第30話 ――真意。

 思い出話と近況報告をあらかた終える。と、乾いたのどを紅茶を飲み潤し、マリーは前のめりに、

「――ねえ、隣にやたらデカい格納庫ドックがあったけど、アンタひょっとして自分の船持ってんの?」

 ノーカに訊ねるそれは爛々とし、何かを期待している様子だった。多分、退役後の第二の生業にパイロットを選びたい、というほどの彼女の嗜好の問題だろうと、その理由を聞かずともノーカは理解し、

「ああ。概ね仕事用の古い機体だが。それで宇宙塵デブリの掃除をしながらジャンク品を集めて売ってる」

「……そういえばさっきそんなこと言ってたわね。いや、アンタもつくづく男の子なのね~」

 てっきり、どんな機種なのか、性能は? などという質問が飛んでくるかと御思っていたノーカだが、妙に小馬鹿にしたようなそれに、流石にノーカも蔑視を返しながら、

「なんだそれは」

「仕事を引退して農業ってのは多いって言ったけど、他にも、男は趣味でガレージ開いたり店持ったりするのも中々多いのよ……。中でも特に趣味的な車両……名車から迷車、クラシックな艦船に人型巨大重機ロボなんかは市場も動く金もデカいらしいわよ?」

 マリーは半ば呆れたような顔をして言う。詳しく訊けば、機械いじりが好きな中年や、趣味の収集癖を持つ男が勢い余って始めるのだという。

 趣味をするための時間と場所と資金を求め、同輩相手の商売を行う場合や、自慢の収集物コレクションを見せ合い同士と喜びを分かち合いたいなど、趣味を共有するどころか所持すら難しい家庭内ではなく、外にそれを求めて羽を伸ばし羽ばたき飛び立つのだと。

 趣味人オタク・マニアは肩身の狭さに反発し行動力が活発になるタイプも多いようである。承認欲求と自己顕示欲と共有欲のなせるわざだとか。

 料理分野でもよくあるそうだが、趣味の変質的なまでのこだわりを貫き通す為に店を出すケースも多いらしい――と言われ、ノーカは真っ先に近所の住民たちとその工房、そして趣味の数々が、あ、アレか、と頭に思い浮かんだ。

 そこは純粋に金が欲しくて仕事として始めた自分とは大違いだとノーカは思うが。その趣味の骨董品クラシックに関しては当然、ノーカにも心当たりがあり、

「……ウチにもあるな」

「……やっぱり! じゃ、悪いんだけど見せくれる?」

 全然悪そうじゃない、そして既に決定事項であるようなのは何故なのか?

 しかし、もう話すことも無いだろうし、休日の日中、何もないこの土地では仕方がないかと。

 ノーカは、やはりアンジェに目で許可を求め、頷きが返ったのを確認すると、決して家族に迷惑を掛けたわけではないと自負しながら、マリーを伴い格納庫へと向かった。



 アンジェは、お客様の分も含めて昼食の用意をするからと、少し早めに台所へ向かった。その際ノーカが引き留め、慣れた様子で彼女を抱擁し、しばしの別れだからと無表情にその頬に、互いにキスし合った。

 その去り際、アンジェの耳に『続きは夜に』としそこなったの続きのそれを囁くと、『分かりました』と返事をしてからマリーの存在を思い出したよう、こそばゆさを振り払うよう彼女は横髪を整え、台所へとその身を隠すよう入っていった。

 その姿を見送り、振り返ると、かつての同僚がかつてない表情で――それは笑っているのか、引いているのか、恥じらっているのか驚いているのか面白がっているのか分からない……それ全部な苦笑いをしていた。

 マリーが何を感じているのかはすぐ分った、昔の自分ではありえないのだろうと。しかしそれにしても大げさなので、ノーカはもしかしてこの挨拶のキスという文化は夫婦として異常なのかと初めて疑念が湧いた。そこで、格納庫までの短い距離を歩きながら、

