですか?確か原価の100倍以上の値段で売りつけていますよね。あの金の管理をしろと言うことでしょうか?」


「失礼な、それは発明に対する正当な対価だ。それにその値段でも未だ安いぐらいだ。只でさえ市場を荒らしているのに価格破壊まですると更に恨みを買うからな」


 アルファードが商人に卸しているスタミナ・ポーションは高級品として卸していた。そのため通常のスタミナ・ポーションの倍の価格に設定してあるのだ。それでも飛ぶ様に売れている。特に王宮と魔法省では必需品とされているらしい。何でも三徹でも万全に働けるとか言う話だが、そんなことをするぐらいならちゃんと休んで寝た方が効率は良いと思う。このポーションは、冒険者が手段の一つとして使うものだと思うのだが、この国のスタミナ・ポーションの使い方はあまりにおかしい。懐が潤うから別に構わないのだが。


「まぁそれは仕方無いですね。これ以上、恨みを買ったら戦闘力皆無の御主人は明日には死体になって転がっているでしょうし」


 家令は、うんざりしたような顔をしていた。どちらかと言うと御主人が死んだことを想像すると言うより、死体を片付けるのが面倒くさそうな顔だ。


「じゃあ、後は任せた。俺はすることがあるからな」


「それって土いじりですよね。今やる必要があるのでしょうか?」


「大きなお世話だ」


 家宰の仕事は全て家令に任せてあるので、俺がする事は無いのだ。余計な口出しをして周りを混乱させる方が問題なのだ。

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