三馬鹿との結婚式とその経緯

onts215

三馬鹿との結婚式とその経緯



 最近、あいつらの様子がおかしい——気がする。



 というのも俺が魔王を討伐とうばつしてチヤホヤされるようになってからだし、突如とつじょ問題を起こさなくなっただとか分かりやすく変わったという訳でもない。

 ただ雰囲気ふんいきがなんとなく、なんとなくだが、変わった気がするのだ。











「カズマさーん?」


 ドアからアクアが顔をのぞかせた。

 いったい今度は何をやらかしてきたんだ?

 俺は魔王との激戦げきせんで心身共に疲労ひろうしているんだ、めんどうな事はしたくないのだが……


「なんだ、また問題でも起こしたのか?俺は魔王と戦った時の疲れがまだ残ってるんだ。これ以上何かあるならゼル帝を唐揚からあげにするぞ」


 正直なところ、外は寒くてあまり出たくはないだけなのだが。


「違うわよ!違うからゼル帝を食べようとしないでちょうだい」


 と、ついにアクアも唐揚げのことには触れずに言ってきた。

 コイツもとうとうゼル帝をにわとりだって認めたな。

 まあそういう発言をして来るってことはまだ問題を起こしてないって事か。


「じゃあなんだよ?俺は疲労回復にいそしんでるから手短に頼むぞ」


 きっとまたくだらないことで俺の睡眠を妨害するつもりなんだろう。

 もしそうだったら今度こそゼル帝を唐揚げにしてやろう。


「アンタねえ、魔王が倒されてからもう1ヶ月も経ったのよ?……まあいいわ。カズマのヒキニートっぷりも今に始まった事じゃないし」


 このやろう……。

 本当に唐揚げにしてやろうか、それとも大事にしてたシュワシュワを飲んじまおうか。


「あのね、久しぶりに二人で美食巡びしょくめぐりにでも行かない?」


 ……?

 アクアにしては珍しく普通の話だった。

 そういえば少し前に店に入ってはシェフを呼んで料理を評価する遊びを二人でしたんだったっけ。

 ダクネスとめぐみんには呆れられてたけど結構楽しいんだよな、アレ。


「別にいいけどあれからそんなに時間経ってないぞ?」


 アクセルの街にある店を片っかたっぱしからアクアと回ったから行く店なんてもうないと思うのだか…。


「知らないの?魔王が討伐されたから今後こんごアクセルをふくむ多くの街でどんどん人口が増えていくだろうって最近は色んなお店が少しずつ増えてきてるのよ?」


 そう言われてみればアクセルの街が最近なんだかいつも以上にさわがしかったような…?

 でもその事をアクアが知ってて俺が知らないなんてなんだかムカつくな。


「ほーん、そういう事なら明日辺りに行ってみるか」


 俺は気だるげにそう言った。


「ほんと?じゃあ明日だからね!忘れてたりお昼になっても寝てたりしたら許さないんだから!」


 ハイハイ分かりましたよ……。

 にしてもあいつ、みょうり切ってるな。

 そんなに評判の良い店なのか?






「「ただまー」」

「ん、遅かったな。おかえり」


 腹をたした俺たちが屋敷やしきへ帰るとダクネスがむかえてきた。

 あれ?めぐみんがないな。

 爆裂魔法ばくれつまほうの音は昼前に聞こえたし……ゆんゆんをからかいに行ってるのか。


「めぐみんを探しているみたいだがめぐみんは今いないぞ」

「カズマさんったら聞いてなかったの?朝、めぐみんが今日はゆんゆんと爆裂散歩に行ってそのまま泊まってくるって言ってたじゃないの」


 そういえばそんなことも言ってた気がする。

 きっとアクアに叩き起されてぼーっとしてたんだろう。




「それで、カズマ達はどうだったのだ?あの店は結構な人気だったと思うが」




 それにしても……うーん。




「美味しかったわよ。女神アクアの名において星4つを与えといてあげたわ!」




 やっぱりアクア、何か変わったような……?

 勿論もちろん今日も問題を起こされて初めて行った店でアクアのツケを払わされたり、美食巡りに誘ってきたあいつが金を持ってきてなくて俺が払う羽目はめになったりしたのだが、やっぱりいつもより——いや、魔王を討伐してから雰囲気が違うような……。




「――マ?…ぃ、………ズマ?……おい、聞いているのかカズマ!」

「えっ?あ、あぁ」


 ダクネスが心配そうに俺を見つめて声をかけてきた。

 コイツも見た目はドタイプなんだけどな。

 貴族の令嬢れいじょうがどうしてこんなになったんだか。


「カズマったらどうしたの?何か変なものでも食べた?ひろいでもしちゃったの?」


 んなもんするか。


「いや、ちょっとな……」


 少し気分が悪いかもしれないとダクネスとアクアに伝えた俺は夜ご飯を食べた後、自室じしつに戻りこのモヤモヤを解消かいしょうするべく物思ものおもいにふけっていた。




 そう、アクアについてだ。

 アクアのやつ、チラチラと俺の顔色かおいろばっかりうかがってるし……。

 もう長い付き合いなんだから言いたい事があるなら言えばいいのに。

 ホントになんなんだ?

 エリスに相談したら、なんだかはぐらかされるし。

 前なんか屋敷に帰ろうとしたら「もうバカな事口走ことくちばしらない?」って言ってたからなぁ。

 バカな事って言ったってなあ。




 ……はぁ、現実逃避げんじつとうひはやめよう。



 自分に正直になれ、佐藤和真。



 俺もどこかで分かってたハズなんだ。

 俺は、口ではなんだかんだ言いつつもアクアを——







「か、カズマー?」


 ――ああああああああぁぁぁ!


 今俺とんでもない事考えてなかったか!?

 気のせいだな。

 久しぶりに外に出て疲れていたに決まってる。

 そうでなきゃおかしい。


「おいカズマ、大丈夫か?」


 俺が羞恥しゅうちで転げまわっているとダクネスがおそおそる入ってきた。


「ああ、大丈夫だ。少し考え事をしててな。で、ダクネスはなんの用だ?めぐみんがいないからってまた夜這よばいに来たのかよララティーナ」


 夜に誰か来るとロクなことがない。

 俺はアクアと違って学習するんだ。

 そう茶化ちゃかすとあんじょう、ダクネスはいきおいよく反論はんろんしてきた。


「お前がさっき気分が悪いと言っていたから心配して来たんだ!一応入るとことわりを入れたぞ?何を考えてたか知らないが聞こえてなかったようだがな。……さっき部屋からカズマの奇声きせいが聞こえてきたが、何事もなくて良かった」


 部屋かられちゃってたのか。

 声に出すつもりは無かったんだけど……本当にさっきはどうかしてたな。うん。


「悪いな。心配かけて」

「いや、私が心配し過ぎていただけだ。気にするな。……ところで、少しいいか?」


 そう言ってモジモジと……


「お前、急になんだよめぐみんみたいに。俺も学習してるんだからな?思春期の童貞どうていでもそんなにチョロくないんだからな。まどわされねえぞ」


 魔王討伐してから前からめだっためぐみんもさらに攻めにみがきがかかっている。

 ダクネスも何かとかこつけて酒を二人で飲もうだの背中を流してやろうかだの言われてサキュバスさんのお世話になる回数がどんどん増えてきている。

 しかも夜になってから言われるとサキュバスさん方も仕事に出向でむいているからタチが悪い。

 おかげで眠れない一夜いちやを過ごす羽目はめになることもある。


「お、おい、今は私と話してるんだぞ。なにもめぐみんの話を持ち出さなくていいじゃないか」


 顔をより赤くして、ねたように言ってきた。


「今日は酒を持ってきた。話したいことがあってな。丁度ちょうどいいと思ったんだ」


 ――あれ?やけにダクネスがしおらしいじゃないか。


「お前は最近緩さいきんゆるみすぎている!」


 気のせいだったようだ。

 唐突とうとつにそんなこと言われてもなぁ……。


「夜はフラフラ何処どこかにまってきたり、昼間からギルドに行っておごったりんだくれたりと勇者の風上かざかみにも置けないぞ!」


 最初の話題がソレ?

 もうちょっと他になかったのか。


「世界を救った勇者様が実際じっさいはこんな生活を送っていることを知られてみろ!」


 ……というか、顔が羞恥とかじゃないような赤さじゃないか?

 さては来る前に飲んできたな?