「――あれくらいは普通じゃないのか?」

「――ああうん。いや~……普通より相当仲が良いんじゃないの? ……少なくともあたしのパパとママは人前では流石にあんなに熱烈にしてなかったし……」

 最後、何やら育ちの良さげな事を、若干目を逸らされ恥かし気に言われたが、お陰で夫婦の狭い常識を今更知った。

 幾つもの死線を潜り抜けた女軍人ですら恥じらう程だったとは、知らなかった。

 挨拶とはいえ気持ちを込めれば必ずあれくらい抱擁の秒数は掛るのだがと。

 そして今後どうするか……今夜、早速夫婦で新たな常識について話し合おうとノーカは決めるそんな中、巨大格納庫に到着した。


 側面の壁、貨物の運び出しに使う両開きの扉、その隣にある人だけの出入り用のドア――その鍵を開け中へとマリーを案内する。

 巨大な金属の魚。

 骨格や内部構造が剥き出しのパワーローダー。

 ずんぐりむっくりの人型重農機具。その運搬車両。

 その各種装備品や整備用品。

それらが適材適所に配置され、未仕分けのジャンク品と仕分け済みの完全なる粗大ごみが再度の積み込みを待ち格納庫の隅に置かれている。

 入ってすぐ横の壁際が作業用のパワーローダーが建ち並ぶ場所で、格納庫中央、奥寄りが金属の魚で、床から生えた懸架台に緩衝材付きのロボットアームで保持されており、巨大人型重農機具はその向こう側の壁際にリフト台の上に仰向けで寝ている。

 それ以外は、格納庫内の所々に隙間を埋めるように置かれている。

 ノーカにとっては見慣れた光景だが、マリーにはやはり違うのだろう、パイロットの血が騒ぐのか、何度空気を入れ替えても焦げた金属と油の酸化した匂いがするそこを居心地よさげに眺めながら歩き、

「……そういえば、あんた前から機体の整備中に顔出して、そこに居る連中と色々とつるんでたわよね……」

 またふと、昔の話をし出す。その顔は、何かが欠けたような笑みだ。

 おかしなところは何も無い、かつてのそれと同じ表情、しかし、何かが薄い。

「ああ。自分の身を預ける道具だからな、知らないでは済まされない」

 装甲強化服、人型巨大機動歩兵服、最新技術で作られた艦艇、それらの性能、機能的構造や運用論などは、戦場で中破、小破しながらの騙し騙しのそれを扱う上でも必須だ。故障個所の応急処置は今の収入にも活きているのだから、やはりやっておいて損は無かったのだとノーカは思う。

 しかしなにより、その話題自体に、十年触れていない、懐かしい空気を感じる。

 そして、

「……で? 何の話だ」

 骨董品や中古品の機械の見物を要求した割に、さほど興味の無いようそこら辺をただうろうろと眺める同僚に訊ねた。

 本当は何か別の――余人がいると話せない、元軍人ですらない人間には聞かせられないそれがあるのではないのかと勘繰った。

 気遣いではない、ただ気になったというようなノーカに、マリーは何でもないように笑い、

「――いやあ全然? 別に? にしても結婚かあ……。まさかアンタに先越されるなんて思わなかったわ」

「……ああ、まだだったのか?」

「仕事が一番忙しくて、楽しい時期だったからね。おかげでいざ相手を探そうとしたらもうこんな歳よ。――顔の皺もそうだけどオッパイだってもう垂れが誤魔化しようがないのよ? ほら」

 彼女は自慢げに自分の手で下から上にぼよんぼよんとする――同僚の女性はこんな下品だったろうかと思い返し、こんなだったかと思うが。

「……まずその下品さを誤魔化せ」

 だから結婚できない、とは言わない――男と見ていない相手にしかこの手の冗談を彼女はやらない。しかし仮に、マリーも結婚していたらその隣にいる誰か――夫や子供を伴いここに来たのかだろうかと想像した。

