天気予報の美人さんと君(きみ)くん

第1話 美人さんは天気予報が嫌いらしい

その人は、不思議な人だった。

突然、俺の前に現れ、俺の事を、きみくんと呼んだ。




それは、俺が大学1年生の春。

ゼミを終え、帰る途中で雨が降ってきた。


その時、出会った人が、後から言えば、俺にを教えてくれた人、それが、だったんだ。

その人は、20代半ばくらいの年齢に感じた。

俺みたいなガキにとっては未知の存在ひとだった。

とても、とても、未知な…。



俺は、唯、遊んでただけのような高校時代も、あっという間に過ぎ、受験勉強は

綱渡りのような危なっかしい一夜漬けに近い状態だったが、何とかクリアした。



そして、春休みになって、俺は、ギリギリの時間まで寝てたいが為に、

見事な程、自宅から大学まで15分も早く辿り着ける道を発見した。

俺しか知らない近道だ。

近道…いや、単に原チャリに乗って行く、ただ、ずるも交えた、近道だ。


それから、大学に入学して、ずっと友達だった奴らも、俺みたいに実家から近い、俺が通う大学に来る奴も、何処か違う遠い大学へ行く奴も、それぞれ自分のこれからの将来を考えなくてはならなくなった。


俺は、恥ずかし過ぎる感動しいだ。

馬鹿にされるのは解っているのに、高校の卒業で泣いていた男子は、やっぱり俺だけだった。

笑われたけど、式が終わると、最後のホームルームで、結局、女子も、男子も、みんな強がっている奴、くちびるを震わす女子。


入学した頃にしか味わえない、

『友達出来るかな?』『勉強で、ついて行けなくなったらどうしよう?』って戸惑ってた日々がの時を終えたんだ。



そうして、大学に通い始めて、3ヶ月。

それまでカンカン照りの味わった事の無い最高気温を記録された日々が続いていたが、やっと雨が降った。


俺は、やっと、あの人に会える機会を得る事が出来る。


雨が降ったその日、俺は、徒歩専用近道を辿った。

只の大きな公園を真っ二つに通るだけの事だが。


そして―…、

この公園を紹介するとしたら、季節が来ると、本当に艶やかな紫陽花の花が公園いっぱいに咲き乱れる。

その公園の真ん中には、屋根付きの休憩所があって、それは、とてもお洒落な、西洋風の創造物だった。



その休憩所にあんなに似合う人は、あの女性ひと以外多分…いない。



僕は朝持って行った傘を、誰かに盗られてしまった。仕方なく走っていた足が、突如、公園に入って、休憩所が目に入った時、止まった。


例の休憩所に誰かいる…。

大学生になって、晴が続いたことによって、やっと雨が降って、そのせいで…、って言うか、なんで、もっと早く雨が降ったら良かったのに…。

この公園を通るのも3回目やそこらだった。


だけど、後の俺は気付くんだ。

雨も、晴も、曇りも、その人には、関係ない事だった事に。



家と学校を結ぶ公園で、公園いっぱいの紫陽花をずっと見つめる程の余裕のない大雨だった。

そして、雨宿りをしようと、休憩所の直前に誰かいる。

その人に、近づけば近づくほど奇麗な容姿が垣間見えた頃、突然―…。


「ねぇ…」


そう、美人さんが呟いた。


(俺の事?イヤ、全然知らない人だし…違う人に決まってるよな…)