「別にいいだろ!こんな機会きかい滅多めったにないんだから!魔王を倒したご褒美ほうびだ。今まで俺の話を聞き流してた知り合いの女冒険者も最近では積極的に話を聞きに来るんだからな!」


 俺のモテ期を邪魔じゃまする奴は誰であってもだんじて許さん。


「お前は弱いんだ!もし女冒険者におそわれでもしたら抵抗ていこうできるのか?お前は手首でも拘束こうこくされたらロクな抵抗ができんだろう?」


 俺は勇者だぞ。そんなもん……


「お前は筋力でもめぐみんやアクアに劣るんだ。機転きてんがいいとは言え痛い目にあうのは目に見えている!」


 ……。


「俺はそんなんでついて行くほどチョロくねーよ!お前、俺に下心したごころ無しで近づいてくるヤツなんかいると思ってるのか!?はいはい、理解してますよーだ。俺がなんの理由もなしにれられることなんてないってな!分かったなら謝って!こんなこと言わせてごめんなさいって謝って!」


 俺はアクアの口調を真似まねながらダクネスに謝罪しゃざい要求ようきゅうした。

 なんだか自分で言ってて悲しくなってきたな。


「す、すまない。私も少し過保護かほごだったのかもしれない。だっ、だが!実際に最近は女冒険者の間で玉の輿こしを狙ってお前に話しかけるやからが増えていると聞く。……それにいている男が誰かに取られそうになるとあせってしまうのは当然だろう……」


 ダクネスが再びモジモジとそう言ってきた。

 最後の方は小さくて聞き取れなかったが、なんだか話の流れがヤバイ気がする。

 この話を続けたらダメだと俺のチキンハートがうったえている。


「なんなの?ツンデレなんですかー。お前アレだろ。なんだかんだ言いながら結局俺がみんなにチヤホヤされててヤキモチいてるんだろ。最近お前にかまってあげられなかったもんなぁ!俺の事好き過ぎるだろ!好きなら分かりやすくアピールしてみろよ!」


 よし、こう言えばダクネスも恥ずかしがって何も言わなくなるか話をらすだろう。


「ち、違――!?私はただお前を心配してだな……」


(いや、カズマの言ってきたことは合っているといえば合ってるのか?ヤキモチ妬いてるというのも否定できないし……でも……)


「ああ、もういい!鈍感どんかんなお前にも分かるようにハッキリ言ってやる!」


 何かブツブツ悩んだ後にダクネスはそう言った。

 えっ、言っちゃうの……?


「えっ、言っちゃうの……?」

「そ、そうだ!普段ふだんは私の嫌がる事を的確てきかくに見抜いて実行してくるくせにこういう事はにぶいお前が悪い!」


 理不尽りふじん


「……私はお前に告白して振られたのも分かっている。理解はしているがあきらめきれないんだ!どうしてくれる!お前が他の女と話していれば妬くし、お前の口から他の女の話をされれば不機嫌ふきげんにもなる!たまには2人きりで話をしたいと思うし、もっと構って欲しいと思っている!」


 顔をさらに赤くして開き直ったように言ってきた。

 コイツってこんなに乙女心あったっけ?

 あったわ!

 可愛い服好きだし!




「……私はお前が、好きなんだ」




 普段からは考えられないようなとてもんだ目で真っ直ぐ俺を見つめて言ってきた。

 ヤバイ。

 ものすごく《うれ》嬉しい。




「私はお前がいい」




 本当に嬉しいのに……




 ヤバいくらいに、胸が痛い。

 苦しい。




「私はこれからもお前をおもい続けるだろうな」




 正直、前にダクネスから告られたのもあって、めぐみんがいるのにも関わらず、最低だがダクネスを意識しているのも事実だ。




「私じゃ、ダメか……っ?」




 と、震えた声で前と同じような事を言ってきた。




 畜生ちくしょう

 ラノベの様に。

 漫画の様に。

 アニメの様に。

 どこかのハーレム系主人公の様に。

 あんな風だったならどれほど良かったか。

 魔王を倒しても変わらない、この世界は俺に対して恨みでもあるのかと問いたい。

 都合つごうのいい世界だったらこんな事にはならなかっただろうか。

 俺は泣きそうになりながら、不安げにれているダクネスの目を見つめ。




「ダクネス」




 ダクネスが息をんだのが手に取るようにわかった。




「まず、ありがとう。お前みたいな綺麗な年上の人に好かれて2度も告白されるなんて、夢にも思わなかった。本当に嬉しいんだ」




 ダクネスが俺の言葉を聞き逃すまいと真剣に聞いてくれている。




「でも……













 ごめん」




 今回は前のようにこれだけでは終わらない。




「最近になって気づいたんだ。まだ俺は『好き』の判別はんべつが付けれてない。お前らのと関係もハッキリと言葉に出来ずにいる。しかもめぐみんとお前にあんな事言っときながら、だ。いい加減キリをつけないといけないって分かってる。だから……我儘わがままかも知れないけど時間が欲しい。考える時間が」




 俺が一通ひととおり言い終えると。


「……あぁ、わかった。言いたい事は沢山あるが今はそれでいい。別にお前がぐに返事出来ないことも想定そうていしていたからな」


 なんだろう、自分でも面倒くさいのはわかってるがそれはそれで……。


「そう拗ねるな。私は言いたい事は言ったからもう寝る。おやすみ。……、……明日は久しぶりに一緒に朝食でもとろう」


 ダクネスは俺の微妙びみょうそうな顔を見て微笑ほほえんだ。

 安心と不思議な暖かさを合わせたような笑みを。


 そしてダクネスは部屋を後にした。

 部屋には優しい甘い香りとまだふうを開けていないシュワシュワが残っていた。






 寝れない。

 すでに太陽がのぼりかけている時間、俺はずっと先程さきほどのこと考えていた。

 もういい時間だし起きるか。


「おはよう」


 リビングへりるとダクネスが早くも紅茶を飲んでいた。


「今日は早かったな。一緒に朝食でもとるか」

「早いも何も、お前が昨日あんな事言うから寝れなかったんだぞ」

「……今日は私が朝食を作ってやろう。お前たちに普通と言われたあの日から料理の腕を磨いてきたんだ」

「おい、話を逸らすな」


 昨日のことが恥ずかしくなってきたのか話をなかったことにしようとするダクネス。

 まあ、いいか。

 俺もあまり今は余計な事を考えたくない気分だし。


「ご飯は俺が作るよ。だってお前が作ると普通なんだもん」

「わ、私だって成長するんだ。今度こそは美味しいと言わせてやるから私に作らせろ!」


 なお食い下がるダクネスを宥めつつ朝食を作る。

 結局ダクネスが紅茶を入れ、俺が朝食を作ることとなった。






「ただいま帰りましたよー」

「おかえりー」

「おかりー」

「おかえり」


 お昼時、ゆんゆんの家に泊まっていためぐみんが帰ってきた。


「今日は起きるのが早いのですね」

「そうよね。いつも部屋にこもりっぱなしのカズマさんが朝からリビングにいるのはおかしいわ」


 やかましいわ。


「まあ、ちょっとな……」

「ま、まあ、カズマにも何か理由があったんだろう」


 俺が言葉をにごしダクネスがそれを援護えんごするとめぐみんが少しいぶかしんだ。


「まあいいです、そういえば王城から手紙が来てましたよ」

「めぐみん、ちょっと見せてくれ」


 と、食い気味にダクネスが言った。

 コイツ、また俺に手紙を読ませない気か?


「おいダクネス、俺にも見せろよ。可愛い妹が書いた手紙なんだ。見せないって言うなら力ずくでもうばってやるぞ」

「見せるがまずアイリス様の妹呼ばわりをやめろ!」

「カズマさんをお兄様呼ばわりなんてあの子も変わった子よねー」


 妹を妹と呼んで何が悪い。


「いひゃい!いひゃい!ほおを引っ張らないで!」

「ああもう、3人ともうるさいですよ!喧嘩けんかするほどなら私が先に読みますね」


 俺がアクアの頬を引っ張っているとめぐみんが先に手紙を読み出した。


「……、……別に普通の手紙ですよ?これだけでは何故なぜダクネスがカズマに手紙を読ませないようにするのか分かりません」


 めぐみんが不思議そうにする中、俺は手紙をのぞき込んだ。


拝啓はいけい こがらしが吹き、雪精達も随分ずいぶん見られるようになる季節となりました。

 こうして手紙を差し上げたのは他でもなく、お兄様方が魔王を倒したのを知り、それを祝い王城にて祝賀会しゅくがかいを開くべく、お兄様方をおさそいするために出させていただきました。

 王都も魔王軍の被害を受けたため、お手紙を書くことを遅れたことをおび申し上げます。

 私としましては一刻いっこくも早くお兄様にお会いしたかったのですが、お城も被害を受けてとてもじゃありませんが招待できる状態ではなかったのです。

 まだまだ伝えたい事や聞きたいことがあるのですが、それは直接会ってからのお楽しみにしておきますね。

 では、お兄様達にお会いできるのを楽しみにしています。

 貴方と貴方の周りの方々が幸せにらせるような国を実現じつげんできるよう―― 敬具けいぐ


 ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス』


 王都の被害ってどのくらいひどかったんだ?

 まあ、アイリスが無事なら良かった。

 今から会えるのが楽しみだ。

 今回はどんな話を聞かせてやろうか……魔王を俺が勇敢ゆうかんに倒した話は勿論、ダクネスとめぐみんが俺を取り合っている話もいいし、アイリスの事を聞いてもいいな。


「……めぐみん、アクア。後で私の部屋に来てくれ」

「別にいいですけど、何もダクネスの部屋でなくてもいいではないですか」

「えー、私は最近買った新作のシュワシュワを飲みたいんですけど。それにカズマさんが暇しちゃうじゃない」


 俺が考えているとダクネスがめぐみんとアクアを部屋に誘った。

 話の流れ的に手紙に関係する事のようだが何故ダクネスの部屋で三人で話すのかが分からない。

 もしかしてまた王城に俺を入れないための作戦を三人で組むつもりなのか?