 ……どんな男かは全く予想もつかないが。そこを先を越されたと言われてみると、そうか、自分は戦友を置き去りにしたのかとも思わなくもない。だが実情、今のアンジェとの関係は偽りであることを思い出すと、その限りではない筈なのだが。

 何故だか、それが……、

「――なに? 暗い顔して。あたしを置き去りにした事でも気にしてんの?」

「なんだそれは」

「昔の恋人気取りって奴よ。……どう?」

 頭の後ろで手を組み、自慢の乳房を前に突き出すよう背を反らせ卑猥に口を半開きにした……下手なヌードグラビアのようなポーズをするマリーに、ノーカは本当にもう二度とやらないでくれと思う。それならいっそ素っ裸で何もそこら辺を堂々と練り歩いた方がよほど綺麗に見えるだろうとノーカは思い、

「……心底似合わんな」

「あっはっはっは! 言うと思った。……それにしても、本当に変わったんだねえアンタ」

「何がだ……」

「いやね? 正直基地のみんな、アンタが辞めた後すぐに宇宙海賊か犯罪者か、また傭兵でもやってるだろうって賭けてたのよ。普通の生活なんて出来るわけがないって。……そこでバカな死に方選んでたら、残ってる奴ら、賭けに勝った奴らで死体に酒ぶっ掛けてやろう、そうじゃなくまともで幸せな人生送ってたら、負けた奴全員で酒を送ってやろうってさ……それがどう? 大穴も大穴よ。まともな仕事に家に美人な奥さんまで貰っちゃって――おまけに農場付きよ? ああもうやってらんないわ……」

 祝福しているのか貶しているのか、しかしおそらくその口ぶりから、彼女もどうやら大きくスッたらしい。

 そしてやはり、嫁に関しては偽装なのである種のイカサマになるのかと思う。

 同時に、ならば自分は何も変わっていない――そう思うが、やはりアンジェの顔が思い浮かびそれを言えなくなった。

 確かに、少しずつではあるが、変わってきている。それは目に見える変化ではなかったが、特に、アンジェが来てからは、それが顕著になり始めた。

 一人では本質的に何も変わらなかった十年が、少しずつ、少しずつ。

 いや、本当はその前からもう――この田舎の住民と、人と触れ合う中で変わっていたかもしれない。

 その結果が、元基地の仲間、そしてマリーたちを賭けに負けさせたと思うと、当時は賢明であったのだろうそちらへ賭けた者たちに同情する。

 しかし、当時なら分かり切っていたであろう賭けにならない賭け事をしていた理由は、

「――何笑ってんのよ」

「いや。……賭けを愉しむ気が無かったのか、と思っただけだ」

 自分の表情に酷く驚くような元同僚に、はたして今自分は笑っていたのかとノーカは思う。

 そもそも連中は……その手の賭け事や酒、バカ騒ぎの催しごとを、誰かが消えるたびにしていた。

 戦死なり退役なり、仲間が消えるその都度その都度飽きもせず、それはもうただ単に騒いでいなければやってられないそういう生き物だと思っていたが、その何かにつけ騒いでいたその理由に今更思い至る。

 要するに、願掛けとか、激、あるいは戒めのようなものだったのだろう。いや、賊に堕ちた死体を拝む・・・・・というそれを鑑みれば、軍人なりの“祝福”というべきか。それを送る側の心境としてそれは、けじめ、でもあったのかもしれない。

 どうしてそんなに酒を飲むのか、その長年の謎の一部が解明された。

 ノーカは、ふと息を吐き、

「……あと……酒は要らん。不味い。そちらでどうにかしてくれ」

「そこは変わってないか。……まあどうしようもないわよね、あたしも嫌いな銘柄ブランドとかあるし」

 マリーはまた懐かしがるように、そして、小石も無い格納庫の床、それを蹴るように素振りした。

 そして、

「――実はさ、まだ、軍を辞めてないんだよね。航空会社じゃなくて今は士官学校で教官やってんの。……で、そこを辞めようかと思ってたのよね……」

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