俺が何故、もぞもぞしようとしてなきゃいけないんだ…と思って、辺りを

見回した。

しかし、何処にも人なんて見当たらない。

だから、俺は…。


「俺…ですか?」

「うん…ここでちょっと話さない?」

その人が言ったは、公園の中央にある、屋根のある休憩所らしかった。


2人で傘がなくて、美人さんは座り、俺はどうしたらいいか解らず、とりあえず美人さんの向かいに座った。


しかし―…、


その美人さんは、何も言わず、なんの躊躇いもなく、俺側に座りなおした。

すると、俺はもう心臓が自分でも聞こえる程、胸が高鳴った。

そんな俺の鼓動に、気付いてるくせに、わざと気付かぬふりをして、その美人さんは、何も言わず、なんの躊躇いもなく、俺の肩に頭をのっけたんだ。


そして、

「はぁ…」

と俺の耳元で深~い溜息をついた。

唯々、俺は耳が疼くだけ。

それが、体の硬直までを生んだ。

そして、美人さんが、何度も何度も、

「ふ~…」

また、耳元で溜息をつく。

「君…名前は……」

「あ、あの…!」

と振り絞りまくった、震えながらの声で、自己紹介をしようとした、その時、

「いいや…教えてくれなくても…君は…そうだな…『きみくん』て呼んで良い?」

「あっ!はい」



『君くん』…何とも言えない俺のニックネームがその時生まれた。


雨はしばらく降り続いた。

その間中、硬直したままの俺の肩にずっと頭をのっけて、その人は1つの話だけをずっとしてた。


「私は、24歳。ちなみに、私もこの公園の休憩所が好きで、よく本読んだり、音楽聴いたりしてたんだ。君くんは?」

「あ…俺はあんまし勉強できないし、本なんて、教科書で十分て感じです!本当に雨宿りする為とか…」

全く知的なお姉さんの前では、しかも年上で、奇麗な人に、俺は何を言ってるんだ!?

嘘でもついて、賢い奴にしとけばいいのに…。


「ふふふ」

(うわ…また耳に…)

俺の耳が美人さんの吐息は疼くほどの、ウイスパーボイスだった。


「私ね、高校2年生の時、20歳の彼氏がいたの。とても優しくて、いっつも笑顔で、でも…あたしが19歳になった時、いなくなっちゃった…。何処に行ったのかなぁ…。私がいけなかったのかな…?何か、悪いこと、言っちゃったのかなぁ?」


俺が解るはずない質問に、俺は何も言えなかった。


「新しく…彼女でも…出来ちゃったのかなぁ?…」


そして、同じ話を何度も何度も聞かされる度、美人さんの涙が俺の肩に、小さな湖が築かれた。


知らない人の別に縁もゆかりもない話に俺は飽きたり、うざく思ったり、軽い怒りとか、きっとそんな感情を抱いても良いのだろう。

だって、全く知らない人だ。


けれど、俺は、そんな感情、浮かんでくることは無く、なんでかは、自分でも解らないんだけど、その美人さんの話を聞いていたかった。


「私ね、高3の時、20歳の彼氏がいたの。でも、どっか行っちゃった…新しく好きな人でも出来ちゃったのかな…?」


ほらまた、同じ話だ。

俺は、5回、同じ話を聞いて、やっとの思いで、相槌から、会話に持ち込んだ。

「…こんな…こんな奇麗な人、手放しちゃうなんて、失敗っすね…その人…」

「失敗?…どんな失敗?もしかして…私の事奇麗って思ってくれてる?」

「え…あ…まぁ…」


この人の性格が少し、かいまみえた気がした。

きっと、ちょっと意地悪な人だ。

こうやって、自分がどれだけ奇麗で、ミステリアスで、人から美人と言われていただろうことも、誰もが自分を見つめる姿を、想像するのが得意な人なのだろう。

想像も何も、その通りなのだから…。


そんな風に計算しつつも無邪気を装う美人さんに、突然投げつけられたのは、としか表しようがない。


俺の肩にもたれていた頭を、起こし、スッと立ち上がると、

「…今日…天気予報…外れたね…だから嫌い…天気予報なんて大嫌い…」


そう、あの》が少し歪んだように見えた。斜めからだったから、俺の勘違いかも知れないけれど…。


「君くん、今度、天気予報が外れた時、会いに来て。その時は、またここで。バイバイ君くん」

「あ!」

「ん?」

少し笑みを浮かべながら、振り返る美人さんに、くっと唾をのみ込み、精一杯聞いた。

「あなたの…お…って言うか…あの…お、お名前は?」

妃花ひめか。それだけでいいよね?君くん」

「あ、は、はい!妃花さん!!」

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