「おい、ダクネス。俺は絶対にアイリスに会いに行くからな」

「わかっている。どうせお前は前回のように結局はアイリス様と会ってしまうんだ。無駄むだ抵抗ていこうはしないさ」

「じゃあなんだって言うんですか?」

「女子会だ、女子会」

「……分かりました。アクアと一緒に伺いますね。カズマはその間ちょむすけとゼル帝のお世話をお願いします」

「ちょ、ちょっとめぐみん。私は行くとは言ってないわよ?」

「高級シュワシュワをダクネスが買ってくれるそうですよ」

「女子会、楽しみねー!」


 アクア、チョロ過ぎだろう……。



 ダクネスがめぐみんにアイコンタクトを送ったように見えたのは気のせいだろうか。







 夜。

 ゲームガールで遊んでいると不意ふいにドアの向こうから声がした。


「カズマー?少しいいですか?」

「カズマさんはもう寝てるよー」

「起きてるじゃないですか!入りますからね」


 夜に来られるとロクなことがないんだけどな……。


「で、なんの用だ?」

「……今日あなたは何故早起きだったんですか?」

「別にいいだろ!わざわざそんな事を聞きに夜に俺の部屋に来たのか?」

「違いますが……」


 既視感きしかんのある赤くモジモジした様子を見ると本当に最近、俺はどうしてしまったのかと思う。


「アレだ、ダクネス達との女子会とやらはもう終わったのか?」

「アレですか。終わりましたよ」

「結局なんの話をしたんだ?」

「……魔王を討伐した勇者がもらえる権利についてです」


 権利か…やっぱりあれか?

 より多くの勇者の血を残すためにハーレム婚が許されるとかなのか?


「くだらない事を考えていそうですが、少なくともハーレム婚ではないですよ」


 何故考えている事が分かるんだろう…そんなに分かりやすいかなぁ……。


「好きな人が考えている事なんですから分かりますよ」


 誰かを好きになるとそんな能力がつくのか……。


「権利というのは、勇者と王女が結婚出来るというものです。あの子は私に匹敵ひってきする程の強さです。それは代々勇者の血を受けいできたからなのでしょう」


 マジで!?

 俺、アイリスと結婚出来る権利が貰えるの!?

 でもなぁ…可愛い妹と結婚か。

 日本だと捕まるな。

 いや、めぐみんとどうこうという時点じてんで捕まるか。


「ですが!私の男をあの娘に渡したりなんかしませんよ!」

「お、おう……」


 何故こうもめぐみんはドストライクに好意を伝えられるんだろうか。

 心臓に悪いから前振りとかできないかな?


「私はカズマが好きです。あなたの私達だけに見せるおだやかな表情も、なんだかんだ言いながらも最後まで面倒を見てくれる優しさも、結局けっきょくは巻き込まれるのに嫌がるいい加減かげんさも」


 真っ直ぐに、穏やかに、熱烈ねつれつに、めぐみんは伝えてくる。

 俺はこんなにも好意を向けられる様な人間だっただろうか。


普段ふだん警戒心けいかいしんが強いのに私達には信頼しきっているくすぐったさも、寝ている時は純粋無垢じゅんすいむくで幼く見えるあどけなさも、素直に好意を受け取れない面倒臭めんどうくささも」


 俺が真っ赤になって目を逸らすとめぐみんが微笑んだ。

 なんだかめぐみんが子供の成長を喜ぶお母さんみたいだ。


「あなたが好きです。どんな所も、どんな時でも」


 俺はどうすればいいのだろう。

 これは告白と受け取っていいのだろうか?

 ダクネスの事もあるし、まだ考え足りないのだが……。


 俺が不安げな表情でいるとめぐみんが、


「――だから、考えて下さい」


 どういう事だろうか。

 こんなにも真っ直ぐに好意を伝えてくれているのに。

 返事をしなきゃいけないのに。


「私はあなたが誰を選ぶのか強制きょうせいすることが出来ません。正直、直ぐに返事を聞きたいものあります。でもカズマはまだ考え足りなさそうですからね」


 めぐみんはそう言っ……


「えっ、なんでお前……!」

「ダクネスの事ですか?紅魔族はかしこいのです。ダクネスが私がいないのをいい事にあなたに近づこうとするのは読めていましたから」


 なにそれ凄い。


「まあさっきダクネスに問い詰めたんですけどね」


「……」


「別にいいんですよ。さっきも言いましたが、カズマが誰を選ぼうと口出しは出来ませんから」

「ゴメン……ありがとう」

「いいんですよ。そんなカズマも好きなんですから。では、おやすみなさい」


 そう言うとめぐみんは部屋を出て行った。









 深夜とも言えなくもない時間。

 俺はいまだに考えていた。

 あぁぁ……畜生、どうすればいいんだ。

 ダクネスも本格的ほんかくてき貴族連中きぞくれんちゅうにお見合いを申し込まれてるらしいし早く決めないといけないのは分かってるんだけどなあ。

 そもそもめぐみんが最初に好意を伝えてくれたんだよな。

 どんな俺でも受け止めてくれるような優しさがあって……。

 でもダクネスは振られたのにも関わらず2度も告白してくれたからな……。

 そんなに想ってくれると気持ちが揺り動かされるのも仕方がないのではなかろうか。




 ――よし、気分転換きぶんてんかんしよう。





 ――満月と星々がきらめく中、俺はいつかのベランダに来ていた。



 そこにはそのいつかと同じように夜空を見上げるアクアがいた。

 いつものような騒がしさはなく、ただ静かに、どこか神々こうごうしく美しい。



 その姿はまさしく水の女神の様だった。



 そうして俺が見つめているとアクアも気づいたようで声を掛けてきた。


「あら、カズマ。どうしたの?寝れないの?」

「まあ、色々……な。お前は何してたんだよ」


 言えない。

 言えるわけが無い。

 それこそ俺がアクアなんかに見惚れてたなんて。

 アクアはぼーっとしたまま月を見上げていた。


「ねえ、カズマ」


「今日ね、女子会があったじゃない?で、カズマが王家に入るかもしれないってダクネスとめぐみんに言われたの。正確にはちょっと違った内容だったかもしれないけどね?」


 アイリスと結婚するかもって言われたと思うんだが……。

 絶対金関連しか聞いてなかったろ。


「別にいい事じゃない!って言ったんだけどダクネスとめぐみんに本当にいいのか?って聞かれたわ」


 別にいいって…随分ずいぶん薄情はくじょうだな。

 なんだかんだ長い付き合いなんだから少しくらい躊躇っためら》ってもいいと思うんだが。


「それでね、考えてみたの。カズマは弱っちくて、スペランカーごっこが趣味なんですか?ってくらいポコポコ死んじゃうし、ひねくれてて働かないヒキニートだし、女相手でも遠慮なく頬を抓ってくるし、えっちいくせにヘタレでチキンだし、バカなのか真面目なのか分からないところもあるし……」


 コイツ、引っ叩いてやりたい!


「でも前に私が魔王討伐しに旅に出た時があったじゃない?」

「正確には構ってちゃんな手紙を残してのバカな家出だったけどな」

「かけ忘れてた封印をほどこしてあげるからコッチに来なさいな」

「すみませんでした」


 俺はアクアから1歩距離をとった。

 流石にあの封印はシャレにならん。


「でもねー、カズマってば悪いところが沢山たくさんあるけど良いところもちょっとはあるのよねーって」


 ん?


「皆が無理難題むりなんだいを押し付けても、面倒事を起こしても、最後はしょうがねえなあってなんとかしてくれたり。結局頼りになるのはカズマなんだなーって」


 な、なんだ?

 このこそばゆい感じ……むず痒いっ!

 俺が動揺しているのを知ってか知らずかアクアの話はまだ続く。


「それでカズマが王家に入るって考えると――







 ――嫌だなーって思ったの。」


 ま、マジか。

 ここに来てアクアがデレるとかあるのか!?

 いや、後から変なオチがあるに違いない。


「最初はカズマさんに着いて行けばシュワシュワも飲み放題だと思ったんだけど、よく考えてみたら色々忙しくなって、ギルドに行くことも飲みに行くことも減るってことが分かったの」


 そうか、俺が王家に入ったらゴロゴロしながら過ごす事は難しいだろう。

 嫌だなー。

 それにサキュバスさんのお世話になることも出来なく…な…る……?

 それはダメだ!

 サキュバスさんが居なくなるのはものすごく困る。


「で、めぐみんとダクネスに言われたの。カズマをどう思ってるのか」



 ……。



「いっぱい考えたんだけど言葉にするのはやっぱり難しいのよね。だから、分かりやすく簡単に言うわ」





「好きよ、カズマ」





 アカン。

 マジなヤツだ、コレ。

 嗚呼ああ、アクアまでもそう言うのか。

 どれだけみんな俺をモヤモヤさせたいんだよ。

 俺も俺だ。

 好きなら好きで返事をすればいいのにこんなにも引きばして。



「ヘタレなのも臆病おくびょうなのも。流されやすいのも面倒くさがりなのも」



「いつも私に酷いこと言うクセに本当に私が嫌な事はしないでやり方はかくむしろ守ろうとしてくれるところも」



「私達のために自分まで犠牲ぎせいにしちゃって。カッコつけすぎよ」



「泣いて、わめいて、泣き喚いても助けてくれない時もあるけどいつも巻き込まれてくれて」



「なんだかんだ言いながら最後には必ずなんとかしてくれるカズマのこと」



「好きよ」



 慈愛じあいを込めた様な笑みを浮かべながら、うたう様にアクアは言った。


「じゃ、私は言いたい事は言ったからもう寝るわね」

「えっ、お、おい!返事とかはいいのか!?」


 俺の言葉にアクアはキョトンとすると、


「?別にいいわよ。カズマはきっとダクネスとめぐみんの事で迷ってると思うし。もしかして私と付き合いたいの?まあ、美しくも儚いこの水の女神にそんな想いを抱いてしまっても仕方がないわね」

「はぁー?いつ俺がお前を好きって言ったんですかー?」


 なんなの?

 言いたい事だけ言って直ぐどっか行くって悪女な遊びが流行ってるの?


「ハイハイ、ツンデレなカズマも好きよー」


 ぐぬぬ、普段恋愛対象としてアクアを見れないからかそのギャップが凄い。

 あと、適当に言ってるのは分かってるのに動揺してしまう自分が憎い!


「カズマさんがどうしてもって頼みこんできたら考えなくもないんだからね。おやすみー」


 アクアが自室に戻って行った。

 すれ違いざま、アクアの耳が若干赤くなっているのが見えた。

 やっぱり恥ずかしかったのか。

 心做こころなしか自分も顔が赤い気がする。

 ああもう。

 考えることが増えちまったじゃないか。


 冷たい風が顔に吹き付け、月光が俺を照らす。

 それが妙に心地よくて――



 さて、明日からどうするかね。






 魔王が倒されて数日経った朝。


「ウィズー?わざわざ私が早起きして店に来てあげたわよー!」

「いらっしゃいませ、アクア様。今日はどうしましょう?」


 流石ウィズね。

 どこかのヒキニートやポンコツ悪魔と違って私の言いたい事がよく分かってるわ。


「そうね、やっぱり紅茶かしら。あとクッキーとチョコを頂戴ちょうだい

「直ぐに用意しますね。ところでアクア様、今日は朝早くからどうしたのですか?」


 ウィズが用意しながら聞いてきた。

 要件はあるにはあるけど……。


「んー…よく分からないのよね。モヤモヤするのだけど……」


 そう。

 なんだかモヤモヤするけれどモヤモヤの正体が分からないのだから言い様がない。


「モヤモヤ、ですか。それはどういった時にそう思うんですか?」


 そうね……


「ギルドで宴会えんかいしてたり、二日酔いで苦しくてソファの上でゴロゴロしてたり……最近ではカズマと美食巡りに行った時かしら」

「それだけだと分かりませんね……。何か共通点はありませんか?」


 共通点、共通点……。

 こうして共通点を探してるとなんだか探偵になったような気分だわ。

 そうよ、カズマさんにお願いしてソーラーパネル付きのスケートボードを作ってもらおうかしら。

 我ながらいい考えじゃない?


「何か思いつきましたか?」

「そ、そうね。それがさっぱり分からないの」


 いけないいけない。

 共通点を探さないといけないんだったわ。


 ……今日のお昼ご飯は何かしら?


「アクア様がモヤモヤ……アクア様!もしかしてモヤモヤした時、カズマさんが近くにいませんでしたか?」


 今日はコッテリした物が食べたいわね。

 とんこつラーメンの気分だわ……うん、カズマに作ってもらいましょう。


「――えっ?ああ、そうだった気がするわ」

「やっぱり!そうだと思ったんですよ」


 どうしましょう、ウィズの話が聞けてなかったわ。

 とりあえずここは話を合わせて……


「ねえ、ウィズ。共通点が分かってもモヤモヤの理由がさっぱり分からないのだけれど」

「それはアクア様、恋ですよ!カズマさんが近くにいた時カズマさんは何をしてましたか?」


 カズマさん?

 どうしてカズマと恋が出てくるのかしら。

 でもモヤモヤしてた時にはカズマが近くにいたような……?

 カズマは何してたっけ……。


「確か生意気なまいきにも皆にチヤホヤされてたり、自慢じまんげに脚色きゃくしょくした自分の話を聞かせてたりしてたわ。すーぐ調子乗っちゃうんだから。やっぱり私がいないとダメね」

「やっぱり恋ですよ。つまりは他の人にカズマさんを取られて拗ねちゃってるんですよね。コレは今すぐカズマさんを呼んで来ないといけませんね!」


 全くといっていい程に話が読めないのだけれど。

 大体だいたい私がいつカズマの事が好きって言ったのかしら。


「悪いけどウィズ、それは多分違うわよ。だってカズマは私を甘やかさないもの」

「カズマさんは基本的にツンデレですから」


 ウィズがニコニコと言ってくる。

 きっとまだいい人を見つけられてないから恋愛方面にこじつけちゃうクセがあるのね。

 ウィズはこんなにもいい子なのに、相手が出来ないなんて不思議だわ。


「じゃあアクア様はカズマさんの事どう思うのですか?」


 私のまだ納得出来ていないような顔を見てウィズが聞いてきた。


「……私の従者じゅうしゃかしら」

「では!カズマさんがもしアクア様が知らないカズマさんに好意を持った方と話してたらどう思いますか?」


 そうね……


「カズマの性格を教えてやめときなさいってその子に言ってあげるわ!」


 ウィズがジト目で私を見てくる。

 な、何かしたかしら。


「もしカズマさんがアクア様の知らない方と付き合うと言い出したらどうしますか?」

「勿論反対するわ!」

「それは何故ですか?」


 ウィズが目をキラキラさせて言った。

 どうしたのかしら。


「だって……」

「だって?」

「……」


 分からない。

 別に反対する必要なんてないのよね。

 押し黙ったままの私にウィズは私が答えるのを諦めて次の質問を浴びせてきた。


「アクア様、最後の質問です。アクア様は最近カズマさんと一緒に出かけたことはありますか?」

「あるわよ?美食巡りに行ったの」

「それはどちらが誘って行きましたか?」


 この質問になんの意味があるのかしら。


「私ね。ヒキニートなカズマさんには外出が必要だと思ったの」

「別にカズマさんは1人でもここに来ますよ?それに外出もしてますし……。アクア様が一緒に行く必要はあまりなかったと思いますね」

「そ、それはカズマが私が着いてないとポコポコ死んじゃうから仕方がなく……!」


 何を焦っているのよ私。

 私がすこーし動揺しているとドアが開いた。


「今帰ったぞ、ポンコツ店主よ!」

「あっ、おかえりなさいバニルさん」

「……そこの厄災やくさい女神よ、貴様は今すぐ保護者の元へ帰るがいい」


 はぁ?


「はぁー?何言ってるのかしらこの悪魔は。私はお客様よ?お客様に帰れってどういう事かしら」

「どうもこうもない。商品は何も買わず、台無しにしおって。挙句あげくの果てに茶菓子ちゃがしをしてくつろいでおいて何がお客様だ」

「ま、まあまあバニルさん」


 この悪魔のせいで気分もあまり良くないし、そろそろ帰ろうかしら。

 私が席が席を立つとウィズが、


「私はモヤモヤの正体がハッキリ分かりましたが、やっぱりこういう事はアクア様が自分自身で考えたほうがいいですね。ですが相談には何時でも乗りますのでまた来てください。……でも最後に一つだけ。自分の気持ちに早く気づくといいですね」

「早く出ていくがいい鈍感女神よ。……女神なんぞに予言をくれてやるのもしゃくだが特別に教えてやろう。汝、極悪プリーストの皮を被ったトイレの女神よ。近いうちにげればまだ勝機しょうきはあるぞ。」


主語をはっきりさせなさいよ。主語を。


「ええいやかましい。ウィズ、少し此方こちらへ来い。借金女神の悪運が伝染うつる。……最も、もう手遅れかもしれんがな」

「……セイクリッド・エクソシズム!」

「バニル式殺人光線!」









 歴史に残る聖戦せいせんり広げて小一時間。

 行き遅れ店主が宴会芸えんかいげいの女神の攻撃に運悪・・く《・》当たり若干じゃっかん透明になった頃、ようやく小僧こぞうけつけ迷惑女神を説教し、泣き喚く滂沱ぼうだ女神を連れ帰った。

 全く、小僧も厄介やっかい奴等やつらに好かれたものだな。

 彼奴あやつと小僧がつがいになるのは少々不快だが、まあいい。


「アレ?バニルさん、少し楽しそうですね」


 少しばかり憂鬱ゆううつではあるがな。


「……これから面白くなるぞ、ウィズ。」






『 考えないといけない事が多すぎるのでゆっくり1人で考える時間が欲しいです。

 探さないでください。




 p.s.直ぐに帰るつもりです。』



 朝起きるとこんな手紙がリビングに置いてあった。

 カズマの事ですから何らかのアクションを起こすと思いましたがまさか家でとは……。

 まあ、アクアではないので大丈夫でしょう。

 それはいいとして、この書き方はアクアの真似をしたのでしょうか。

 あの2人は変なところでよく似ていますから案外あんがい意識せずあんな書き方をしてしまったのかもしれませんね。

 長い付き合いや、二人の性格が元々似ていたことがそうさせたのでしょうがこればかりは少し妬いてしまいます。



 さて、ダクネスが起きてくるのを待ちますかね。






 この年になって家出してしまった。

 我ながら馬鹿なことをしたと思う。

 家出と言ってもアクセルの町からは出ていないのだが。

 はぁ……。


「あれ?カズマじゃん。どうしたの、1人で」

「ホントだ、カズマじゃねーか。どうしたんだよ、1人で」


 ダストとリーンか。

 最近二人でいるところをよく見るな。


「よぉ、二人とも。俺がそんなに1人でいる事が珍しいか」

「んー、そんなことないんだけど…カズマってアクアさん達と一緒にいるイメージがあるからかな?」

「最近は特にだな。なんかあったのか?」

「……お前らも最近一緒にいるところをよく見るぞ」


 そう言うと二人は肩をビクッとさせて……


「本当に何があったんだよ……」

「い、いやー。まあ、ね?」

「おっと兄弟、そこに首を突っ込むのは野暮やぼってもんだぜ」


 そうか、ダストとリーンがなぁ……。


「ところでどうしたんだよ、溜息ためいきなんかついちまって」

「ん?いや、ちょっとな……」

「何よ、歯切はぎれ悪そうに。相談乗るわよ?」


 相談…相談か……。

 ここはリーン達に相談してみるのも悪くないかもな。


「じゃあ言うけど、お前らにとって『好き』ってなんだ?」

「「ちょっ……!」」

「えっ、カズマってそんな恥ずかしい事徐ことおもむろに口にする様な人だったけ?」

「なんだ?アイツらと何かあったのか?俺が相談に乗ってやんよ!」


 ダストがニマニマと言ってきた。

 こうなるからあまり聞きたくなかったんだよ。


「はぁ……お察しの通りアイツらに告られ…て……?あれっ、告られたのか?」

「おい、告られたのかハッキリしろよ。肝心かんじんなところをぼかすな!」

「告られたんじゃないの?」


 思えば好きだと言われたけど付き合ってとは言われてないな……。


「なんか、好きだって言われたな」

「なるほど、付き合ってとは言われてないのね」

「まさかアクアの姉ちゃんまで落したのか!流石さすが勇者様。英雄色えいゆういろを好むとはこの事か」

「で、どうするのよ。誰を選ぶの?」

「それは……」


 俺はダストとリーンに事の経緯を説明した。

 ダクネスとめぐみんとアクアに好意を伝えられた事、自分がまだ『好き』をイマイチ理解出来ていない事など。


「兄弟……」

「カズマ……」


 なんだよ。

 あわれむような目で俺を見るな。


「まさかカズマがそこまで純情ピュアだったとはね」

「カズマの事だからもうちょいガツガツしてるかと思ってたぜ」

「う、うるせー!」


 俺をなんだと思ってるんだこの二人は。


「でもまぁ、『好き』ねえ……」

「『好き』か……」

「お前らは付き合ってるから分か――」

「カ、カズマはアクアさん達の事はどう思ってるの?」


「るだろ?」と言う前にリーンがかぶせてきた。

 こんな雰囲気だしといてまだ付き合ってないのか?コイツら。

 さっさと付き合えばいいのに。


「んー…好きなのには違いないと思うけど」

「じゃあ好きなんじゃねえのか。何が分からないんだよ」

「なんというか、アイツらと俺の関係ってハッキリしないじゃん。」

「あー、分かるかも。兄妹、姉弟みたいだったり、家族みたいだったり、恋人みたいだったりするもんね」

「そうなんだよ。だから今アイツらに抱いてる『好き』はどの立場としてなのか分からなくなってな」


 そう言うとリーンは考え出してしまった。

 やっぱりこういうのは自分で考えた方がいいってことか。


「今の話聞いて思ったんだけどよ、カズマってアイツらの事大好きだよな」


 はぁ?


「だってアレだろ?恋人としても家族としてもアイツらを好きって思ってんだろ。二人してなに難しく考えてんだ」


 と、ダストがあっけんからんと言ってきた。


「そうね!ダスト、偶にはいい事言うじゃない」

「そうなりゃギルドの連中にこの話を広めとかねえとな!」

「ちょっ……」

「待ってよダスト!……カズマ、じゃあねー!」


 そう言ってダストとリーンはギルドの方に駆けて行った。

 しばらくはギルドに近づかないでおこう。






 また街中をボーッと歩いているとイケメンが見えた。

 アイツは……マクルギか。

 よし、近づかないでおこう。


「……サトウ!サトウカズマ!」


 近づかないでおこう。


「ま、待て!」

「なんだよ、マキルギ。俺は今忙しいんだけど」

「僕の名前はミツルギキョウヤだ!今僕を避けてわざわざ来た道を戻ろうとしただろ!」

「そ、そんなことないですー。ちょっと思い出した事があって戻ろうとしただけなんだからな!自意識過剰じいしきかじょうなんじゃねぇの!?これだからイケメン様は……」


 なんだよ。

 そんな疑うような目で俺を見るな。


「……まあいい。今ギルドはキミの話で持ち切りだ」


 あぁ、ダストか。

 今は昼間で冒険者もあまりいないはずなのに話が出回るのが早いな。

 いや、みんな懸賞金けんしょうきんが貰えてふところうるおってるからモンスター討伐に行っていないのか。


「それがなんだよ。俺は勇者様だからな。噂話うわさばなしもよく出回るんだよ」

「話の内容からして勇者は関係ないと思うけど……」


 そうだろうな。


「一体キミは何を考えているんだ。一夫多妻なんてこの世界でも禁止されているんだぞ」


 突然何を言うかと思えば一夫多妻いっぷたさいだと!?

 どれだけ話に尾ひれが付いたんだよ……。


「お前もハーレムっ子連れてるじゃねえか。今日はいないけど。それに俺はまだアイツらに『好き』って言われただけだぞ。」

「フィオとクレメアはそんなのじゃない!」


 これだから鈍感系主人公は。

 ここまで来ると同情はしないがあの2人を哀れに思う。


「それでサトウは誰を選ぶんだ。アクア様を選ぶのならしっかりしてもらわないと困る」

「お前は何様のつもりだよ」

「そういうつもりはなかったんだが……。ただ、アクア様は君といる時は表情が豊かだからね。やっぱり君たちは似ているんだろう。羨ましいよ」


 俺とアクアのどこが似てるんだか。

 それに俺だって軽い気持ちで決めようとしてる訳では無い。

 してないからこんなにも考える羽目はめになってるんだが。


「……ただ、誰を選んでも後悔のないように。僕から言いたい事はそれだけだ」


 最後までイケメン鈍感系主人公気取りだな。

 そしてカイザキは立ち去ろうと――


「なぁ、ミツルギ」

「……!なんだい?」

「『好き』ってなんだと思う?」

「いきなり難しい質問だね。そうだな、その人を守りたい、一緒にいたいって思えたらそれはもう、『好き』って事なんじゃないかい?」

「ふーん……イケメン様は言うことが違いますね」

「キミは全く……じゃあね…」


 アイツの『好き』はlikeの方なのかLoveの方なのかハッキリしないな。

 本人はそれで良いって思ってそうだけど。





 ネロイドを追いかけ回してる子供や野菜相手に悪戦苦闘あくせんくとうしている屋台のおっちゃん、何の話か分からないがこちらをチラチラと見て話し込んでいるお姉さん達。

 ……何を言っているのか少し気になるな。

 ここは1つ読唇術どくしんじゅつスキルを使って……。

 などとくだらないことを考えながら歩き回る。

 こうやってゆっくり1人で散歩してると色んなことに気がつく。

 アイツらといるとそっちに意識がいってしまうから今まで気にした事がなかったがアクセルは最近人が増えて賑やかになった気がする。


「――さん」


 そういえばあのおばちゃんいつもこの時間に洗濯干してるよな。


「カ――!」


 壁の補修ほしゅう工事にいたジャクソンさん、こんなところに住んでたのか。


「カズマさんっ!」

「……!ゆんゆんか。驚いたじゃないか」


 後ろからゆんゆんが目を潤ませて大きな声で俺を呼んだ。

 今日は知り合いとよく会うな。


「カズマさんが全く聞こえてないようだったので大きな声で呼んだんですよ?」

「えっ?マジか……悪い事したな、スマン」

「いえ、私も少し声が小さかったかなと思いますし」


 ゆんゆんはいい子だなぁ。


「ところでカズマさんは何をしてるんです?」

「散歩…というか考え事かな」

「それってめぐみんとアクアさんとダクネスさんについてですか?」

「そうだけど」

「やっぱり……」


 やっぱり?

 やっぱりってなんだ、ダストの野郎が広めた噂か?


「私はカズマさんがどんな決断をしてもいいんですけど……めぐみんを……し、親友を悲しまないでくださいね?」


 なるほど、ゆんゆんはゆんゆんでめぐみんの心配をして、それで俺に話しかけたのか。

 めぐみんもこんないい子にあんな態度をとれるなんてある意味凄いな……いや、あんな態度であんな性格だからゆんゆんと仲良いのか。


「あぁ、分かってる」

「……ダストさんから聞いたんですけど、カズマさんが『好き』について悩んでるって……本当ですか?」


 やっぱダストには言わない方が良かったかな。


「本当だ。ゆんゆんはどう思う?」


 そう言うとゆんゆんは目を輝かせた。

 相談された事がよっぽど嬉しかったんだろう。


「そうですね、『好き』にも色々ありますから判断は付けにくいかと思いますが……あれ?別に区別なんてつけなくていいと思いますよ?『好き』は『好き』なんですし」


 それはそうなんだけど……。


「なんか、ダストと似たような事を言うんだな」

「えっ、あの人と一緒ってなんだか……」


 ゆんゆんの表情が暗くなったのがわかる。

 言っちゃダメだったか。

 というか、ゆんゆんにこの態度を取らせるなんて何やらかしたんだよアイツ……。


「もうちょっと具体的に教えて欲しいんだが……」

「ダメですよ。そこまで言っちゃうと私が選ぶようなものですからめぐみんになっちゃいますよ?自分で考えて下さい」


 ぐぅ……以外と手厳しい。


「では、一生懸命考えて下さいね」

「頑張るよ、じゃあな」





 これだけ噂が出回ってるとしたらアクア達にも知られてそうだな。

 それにしてもこれだけ歩いててもアイツらと会わないのは俺の幸運が働いてるということだろうか。


「やあ、助手君!」

「――っ、急に肩を叩いてくるからびっくりしたじゃないかクリス。……周りに人がいるからちゃんと名前で呼べよ」

「ごめんごめん」


 と、楽しげに言った。


「ふふふ、カズマくん。」

「なんだよ。神器探しは手伝わないからな」

「それはおいおい頼むとして……誰を選ぶのさ」


 と、ニヤニヤしながら聞いてきた。


「クリスまでその話か」

「あれ?これでも噂を聞いて直ぐにカズマくんに話しかけたんだけどな」

「もう4人とその話をしたぞ」

「なーんだ、残念。でもでも、誰を選ぶのか気になるのは仕方がないじゃん!カズマくんは魔王を倒した勇者様だからね」


 ほーん……そういうものなのか。

 でも俺って勇者って柄じゃないからなぁ。

 そういえば……


「なあ、クリス」

「なんだい、カズマくん」

「クリスとしては誰を選んで欲しいの?」

「ええっ!?そこの判断をアタシに任せるの!?」

「いや、クリスってダクネスと仲良いけどエリス様としたらアクアを応援したくなるのかなって普通に気になって」

「そういう事ね。だったらクリスとしてはダクネス、エリスとしてはアクアさんを応援させてもらおうかな」


 なんだかそれはズルい気がする。


「カズマくんも知ってると思うけどダクネスはアレでいて結構繊細けっこうせんさいだからね。ちゃんと面倒見てあげてね?」

「なんでダクネスを選ぶ前提なんだよ」

「カズマくん、ちまたで色々言われてるみたいだけど実はそんなに酷くないよね?だからダクネスもチャンスはあるかなーと」

「女神様がそんなこと言ってもいいんですか……」


 この世界の女神はこのくらい緩いのが当たり前なのか?

 エリス教は一夫多妻制を認めてなかった筈なんだけどな。


「そんな事よりもアタシはアクア先輩がカズマくんに好意を伝えられたのが意外だったよ」

「?アクアが俺を好きだなんて思うはずないって事か」

「違う違う。アクア先輩はこの手の事にうといからね。前にカズマくんが天界にテレポートで来た時があったでしょ?」


 あの時がどうしたんだろう。

 もしかしてエリス直々に天界に呼んでくれるとかそういう事だろうか。


「またテレポートで来ようとしてるでしょ?ダメだからね?……あの時にカズマくんが、アクア先輩が最近チラチラ見てきてなんでしょうね?みたいな事言ってたでしょ」


 よく覚えてるな、そんな事。

 そうそう、あの時辺りから何故かアクアが俺の方をチラチラと……もしかしてまた何かやらかして言い出せなかったとかか?

 だとしたら次に会った時にめないと。


「なんだか悪い顔してるけどきっとアクア先輩は何も大事なんて起こしてないと思うよ。アクア先輩はカズマくんが気になるからチラチラ見てたんだよ」

「そんな訳……今なんて言った?」

「だからカズマくんが気になるけどなんで気になるのか分からないからチラチラ見てたんだってば!」


 そんな理由があったのか!

 そう分かるとアクアの行動も結構かわ――



 いかんいかん。

 今思考が変な方向へ向かって行った気がする。


「それで話は戻るけど誰を選ぶのさ」

「まだ迷ってるんだよな……」

「それは『好き』が理解出来ていないから?」

「なんで知ってるんだよ」


 天界で勇者の行く末を見届けてるとかそういう事だろうか。


「ゆんゆんと話してるとこを聞いてたからね」

「そこから居たのか!?普通に話しかけてくれたら良かったのに」

「話に入っちゃ行けない雰囲気だったんだよ」


 空気を読んでくれたのだろうか。

 だとしても少し恥ずかしいというか……


「クリスはどう思うんだ?」

「『好き』について?」

「そうそう。エリス様としても色んな人と関わってきたからその辺詳しいかなって」

「そうでもないんだけどなぁ……」

「そうだな。意外と純情だもんな」


 前にダクネスとめぐみんの事を興味深そうに聞いてたし。

 むしろ女神とかそういう役割だからあんまり知らないってこともあるのか。


「あはは……でも色んな恋愛を見てきたね」

「じゃ、じゃあ……!」

「自分で考えて下さい。私はカズマさん方が幸せに暮らせることを祈っていますよ」


 そう言って微笑んだ。

 女神モードはズルいですよエリス様。


「なら幸せだったらハーレムも許してくれるって事ですね。てことで付き合って下さいエリス様!」

「カズマさんにはもっと相応ふさわしい方がいますよね?」

「エリス様より相応しい人なんて。俺には勿体ない位なのに……」


 そんな冗談を笑顔で付き合ってくれる。

 なんだか手玉に取られてるみたいで弄ってみたくなる。


「幸せだったらいいんですよ。なんなら私が結婚式に祝福の魔法で祝ってあげます」

「そんなことしてもいいんですか?」

「大丈夫ですよ。勇者様なんですからそのくらい」



 暫く談笑が続いた。

 話している内にからかえたので満足だ。


「じゃあね、カズマくん」

「じゃあな、クリス」


 もう既に日は傾いていた。

 俺はクリスと別れると最後に魔道具店に向かった。


「邪魔するぞー」

「へい、らっしゃい!とっくに想いは固まっているのに仲間に嫌われるかもとヘタレて現実逃避している男よ!」


 バニルは何を言っているんだ、俺はまだまだ考えているのに。


「認めたくないならまあいい」

「ところでウィズはどこにいるんだ?さっきから姿が見えないけど」

「行き遅れ店主は今来客と話している。アクセルの町についてやら、人間の暮らし方についてやら、ここでの過ごし方やら……なんせ魔王の娘であるからな。説明に時間がかかりそうだぞ」


 ……。


「……え?今なんて言った?」


「それについては気にするな、そのうち分かる。そうそう、小僧の相談事についてだが……吾輩わがはいから言えることは特にないな」

「なんだよそれ!お前、見通す悪魔なんだろ?何か助言とか出来るだろ!」


 畜生、奥の手として最後まで残しておいたのに使えないとかマジかよ!


「フハハハハ!汝の悪感情、実に美味である!」

「……」


 ウィズの商才を褒めに褒めて、エリス様にバニルの事を言って、セシリーとアクアに金を払って嫌がらせをして貰おう。


物騒ぶっそうな事を考えるなお客様」

「じゃあ教えろよ」

「だから無いと言っておろう……はぁ、全く。吾輩ともあろうものがただの人間1人にこんなにもペースをくずされるとはな」

「何だよ急にお前らしくない。何か企んでるんじゃないだろうな」

「企んでいるとも。なんせ吾輩は悪魔であるからな。ただ、貴様という人間が面白いなと」


 悪魔に好かれても困るんだが。

 どうせならウィズみたいな優しい美女とか美少女に好かれたい。


「いざ好かれて困るのは小僧であろうて」


 それもそうなんだがな。

 好かれてもきっと莫大な金目当てか勇者だからとかいう理由だろうし。

 俺、勇者って柄じゃないからな……。


「安心しろ。貴様は紛れもなく勇者だ」

「ハイハイ、そんなこと言っても問題アリの魔道具は買わないからな」

「分かっておらんな。最弱職でありながら魔王を倒し、地獄の公爵こうしゃくである吾輩にも対抗できる手段を持ち、2柱の女神とも交友こうゆうがある。れっきとした勇者と言えると思うが?」

「俺自身は悲しいくらいに無力だぞ。いつも厄介事やっかいごとに巻き込まれてる少し人より運がいいただの一般人だ」

「小僧の無自覚もここまで来ると末恐すえおそろしいな。だからこそ面白いのだが」


 悪魔らしく不気味に笑ってみせるバニル。

 俺はどこぞの鈍感系主人公じゃないから無自覚って事もないと思うぞ。


「我々悪魔族からしたら人間の寿命はとてつもなく短い。それが難点なんてんだな」

「お前が言うと不穏ふおんだからやめろよ。どうせアレだろ、商談する為だろ」

「それもそうなのだが…汝と関わっておれば数百年は飽きなさそうだからな」


 ……。


「フハハハハ!そうおびえるでない。汝とは末永すえながく良好な関係を保っておきたいのでな。それに小僧を過度かどに関わりを持ってしまうとあの忌々いまいましい神々に何をされるかもわからん」


 もうすでに十分な関わりがあると思うんだが。

 俺ってばなんでそんなに人外から受けがいいんだろう。

 バニルからそんなこと言われたらゾッとしないぞ。


「……それも有りか?あやつらにも一泡ひとあわ吹かせられるだろうしな」

「や、やめてくれよ。俺は厄介事に巻き込まれるのはもう散々なんだよ」

「そんな心配せずとも汝はこれからも厄介事に巻き込まれるので早々に諦めるが吉。その時は吾輩達を訪ねてくるが良い。見返り次第ではお客様が納得のいくようなサービスもあるぞ」


 ピンチな時ですら油断ならねえな。

 だが、いつものやり取りをして気分が楽になった。


「はぁ……これ以上ここにいても収穫は無さそうだしもう行くよ。邪魔したな、ウィズに宜しく言っといてくれ」


 俺が店から出ようとするとバニルが助言をして来た。


「そうそう、助言と言えるものでもないかもしれんが言っておくとしよう。『汝、ヘタレで面倒で今どき珍しいくらいにツンデレな男よ』」


 なんだとコノヤロウ。


「『己の欲望に忠実になれ。さすれば全て上手くいくだろう』」


 そしてバニルは怪しげな笑みを湛えた。


「お代は後日好きなだけ払ってくれれば良い――今後ともウィズ魔道具店を宜しく頼むぞ」


 俺は手を振って出ていくことしか出来なかった。






『好き』…『好き』かぁ……。




 んー……。

 俺はアイツらが好きだ。

 じゃあ、恋愛対象としては?



 み、みれ――



「ああああああああぁぁぁ!」


 叫んでいるところを周囲から怪訝な目で見られたが俺と分かると何事も無かったかのように元に戻る。

 何故だ。



 ふう……。

 アイツらじゃなくて他の人で考えよう。

 まず、ダストとリーンは?

 ダストは悪友みたいなもんだな。

 リーンは頼り甲斐がいがある面倒見がいい友人かな。

 どっちも嫌いじゃない…むしろlikeの方で好きだ……と思う。

 魔剣の鈍感系イケメン主人公は?

 アイツは……わからん。

 まずイケメンでムカつく。

 次にハーレム作っててムカつくし……後は最初から強くて苦労してないのもムカつく。



 ――でも、嫌いかと言われれば違うと思う。



 嫌いなのはアルダープとかの本当に最低なヤツらだ。

 だから好きでも嫌いでもない……嫌いじゃない、だな。

 ゆんゆんは?

 あの子は意外としんが強くてめぐみんの世話を甲斐甲斐しくしてくれている。

 魔法使いとしても頼もしい限りだし、友人としてもまだマトモな部類に入る。

 ボッチなところは不憫ふびんだとは思うけど、とってもいい子で幸せになって欲しいと思う。

 あの子もlikeとして好きだな。

 恋愛対象として昔はどうこう思ってたかもしれないけど今改めて考えてみると違う気がする。

 クリス――もといエリスは?

 難しいところだな。

 手の届かない所にいるからか平気で告白もした。

 でもそれは相手が断るって分かってたから告白したからじゃないのか?

 冗談だと受け取ってくれると思ったから平気で告白出来たんじゃないのか?

 やり取りは楽しいし、気楽だ。

 だからこそ恋愛対象としてではなく友人として好きだと思う。

 この今の関係が心地いいと思っている……ハズだ。

 バニルは勿論、ウィズもアイツらの『好き』とは違う気がする。

 この違いはなんだ?

 アイツらと、今日話したヤツらの『好き』がどこか決定的に違う。

 何が違うんだ?


(だってアレだろ?恋人としても家族としてもアイツらを好きって思ってんだろ。)

(その人を守りたい、一緒にいたいって思えたらそれはもう、『好き』って事なんじゃないかい?)

(別に区別なんてつけなくていいと思いますよ?『好き』は『好き』なんですし)

(自分で考えて下さい。私はカズマさん方が幸せに暮らせることを祈っていますよ)

(汝、ヘタレで面倒で今どき珍しいくらいツンデレな男よ己の欲望に忠実になれ。さすれば全て上手くいくだろう)


 あぁ、そうか。


 漸く分かった。


 なんだよ、こんな簡単なこと最初から知っていたじゃないか。


 我ながら鈍感にも程があると思う。


 現実逃避、してたんだなぁ……。




「――よし、覚悟を決めろ、サトウカズマ」








「ただいまー」

「おかりー」

「おかえり」

「おかえりなさい」


 もう日も暮れて夜とも言えるような時間。

 三人はは丁度リビングにいたようで三人の返事が聞こえた。


「カズマ、考えはまとまりましたか?」

「あぁ。その事で後で話がある。――勿論アクアとダクネスにもな」


 三人は少し驚いたようだったが、直ぐにいつも通りになると、


「私、お腹すいたんですけどー。今日はカズマさんがご飯当番なんだから早く作ってよね」

「数日は戻ってこないかと思いましたが早い帰りで何よりです。でもサボったのは戴けないので今日の晩御飯はうんと豪華なのを所望しょもうします」

「そうだな。心配させたのは事実だ。豪勢ごうせいなのを期待しているぞ」


 もとよりそのつもりだ。

 俺は帰りぎわに買った食材を台所へと持って行き、調理を始めた。




「そうそう、あの時のカズマさんってば全然似合わない事言ってて面白かったのよ〜」

「そう言うお前はエリス様に泣きついてたけどな!」

「なあ、カズマは爆裂魔法を放って肉体が消滅してしまったんだろう!?どうやって生き返ったんだ!」

「カズマカズマ、私はカズマの放った爆裂魔法が見たいです。今度あなたから貰ったマナタイトを持って一緒に爆裂散歩に行きましょう!」

「お、おいめぐみん。なんだかあなたから貰ったという部分を強調して言わなかったか?」

「ダクネスだってカッコイイ鎧を《よろい》貰ったじゃありませんか。ダンジョンで拾ってきたのと全財産を叩いて買ったかどうかの些細ささいな違いです」

「2人で爆裂散歩に行って2人が爆裂魔法を放ったら2人とも倒れて暫く帰れなくなるからダメだろ。……あとそんな事にマナタイト使ってもいいのか?」

「あら、爆裂散歩に私も着いていってもいいわよ。ダクネスも連れて。カズマの爆裂魔法、1度見てみたいもの」

「カズマの爆裂魔法が見られるんですよ?そんなの使うしかないじゃないですか!」

「私もカズマの爆裂魔法を見てみたいものだ。今度4人で一緒に行こう」


 何気ない会話がいつもより心地よく感じる。

 それはきっと他の三人も同じ思いだろう。




 夜ご飯を食べ終え、一息ついた頃。


「なぁ、ちょっといいか」


 おそらく三人ともそろそろ呼ばれる気はしてたのだろう。


「……それで、どうするんですか」


 めぐみんが不安げに聞いてきた。

 俺は、そのめぐみんの表情に違和感を覚えた。


「安心しろ。お前がどんな結論を出そうとも私達はずっと仲間だ」


 ダクネス……!

 お前ってそんなカッコイイ事言うヤツだったっけ?


「私は別に誰を選ぼうともカズマさんに面倒を見てもらうつもりだからね。どうしてもって言うなら付き合ってあげてもいいわよ?」


 お前はいつも通りだな。

 そして少しは自立をする気を持て。


 全く……。


「今から俺は最低な事を言う。どんな罵倒ばとうをされてもなぐられても甘んじて受け入れる」




 俺に視線が集まっているのが分かる。




「俺は、お前ら三人が好きだ。」




「面倒事を起こして迷惑をかけてくるところも、底抜けに明るくてバカみたいな笑顔してると、ところも……」


 ヤバイ、言ってて恥ずかしくなってきた。

 心做しかアイツらの肩が上下に震えている気がする。

 ……人の一世一代の告白を笑ってんじゃねーよ。




「だから俺はお前ら三人と付き合いたい。」




「す、好きだ!付き合ってくださ――ッ……ぃ」


 噛んだ……恥ずかしいッ!

 なんでこんな所で噛むんだよォ!


「「「ッ――あはははは!」」」

「ほんっとカズマってば――あはははは!」

「か、カズマ?私はカズマの言葉、印象に残りましたよ?えぇ、それはもう一生忘れない程に……フフッ」


 おいそこ、笑いを堪えようとしてるのバレてるぞ。


「ま、まあまあ。カズマらしくていいでは無いか……ブハッ!」


 ちくしょう、言わなければよかった!



 一頻り笑い終えると満足したようで今度は真面目な顔で詰め寄ってきた。

 表情豊かだなオイ。


「で、カズマは欲張りにも私たち三人と付き合おうって言いましたっけ?」


 めぐみんの言い方が怖いッ!

 爆裂魔法1発でまからないかな?

 まからないよね。

 毎日爆裂魔法とリザレクションのコンボか……?


「ああ、確かに言っていたな。褒めているか貶しているのか分からない言葉と一緒にな」

「ねぇねぇ、結局カズマはどったの?」


 この時のアクアは本当に心強い。

 なんか……こう、いつも通りで安心するというか。


「それで……どうでしょうかね?」

「「「……」」」


 三人は無言で顔を見合わすと――








 今日は晴天。

 今俺はギルドにいる。

 いつもと違う所は殆どの見慣れた知り合いが集合している事。



 それと――俺が着慣れない白のタキシードを着ていることだな。

 俺の姿を見て笑った冒険者連中は後でめてやる。

 顔馴染みのめでたい結婚式だというのに緊張感は欠片かけらもなく、むしろ冷やかしてくるレベル。




 俺はアイツら三人と付き合いだした。

 ほとんど今までと変わらなかったが付き合って変わったところも少しはある。

 例えば、めぐみんはところ構わず抱きついてきたり恋人繋ぎをしてきたりと甘えてくるのだ。

 嬉しそうなのはいい事だがコッチの身が持たないからやめてとは言わないけど自重して欲しい。

 勿体ない気がするからそれすらも言い出せないのだが。

 魔王城に爆裂魔法をぶっぱなしていた事実を知った時はドレインタッチで対抗したりもしたが今でも元気に爆裂している。

 ダクネスは一時期あのドMがどうなってしまうのだろうかという悩みもあったがそれも杞憂で、可愛らしさに磨きがかかっていた。

 そのおかげか前よりも活き活きしている。

 ドMな事に変わりはないが。

 そしてアクアだが……泣きついてくるわ、問題事を起こすわであまり変わらないような気がするがしっかり変わっていた。

 具体的にはあらゆる面で距離が近くなったというか……二人でゴロゴロしたりお酒を飲んだりと二人の時間が増えた。

 他にも巫山戯ふざけあったり、喧嘩して過ごしているとなんとなくアクアの思考が分かるようになった。

 これに関してはダクネスやめぐみんよりアクアが分かりやすいってのもあると思うが。

 まあ、詳しい話はまたの機会にするとして……。




 ――突如とつじょ、ざわめいていたギルド内がシンと静まり返った。




 受付奥の控え室。

 そこから父親に手を引かれたダクネスとめぐみん、そしてダクネスの家の執事のハーゲンに手を引かれたアクアがウェディングドレス姿で現れた。

 アクアは女神なので父親もなにも……というところ快くハーゲンさんが名乗り出てくれた。

 顔をヴェールで覆う三人はそれぞれ違った美しさで見る人の目を引き付けた。

 ほぅ……デザインも一から考えた特注品だが、本当に似合ってるな。

 めぐみんにはミニ丈の薄く赤みがかったウエディングドレスを。

 ダクネスにはプリンセスラインで淡い黄色のウエディングドレスを。

 アクアにはマーメイドラインで水を意識したやわらかな青さのウエディングドレスを。

 三人は真っ直ぐ俺を見て祭壇さいだんの前にやってきた。

 よく見ると肩が上下に震えている。

 ヘイヘイ、似合わなくて悪かったな。

 祭壇の上には普通、アークプリーストがいるものだがこの結婚式ではそうともいかない。


「「「は?」」」

「……えっ」

「おや」

「あれ?エリス、来るとは思ってたけどまさかアンタが神父役をやるなんてね」


 そう。

 女神エリスがいつの間にか優しげな笑みを湛えて祭壇の中央に立っていた。

 その瞬間、一気に歓声がとどろいた。

 幸いにもエリス教の人は少ないのか祭りの時ほど熱狂的ではない。


「こ、これはエリス様!……やはり私の友人に似ている……」

「フッフッフ、遂に女神までもが我の力を認め祝いにくるとは!」

「アンタ私に連絡できなかったの?ほうれん草って大事だと思うの。……どうしてほうれん草が大事なのかしら?」


 ダクネスがエリスの顔をまじまじと見詰め続ける中、めぐみんが訳の分からない事を言い出し、アクアがエリスに突っかかり……。


「そこまでにしとけ。エリス様が困ってるだろ」

「ありがとうございます、カズマさん。……ダクネスは少し考えすぎなのではないでしょうか。」


 目を逸らしてダクネスに応じるエリス。

 エリスの返事にさらに疑いの目をかけるダクネス。


 エリス様、ダクネス呼びじゃバレても仕方がないと思いますよ。


「――コホン。汝ら、ダクネス、めぐみんさん、アクアさんは。世界を救った勇者――カズマさんと結婚し、神である私の定めに従って、夫婦になろうとしています。あなた達は病める時も、すこやかなる時もカズマさんをなぐさめ、カズマさんを助け、その命の限り、愛し続けることを守ることを誓いますか?」

「「「はい、誓います」」」


「――汝、カズマさんは。世界を救った勇者――ダクネス、めぐみんさん、アクアさんと結婚し、神である私の定めに従って、夫婦になろうとしています。あなたは病める時も、健やかなる時も三人を慰め、三人を助け、その命の限り、愛し続けることを守ることを誓いますか?」

「はい、誓いましゅ……」


 しまった、噛んだ!

 いつもと違う雰囲気だったから緊張してしまった……。

 最近は恥かいてばっかだ。

 本当に俺の幸運は仕事をしていないのだろうか?

 式に参加しているヤツらは皆笑いをこらえていたが、そのおかげか緊張が解れたようだ。

 後で散々弄られるなぁ。


「では誓いのキスを――」


 ……?

 キス……キスかぁ。

 三人とキスってどうするんだ?

 流石にそこまでは考えてなかったぞ。

 固まった俺を見て不思議そうな顔をする三人。


(なぁ、これキスってどうやればいいんだ?)

(確かに四人だと順番にするしかありませんね)

(誰が最初にその……カズマとキスをするんだ?)

(……賢い私は考えたわ。ダクネス、めぐみん、ちょっとこっちへいらっしゃい)


 コソコソと喋りだした俺たち冒険者たちは不思議そうに見てくるが今は後回しだ。

 アクアが考えた作戦はロクなものじゃなさそうだが……。


「「「カズマ!」」」


 小声で話し合っていた三人が不意にこちらを向くと――








「――ここに女神エリスの名において四人の結婚を認め、祝福を授けましょう!」



「『ブレッシング』――ッ!」








 これは結婚式なのかという程のいつもの宴会のような盛り上がり。


「誓いましゅって……ブハッ!」


 うるせえ。

 少し噛んじまっただけじゃねーか。


「ねーねー、カズマくんって魔王を倒した懸賞金、いくら貰える予定なの?」

「アイツら見てくれは本当にいいよな。カズマが羨ましく思えてくるぜ」


 酔っ払い共の話を適当に聞き流しつつ俺は別の事を考えていた。

 俺、結婚したのかぁ……。

 やっぱまだ早かったかな。

 でもそれを言ったら付き合ってもないのによくあんな事しちまったからな……今更か。

 ……待てよ?

 結婚式が終わったらこの後は……!


「やめとけやめとけ!アイツらはカズマにしか任せらんねーよ」

「ララティーナちゃん、その服可愛いじゃん!可愛いの用意してもらっていい旦那さんだねー。特注品とくちゅうひんなんでしょ?」

「我が名はめぐみん!世界最強の魔法使いにして勇者と結婚せし者!祝いの爆裂魔法を放ってみせましょう!!」

「めぐみん、いつの間にお酒を飲んだのよ!ちょ、そんなところに登ると危ないわよー!ちょっとめぐみん聞いてるの!?」

「アクアのねーちゃんもすげぇなぁ。馬子にも衣装ってこの事か」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。今日の私は気分がいいわ!ウィズとあの悪魔にも後で直々に訪問してあげましょう!」


 ……にしても人が考え事してるのに相変わらずほんっとに騒がしい奴らだなぁ。

 さっきまで考えてたことが馬鹿らしく思えてくるから不思議だ。


「クリス、いたのか」

「最初からいたんだけどダクネスは気づかなかったのかな……近い近い!顔が近いよダクネス!」

「ハチベエはいないのですね。てっきりいるかと思ったのですが……」

「おや、アイリスではありませんか」

「えっ!?アイリスちゃんなんでここに!?」

「めぐみんさん、私はチリメンドンヤのイリスです。アイリスなんて子は知りません」

「アイリスだかイリスだか知りませんがカズマは私の男です。私の男を籠絡ろうらくしようとしたら許しませんよ!」

「お兄様はお兄様です!別に三人と結婚したのならばもう一人増えても変わらないじゃないですか」

「そもそもあなたの年齢では結婚できませんよ」

「ならばお父様にお願いして結婚できるようにします!」

「めぐみんもイリスちゃんも一旦落ち着いて!」

「イリス様それは本当にお辞め下さい!!」

「カズマー?ちゃんと飲んでるー?祝いの席なんだから飲まなきゃダメよ!見てなさい、これからとっておきの宴会芸を――」

「カズマさん、アクアさんの暴走をどうにかして下さいー!!」

「めぐみん!めぐみんってば!か、カズマさーん!」

「カズマくん!そろそろコッチも限界かも、助けてぇー!」


 主役でありながら1人静かに、楽しそうに騒ぐヤツらを眺める。

 きっと俺は笑っているだろう。

 仕方がないだろ?

 こんな見てて飽きないヤツら他にはきっと居ないんだから。

 俺はシュワシュワを飲むと――




「――しょうがねえなあ!!」




 ……とまあ、こんな感じで俺達の結婚式は幕を閉じたのだった。

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三馬鹿との結婚式とその経緯 onts215 @onts215

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